第3話 前の婚約者(クロエ・ランドン公爵令嬢)を愛しく思うハミルトン
私は、クロエ・ランドン公爵令嬢と婚約していた。彼女はブラウンの髪と瞳の、綺麗な女性だった。しかも、性格がとてもいい。
「ハミルトン様ぁ~、この藤色のドレスが欲しいですぅ。いつも、ハミルトン様の髪や瞳と同じ色を着たいのです。そうすれば、いつも、一緒にいる気持ちになれますわぁ~」
そんなかわいいことを言ってくれる婚約者が、とても愛おしい。だから、彼女が望むことはなんでもしてあげたくなった。宝石が欲しいと言えば、買い与え、観劇に行きたいと言えば毎日のように連れて行く。
「ハミルトン様ぁ~。クロエは最高に幸せですわあぁ~。こんなに愛されて、とても嬉しいですぅ~」
彼女は、すこしでも私が構わないと、とても愛らしく拗ねるのだ。
「ハミルトン様ぁ~、クロエのことを嫌いになったのですの?悲しいぃ~ですぅ~」
かわいいピンクの唇から甘く囁くその言葉にはあらがえない。パリノ公爵としての執務も疎かになり、全て筆頭執事に任せっきりにしてしまった。そして、あの事件は起こった。
「公爵!金庫にあった金や宝石、商業ギルドにした莫大な投資金がいつのまにかひきあげられています」
「「「青空銀行の定期預金が全部おろされています。カナリア信用金庫の預金もです」」
「まさか‥‥‥」
「「「「筆頭執事が、見当たりません」」」」
全ての財産を余すところなく、持って行かれてしまった‥‥もう絶望的だ。破産しかない。屋敷を維持するお金どころか明日のパンさえ買えるかどうか‥爵位を平民の大富豪にでも買ってもらうしかない。公爵の地位なら相当な値はつく。(※こうした破産寸前の貴族はこの世界には多くおり、爵位を売ることは合法でした。ここは異世界のお話です)
「こんにちはぁ~。クロエ、また遊びに来ちゃったぁ~。ハミルトン様ぁ~、今日はどこに遊びにいきますかぁ?」
「クロエ、今日は無理だ。明日も、明後日も、そうだな当分は無理だ。パリノ公爵家は破産する。負債は爵位を売って精算するしかない。手元には少しは残るだろうが‥‥」
「破産‥‥?なぜですか?莫大な財産が先代から引き継がれたはずですよねぇ?」
「筆頭執事に全部、持ち逃げされたらしい」
「え?‥‥」
「大丈夫だ。安心して?爵位を売ればいいだけの話だ。一緒に平民になって、慎ましいながらも幸せに暮らそう」
「平民に?慎ましい?‥‥あぁ、私は、もちろんハミルトン様をお慕いしておりますわ。けれど、お父様に相談しなければ‥‥あっ、私、所用を思い出しましたわ。後で出直してまいりますわね」
クロエは私のために、顔を青ざめさせて心配してくれたようだ。なんて優しい婚約者なのだろう。
けれど、翌日にはランドン公爵家から婚約破棄の証書が届いた。その日の夕方、クロエはパリノ家に来て泣きながら言葉を紡いだ。
「ごめんなさい。ハミルトン様。お父様に反対されましたわ。私の力ではどうしようもないのです。ランドン公爵家の娘としては家の繁栄に繋がる縁談でないと困るのです。我が家の経済状況も決して良くないので‥‥」
「そうか。すまないね。私が迂闊だったばかりに‥‥」
「そうですね。ハミルトン様が当主として足りなかった部分は使用人達に甘いことではないかしら。だから、主人を舐めてこのようなことをしたのです。私のお父様は『使用人達は鞭でしつける』といつも仰っていますわ。とにかく、私がハミルトン様を愛しているのは事実です。また、経済状況が良くなったらお会いしましょう」
クロエは、ふわりと微笑むと名残惜しそうに瞳を愛らしく閉じると、そっとキスをしてくれた。
「貴方を永遠に愛しますわ」
鈴を振るような綺麗な声で、小さくつぶやいた。
私はクロエのことが、その日から一層、愛おしいと思うようになった。
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