52 国防会議
「すみません、2年はちょっと」
隆行が思わず口を挟んだ。脇田家の面々には仕事と学校がある。祖父母は仕事をしていないが、健康上の問題もある。幸い薬の予備はあるけれども同じものがこの世界にあるとは限らないのだ。
「職場と学校への届けは我々がすでに済ませております。のっぴきならぬ事情であると。必要な物がございましたらわが社のスタッフが取り寄せ対応いたします」
「2年はムリ。2回ダブったとか聞いたこと無いし」
聡司に続いて麗奈が文句をいう。
「友達みんな変わっちゃうってことでしょう。イヤよ」
「子供には不自由させられません、何とかなりませんか」
子供を想う由美子の気持ちは尤もだ。
「年寄りにこんなとこに2年以上いろって常識はずれにもほどがあるわ」
「孫のことを考えるとのう」
最後にモモが尻尾を振りながらワンと鳴く。
皆が口々に文句をいったので、礼二はタジタジだ。
「ああ、いや、では何とか1年で」
「半年」
「では、8カ月」
「半年」
結局家族に押し切られる形で礼二は頷く。
「……分かりました。では、何とか半年で出来るプランを練ってみましょう。ですが、出来ない場合は少しでも早く帰れるよう努力するということでご勘弁いただけないでしょうか」
家族がため息を吐く。これ以上の譲歩はムリだろう。
「お願いします」
考えた挙句、隆行は受け入れるように頭を下げた。この日より、レネの国を巻き込んだ国家プロジェクトへ向けて脇田家は動き始めた。
君江の紹介で、仕事のない脇田家の面々隆行、聡司、君江それにイファックス社の2名は国王、王妃、国務大臣、国防大臣、その他国の重役たちと面会した。イファックス社のプレゼンテーションを聞き終えた人々は俄かに信じられぬと難しい顔をしていた。
「ここ以外の世界があるとして、そなたたちの世界というのどのような場所なのだ」
そもそもの疑問を突き付けたのは国王だった。老齢で、けれど振る舞いなどは毅然としたものがある。思慮深さを感じさせる奥ゆかしい人物に思われた。
「科学力の発達した地です」
答えたのは礼二だった。
「我が国よりも、と申すか」
「恐れながら」
内心隆行は冷や冷やとしていた。無礼ではないだろうかと。だが、国王はあくまで物柔らかで冷静だった。
「ほう、その発展した科学の力ならば人魔を祓えるというのか」
「恐れながら申し上げてもよろしいでしょうか」
口を差しはさんだのは呪術大臣だった。
「人魔の体を主構成しているのは魂の力です。一番の対抗策は威圧を叩きつけることと……」
「それはもう試した!」
さらに口を挟んだのは国防大臣だった。
「そなたのいうことを聞いて何千の民間兵が犠牲になった。人魔をその場限り祓うことが出来ても彼らはこの世から消えない。希望があるのなら試してみるのが筋ではないか」
「しかし、そのようなまやかしを信じるなど」
「科学はまやかしではありません」
否定したのは水野だった。
「私はほんの少し科学を学びました。科学は多くの人々が情熱を捧げ日夜進歩し続ける信頼に値する学問なのです」
意思を叩きつけるような熱弁に皆ほうと頷く。
「わが社で人魔の組成を調べ上げまして、対抗薬を開発致します。まずはその許可を頂きたく思います」
礼二の言葉に国王はふむと頷く。
「よし、許可しよう」
「ですが、陛下」
再び呪術大臣が口を挟んだ。
「人魔をそのような方法で祓えたとしても、土地に無念の魂が残りましょう。その残魂が再び悪しきものと結びつけば新たなる人魔が生まれることも予想されます」
確かにと皆口ごもる。ない可能性ではないだろう。
「大事なのは人魔を祓った後です。我々で哀れな魂を弔う必要性があります」
「式典を催すか」
国王の答えに呪術大臣は返事をする。
「呪術を唱えたく思います」
「よし、許可しよう」
さらに呪術大臣は言を継ぐ。
「魂を弔う供物も必要に思われます」
供物と言われ隆行は思わず人間を予想してしまう。えげつなさに首を振って考えをかき消す。何と時代錯誤であろう。
「彼らに温情のこもった贈り物をしたく思います」
「食物ではダメだろうか」
皆で悩みあぐねて長考の後、王妃がパンッと手を叩いた。
「君江さん、アレを贈りましょう」
「エルさん、アレって何かしら」
不思議がる君江に王妃はふふと笑う。どんな物より情のこもった贈り物ですと王妃は胸の前で手を重ねた。
「これは素晴らしい一品だ」
目にした呪術大臣は感嘆した。幅3メートル角の巨大な縫い物のいたる所で身分の違う女性たちが熱心に運針を続けている。貴婦人もいれば召使もそば仕えもいる。
「もう少しで完成しますの。本当は王宮のエントランスに飾ろうと考えていたのだけれど、鎮魂の為というのならむしろ皆光栄でしょう」
「もしかしたら燃やすことになるかもしれませんが」
惜しがるような大臣の言葉に、嫌な顔1つ見せず王妃は微笑む。
「それで哀れな魂が癒えるというのなら。構いませんね皆さん」
王妃の言葉に女性陣から朗らかな笑みが返ってくる。
大臣はしゃがんで丹念に施されたステッチを指でなぞった。ひと針ひと針が彼女たちの想いなのだ。丹念に織り上げたビロードに勝る品だ。これほどに適した品はないだろう。
「お心感謝致します」
大臣は深々と頭を下げた。
◇
やがて最前線から何とか入手した貴重な人魔の組織液が届き、それを脇田家のトイレを通じて現代へと送った。即座にイファックス総合研究所で解析されて、重曹が有効であるとの解析結果が出た。イファックス社は即座に動く。現代から大量の重曹を脇田家へと送り、それは駿馬の速度で最前線へと運ばれた。
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