51 世界のために出来ること

「そう、世界中の全ての事象は脇田家を中心として起こっているのです」


 皆開いた口がふさがらず、呆然としていた。さらに礼二は続ける。


「この事実に気づいた時わが社は即座にあなた方の住む土地について調べました。対角線上の土地で事象が起こっているということは恐らくあなた方の土地でも同様の現象が起こりうる。しかし、過去を遡ってもその事象が起きた気配はない。そこで我々はこう、考察しました。これから・・・・起きるのだと」


 そう言って礼二はマジックのキャップを閉じる。


「世界のすべての地点で無作為に起こる現象。それが確実に起きると唯一分かる場所があると知った時、我々はこれをチャンスと捉えました。こちら側の世界に干渉して、世界を浄化するチャンスなのです」


 隆行は吐息を深くすると問うた。


「こちらにわざわざやってきたということは、あなた方は戻れる方法を御存じなのですね」


 礼二は大きく頷く。

「次元の渓流の旅は本来不可逆的です。向こうから流れてきたものを戻す方法はありません。なぜなら、次元の渓流は本来一時期限りで消失するからです。ただ、この地点においてはそれが当てはまらない。今もこの自宅の地下には次元の渓流が脈々と流れていることが高次元解析装置により確認されています。入口と出口の関係が成立しているということです」


 聡司はハッとした様子で声を上げた。


「トイレ!」


「そうです。わが社が設置した便器。あれはその入口を自在に機能させるための装置です」

「トイレを通して世界が繋がっているということか」


 隆行の言葉に礼二は事実を足す。


「その通りです。あちらのトイレとこちらのトイレの働きにより現在交互通行が可能となっております。この現象をストップさせるには、まずあちらのトイレを撤去して、次に家ごと転移して戻り、最後にトイレの位置を微妙にずらして世界の中心点から外れることでその現象は起きなくなるという分析結果が出ています」


 力説する言葉を君江の大きな吐息がかき消す。


「あんたのいってることよく分かんないね。帰れるってことなのかい」


 詰問の声に礼二はにっこり笑う。

「勿論です」


 皆少しほっとした様子で表情を緩めた。


「ですが」

 皆が浮き立つ前にと礼二は言を継いだ。


「我々はこの世界でやらねばならないことがあります」


 水野がサポートするように資料を広げた。資料には何やら物体の影がたくさん映っている。


「ご説明したようにこの世界には向こうからやってきた世界中の漂流物が散乱しています。不可逆の旅であるため、基本的に向こうの世界からの漂流物が溜まっていくのみです」

「あっ、そうかも!」


 麗奈は思い出したようにいった。皆の視線が注ぐ。


「市場でね、向こうの物が売っているの。こっちの世界の物じゃなくて多分あっちの物よ。電気のない世界に加湿器何ておかしいもの」


 そうでしょう、そうでしょうという様子で礼二と水野は頷いている。


「西洋文化が溢れている原因を考えると確かにそうかもね。あちらの世界中の物が流れ着いていることを考えると不思議じゃないわ」


 由美子が手を合わせて思い至った様子で発言する。


「ホットスポットである脇田家のトイレの位置をずらせば世界同士の関係性は永続的に失われます。以降流れてくることもないでしょうが、まずは世界への責任としてこれまでの物品を処理する処分場の建設を計画しています」

「処分場……」


 隆行はぽつりと呟く。皆唖然とした様子だった。話はまだ続く。


「ゴミを処分することも必要ですが何より問題なのは……人魔と仰っていましたね。彼らの存在です。正体不明で私共も解析しきれていないところがありますが、何か具体策があればと」


――口ごもる礼二に隆行は自身の経験して知り得た人魔に関する情報を2人に伝えた。初めて聞いた話だと思うが家族も黙って聞いていた。


「なるほど、そんなご苦労が」

 そういって2人は黙り込んだ。


「人魔を祓うには土地を浄化することが不可欠でしょう」

 隆行の言葉になるほどと2人は頷く。


「浄水場を建設して、集めた人魔をそこで処理すれば……」


「彼らに触れることは不可能です」


 隆行の忠告に水野が「あの」と手を挙げた。


「人魔が水塊であるのなら、薬品を散布するというのはどうでしょう」

「薬品……ですか?」


 隆行は首を傾げる。


「浸透膜を溶解させる薬品など、相手が生物であるなら極めて有効のように思えます。あるいは細胞壁溶解酵素などを使って。物体であるならばシリカゲルで乾燥させるという手も考えられます。何らかの方法で人魔の含んだ汚水を排出させることが可能かもしれません」


「そんなことが出来るんですか」


 思わず飛びつきたくなるような話に問い返す。


「いえ、あくまで可能性の話で、実際に可能かどうかはよく分かりませんけれども」


 礼二はそのアイデアをメモに書き留めた。


「汚れた土地の水も綺麗にする必要性があります。浄水場を建ててそこで処理するようにと考えておりますが、具体的な計画はこれから立てる必要性があります。何より、最後は人です。世界に溜まった腐敗は人々の手で除かねばなりません。それには多くの人員と労力が必要でしょう。この国の権力者へも話をして、理解し協力してもらわなければなりませんが」


 そう困った様子でいって礼二は考え込む。暫しの沈黙の後、それに答えたのは君江だった。


「あんたたちの覚悟はよく分かった。話は王妃様に通してあげるよ。でも、約束してちょうだい。私たちを元の世界に必ず戻すと」


 君江の言葉に感動した様子で礼二は手を差しだす。


「お約束します」


 真っ直ぐな目だったが、君江が握手を渋ったので代わりに隆行が手を差しだした。握手をしながら隆行は問いかける。


「ちなみに工事はどのくらいの期間を予定されているのですか?」

「2年です」

「にっ……」


 脇田家の面々の顔が一気に引きつる。


「2年!」

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