29 キルトに乗せる夢

「本当に綺麗ねえ」


 王宮の人々は君江の持ってきたサンプル作品を見てうっとりとしている。君江が始めてから3年の間に作り上げたものだ。コースター、テーブルセンター、ティーコージー、バッグ、フリークロス。細かな手仕事が施された品々だ。


「これほどの物が作れるようにどのくらいかかるのかしら」

「私は3年かかったかしら」

「まあ3年」


 皆感嘆しながら見本を開けたり裏返したりしている。


「図案はご自分でお考えなさるの」


 君江はエプロン姿のラナに問いかけられていえいえと首を振る。


「キルトはね、パターンという物があるの」

「パターン?」


 皆の声が揃う。君江は持ってきた本を取り出すと順に回した。


「お家、花、糸巻き、船、ファン、クマの手、ハチの巣、スーちゃんにビリー、幾何学模様もね。数百以上あるらしいけれど、私もその全部は知らないの。本に乗ってる模様を見本に、自分の持っているあまり布で色合わせをしながら作るのよ」

「とても難しそうね」

「難しいけど、面白いのよ。キルトはセンスと個性が出る物だから」


 なるほどと声が聞こえた。


「今日は本を見て図案を決めて、型紙を作ることから始めましょう」

「私ベッドカバーを作りたいわ」

「私も」

「いきなり大作は難しいから小物から作ってみてはどうかしら」


 王妃も君江の言葉に残念そうにした。


「わたくしも陛下にベッドカバーが作りたいと思っていたのだけれど」


 ベッドカバーのような大作は何カ月もかかる。もしかすると完成する頃には君江はいないかもしれない。教えるのなら最後まで。あちら世界の事情は話せたことではなかった。

 とにかく大作を短期間で作るためにはどうすればいいのだろう。うーんと首をひねった。その時、ふと依然観た映画を思い出す。おばあちゃん同士のキルト仲間が集まってフリークロスを作るというあの名作を。

 君江はポンと手を打った。


「共同制作というのはどうかしら」

「共同制作?」

「1人1人が作ったキルトのパターンを持ち寄って1つの大きなタペストリーを作るの。作った作品は王宮に飾って頂きましょうよ」

「まあ、それは素晴らしいわ」


 王妃が感激した様子で表情をほころばせている。


「1作品を30センチ角くらいにして、それをここにいる8人で1人何枚……そうね10枚は作れば立派なものが出来るわ」

「まあ、10枚も」

「作品が多くなるから図案は揃えた方がいいわ。どれにするか王妃さま決めてくださいな」

「あら、そんな。皆さんで」


 遠慮する王妃に皆が決めて決めてと視線を送る。王妃はあらそうと返事して本をめくった。


「あら、これなんか素敵だわ」


 意外にもすぐに決まった様子で君江はどれどれと本を覗き込む。『家』のパターンだ。初心者でも作りやすいけれど、見栄えはかなりいい。キルトの季刊本でも良く特集される図案だ。


「とてもいいと思いますよ。決まれば今日は図案だけ作って縫うのは次回からね。それまでに布を決めてきて下さいね」

「布はあまり布で良いのかしら」

「共通の白い部分は白布をたくさん用意した方がいいと思うわ。その方が見栄えが良い。でもあとは個人の自由で構わないと思いますよ」

「では大きい布は城で取り寄せいたしましょう」


 王妃がにこりと笑う。


「どのドレスを解こうかしら」


 君江はぶっと噴き出したが、大臣婦人は大まじめでいっているらしかった。


「ドレスってまさかシルクじゃないでしょうね」

「もちろんシルクですよ」

「キルトにシルク何て使わないのよ。綿よ、綿」

「綿の布? 困ったわ、あったかしら」


 君江はシルクがあって綿が無いのかと心で突っ込む。


「分かった、図案を描いたら今日は皆で市場に最初の作品の生地を買いに行きましょう」

「まあ、街に! 久しぶりだわ、楽しみ」

「主人たらちっとも連れて行って下さらないもの」

「洋服はこれでいいかしら」


 足が痛くて歩けるか分からないけどそれは押し込める。楽しそうにしている女性陣を見ると笑顔になった。君江のキルトはずっと1人きりだった。だからこうして仲間を持つのも案外悪くない。布を決めて、裁断して、皆でおしゃべりしながら縫って。これから楽しい時間を過ごすと思うと笑顔が綻んだ。



 場違いのドレスを着た女性陣が城下町を練り歩く。ストールで隠しているけれどまる分かり。周囲の店の主人たちは何の一団だと凝視している。王妃が露店の前に立ち止まって古着を見つけた。


「綺麗な生地だわ。これを屋根に使いたいわ」


 王妃が手にしているのは赤地に白い花が浮かんだファンシーな柄の子供用ワンピースだ。君江は布目をじっくり見て判断する。


「ええ、これなら縫いやすくていいいと思いますよ。屋根が赤なら壁は茶色など合うでしょうね。黒でもいいわ」


  会話の中身が察せない店主はぽかんとしている。


「ねえ、キミ先生。私、これが良いわ」

「こんな厚いのは縫いにくいわよ。もう少し薄手でないと」

「先生、これはどう?」

「サテンもシルクも一緒。針どおりが悪いよ」


 方々に呼ばれながらあちこちの店を見て回り、全員の分を揃えた頃には夕方になっていた。君江の足は膠着状態。一歩踏み出すのもやっとだった。それでも満足な生地を見つけられて充足していた。


「ああ、明々後日が楽しみだわ」


 婦人方は期待に胸を膨らましている。教室は3日に1度、1週間に1度では間に合わないだろうと判断してそのようにした。


「先生さようならあ」


 元気に王宮に戻っていく人々と手を振り別れ、姿が見えなくなると君江はため息を吐く。


「ああ疲れた」


 でも、悪い疲労ではなかった。自然と笑顔が零れる。君江は夕焼けの中を歩いてゆっくり家へと帰った。

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