28 君江のキルト(後編)

「ふんふんふ~ん」


 鼻歌を歌いながら由美子は上等の茶葉が入った急須に湯を注ぐ。年に数回しか使わない来客用の茶器を取り出して茶托に乗せるとお盆に乗せてリビングへと運んでいく。


「すみません、お菓子が無くて」

 そう言って自家製の梅干を一緒に出す。由美子の自信作だ。


「ありがとう」


 優雅に頭を下げると来客・・は茶を手に取った。

「まあ、とても美味しい。これは向こうのお茶葉ね。一度飲んだことがあります」


 日本茶のことを知っているなどやはり通だと思う。でもさすがに梅干を食べたことはあるまい。期待する由美子を他所に君江は目前の来客を睨みつけている。


「王妃さま、あなた人にお願いしに来るなら順番ってものがあるだろう」

「順番?」


 王妃は首を傾げる。


「私の息子と孫を返して欲しい。国が連れ去った大事な家族を」


 王妃はまあと驚いた様子で口に手を当てた。


「残念ですが、その権限はわたくしにはないの」

「ないの、じゃなくてやる気がないんでしょう!」

「おばあちゃん落ち着いて」


 声を上げてヒートアップ体制に入った君江を由美子が制止する。


「大事なご家族を徴兵に取られた苦しみは理解出来ます。少しでも早く会えるよう陛下に進言いたしましょう」


 口調を崩さずのらりくらりと交わす王妃に君江もそれ以上怒る気になれず、脱力する。まるで話の波長が合わない人物のように思った。


「あのね、あなたの作品を見てわたくしとても感激したんです。これはキルト呼ばれるものなのね。お1人でお作りになったとか」


 王妃が紙袋から出したキルトを見て君江はため息を吐く。

「1人で作りましたよ。1年がかりでしたけど。これを買って下さるという話ではないんですか」

「もちろん買い取らせて頂きます。でも今日お願いに上がったのはその事ではないの」


 王妃がより一層瞳を輝かせて胸元に手をそっと添える。

「貴方にぜひ城でお教室を開いて頂きたく思います。わたくしも是非作ってみたいんです」


 とんでもない申し出に君江はぽっかりと口を開けた。王妃を引きつれてきた張本人の麗奈も驚いている。だが、傍にいた由美子が「おばあちゃん、やってみたら」と熱心に進めるので迷ったけれど「そうね、やってみようかしら」と雰囲気で引き受けてしまった。


 膝が痛くて通えないというと馬車を用意するからそれで来て欲しいと好待遇で頼まれて給金もくれるというのでそれ以上は断る理由もない。もしかすると親しくなれば2人が帰ってくるかもしれないという淡い期待も抱いていた。



 王城でのキルト教室最初の日、君江はソワソワとして馬車を待った。何かをするときはいつも気合いの入る君江。さっきから何度もトイレに通っている。特別に休みを取った由美子が初日だけ付き添ってくれることになっている。


「忘れ物はないかしら。道具は入れたかしら」


 そこでふと気づいて慌てる。


「王妃さまも道具は持ってるのかしら」

「お裁縫道具ぐらい王妃さまも持ってるわよ」

 由美子が笑うので「そうかしらね」と呟く。


「ねえ、由美子さん服はこれでいい。変じゃないかしら」

「いいわよ」


 鏡を見て髪を整えて、口紅を確認して。そうこうしているうちに迎えの馬車がやって来た。由美子が外に出て確認する。呼ばれた君江はいざと馬車へ乗り込んだ。



「麗奈は素晴らしいところで働いているのね」


 王宮のエントランスのステンドグラスを見上げる。亡き夫と旅行に行った北海道でよく見たが、これほど大きなものは初めて見た。どこからか金管楽器の音色が聞こえる。麗奈たちが練習しているのだろうか。


「先生、お待ちしておりました」


 声を掛けられて振り返ると王妃さまがいた。


「足が痛いとのことでしたから1階に部屋をご用意したの」

 それではわざわざ王妃がこのために階下に降りてきているということになる。君江はそこに王妃の人柄を見た気がした。


 部屋への道すがら王妃がそれはもう嬉しそうに話をする。


「とても楽しみにしていたのですよ。要らない布もたくさん見つけて。お声がけしたら皆さん集まってくださって」

「皆さん?」


 由美子の疑問に王妃がふふと笑う。

「王宮に出入しているご婦人方にあのキルトをお見せしたの。そしたら皆さん私もやりたいって」


 王妃がたどり着いた木戸の部屋。まるで使用人が使用しているような簡素な木戸だ。開くと赤い絨毯が敷かれて、格式高いインテリアが少し、所狭しと人々が座っていた。ドレスを着ている人もいればエプロン姿の使用人もいる。皆一様に目をキラキラと輝かせている。


「キルト教室を開いてくださるキミエ先生です」


 そう言って王妃が拍手をすると皆一斉に拍手した。

 君江は飛び出しそうな心臓を押さえるのに必死だった。

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