27 君江のキルト(中編)

 王城についた麗奈は王宮楽団員証明書を突き出して「こんにちは」と濃紺の服を纏った門兵に挨拶した。


「ああ、麗奈じゃないか。今日は練習は無いのだろう。どうしたんだい」

 気心の知れた門兵は親し気に問うてきた。


「ねえ、王妃様が珍しい物を買い上げているって伺ったの。これなんだけれど。見ていただくことって出来ないかしら」

 そう言って紙袋から取り出した君江のキルトを広げる。門兵は見るなり目を丸くして問うた。


「すごくいい品だ。どうしたんだいコレ」

「おばあちゃんが作ったのよ」

「作った? コレをかい」


 目をシロクロさせながら茶色のキルトを食い入るように見ている。丁寧に縫われた1つ1つの小さな布と細かに縫われた落としキルトのステッチ。門兵は惚けたように吐息するとにっこりと微笑んだ。


「素晴らしい品だよ麗奈。職人が作ったのかと思った」

「本当? おばあちゃんが喜ぶわ」


「ああ。だが王妃様に直接お会いすることは出来ない。王妃様への交易品の提示は全部専属の美術商が決めておられるんだ。美術商のお眼鏡にかなえば王妃様に見ていただくことが出来るけれど」

「どうやって美術商に会えるのかしら」


 門兵はふっと笑うと「ついておいで」とジェントルマンのように片腕を差しだした。麗奈は淑女のように微笑むと腕を添えてついていった。



「王城って素晴らしいわね。一体いつ作られたのかしら」


 心の中で幾度となく描いた感動をそっと言葉にした。楽団の練習終わりに時折、観覧可能な1階部分をあちこち見て回ったことがあるが、まるでヨーロッパの古城をそのまま持ってきたような佇まいは見事としかいいようがない。昔、ガウディという建築家がいたけれどその彼の情熱の結晶と遜色ない気がした。


「遥か昔に僕らの祖先が作ったものだよ。人々の技術を誇ろうじゃないか」

 門兵はそういうと目前の木戸をノックした。


「はい」


 中から返事が出てきたのは、白服に身を包んで眼鏡をかけたいかにも学者という若い男性だった。


「ああ、ポールか。どうしたんだ」


 2人もまた気心が知れた間柄だという様子だった。


「この子がですね、良い物を持ってきたんです。少し見ていただけないかと」

「よし、見よう」


 眼鏡を服で拭いて身なりを整えると、さあ仕事といわんばかりに山積みになっていた大きな机の上をさっと片付けた。

 麗奈は紙袋からキルトを取り出し、机の上に広げた。美術商は見るとほうと息を漏らして、じっと全体を眺めまわした。


「何と素晴らしい一品だ。非常に手が込んでいる。燃え盛る太陽の情熱と静かな大地の色である茶色。相乗効果が発揮されてとても気品漂う秀逸の作品のように思える。お嬢さんこれは一体どうした品だい」


「おばあちゃんが作ったんです」

「作った?」


 あまりに驚いた様子なので麗奈は付け足す。

「小さな布をですね、つなぎ合わせて一つの絵柄を作るんです。キルトという物なんですけど。全部が出来たら間に綿を挟んで、それから落としキルトして」

「ちょっと待ってメモする」


 そう言って美術商は懐からメモを慌てて取り出す。


「これは是非とも王妃様にご紹介したい。2、3日預かってもいいだろうか」

「はい、是非」


「売れたら代金を手渡すよ。売れなければ持ち帰ってもらうことになるけれど。また3日後来てくれるかい」

「分かりました」


「良かったね麗奈」

 門兵が麗奈に優しく話しかける。麗奈はありがとうございますと丁寧に頭を下げた。



 その晩の食卓は何とも楽しいものだった。酔った君江がキルトの色合わせの悩みについてあれこれ語り、麗奈は城でのやり取りを面白おかしく伝えて。一体いくらで売れるのだろうと皆で議論を交わして、取らぬ狸の皮算用までしてしまった。


 3日後、麗奈は楽団の練習終わりに美術商の部屋へ足を運んだ。期待に胸を躍らせていたのは間違いない。

 扉を先日同様ノックして開けてもらうと一番に机の上に目を向けた。


 何と机の上にはあの紙袋、キルトがそのまま入っていた。麗奈は頭の中が真っ白になった。まさかの事態に思わす肩を落とした。売れていると期待していたのに。何と君江に伝えればいいのか、即座にそんなことを考えた。


 右手から咳払いが聞こえて振り向くと茶色の2人掛けソファに老齢の女性が座っていた。少し君江より若いだろうか。ひどく趣味の良い服を着ている。


「それを作ったというあなたのおばあさまに会わせて下さる?」


 優雅に品よく微笑む女性、口調と佇まいに貴さが滲んでいた。

「あの、あなたは」


 麗奈の問いかけに、女性は口角を上げると会釈して手を胸元に当てた。


「わたくしはエルミナ、この国の王妃です」

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