26 君江のキルト(前編)

「うわあ、すごい。おばあちゃん頑張ったね」


 麗奈は君江が部屋いっぱいに広げた完成品のキルトを見て感嘆の声を漏らした。ベッドカバーサイズの焦げ茶を基調とした落ち着きのある風雅なキルト、大きな太陽を模した気品のあるデザインだ。小さなひと針ひと針に込められた思いを感じて麗奈はぐっと胸が熱くなった。


「もう、半年がかりだったわ。目が見えないからね」

「ねえ、コレ。本当に売っちゃうの? 勿体ないな」


 日本にいた時から君江が真心を込めて作り続けたこの一品をあっさり手放すというのは格別に惜しい気がした。


「これを売ればちょっとでもお金になるでしょう。お母さんも頑張っているから助けないと」


 由美子を思いやる君江の言葉を受け止めて麗奈は静かに頷く。

「うん、そうだよね。……分かった私、売ってくる」


 名残を押し込めてキルトを丁寧に畳む。手放すのが何だか惜しくて、でも君江の想いはひしひしと感じている。作った本人がそう望んでいるのだから自身が口出しすることは何もない。出来るだけ高く売ってくることが自身に課せられた使命なのだ。麗奈は別れを惜しむように畳み終えたキルトを紙袋にそっと優しく入れた。



 君江のキルトの手仕事が始まったのは3年程前からだった。始めは小さな玄関マット。誕生日に作ってもらったピンクのクッションカバーはお気に入りのインテリアだ。この家には君江の様々な作品がある。家族も出来るたびに喜んで君江の生きがいを応援した。キルトに出会うまで君江は少し落ち込んでいたという経緯がある。つがいであった祖父を亡くして以来2年ほどすっかりやる気をなくしていたのだ。麗奈が目の保養にと本屋で買ってきたキルトの季刊本。クリスマスの特集号だった。ささやかな趣味にと思ってプレゼントしたのだが、興味を示してくれてそれ以来趣味が続いている。元々、編み物の特技があったり、洋服を直したりの手仕事はしていたので素養があるというのも良かったのかもしれない。


 街に出て市場へたどり着くと麗奈は早速場所を探した。場所取りの青いビニールシートを持ってきたのでそれが敷けそうな場所を探す。キルトの魅力が伝わるように作品を目一杯広げなくてはいけない。


 偶然、店じまいしている初老の男性を見つけて麗奈は声を掛けた。場所の大きさも申し分ない。


「ねえ、おじさん。私ここで商売してもいいかしら」

 男性はふっと振り返って穏やかな表情を浮かべる。

「ん、かまわないよ。でもね、お嬢ちゃん商売するには国の許可が必要なんだ」


「えっ」


 麗奈は寝耳に水の出来事で一瞬考えてしまった。

「持ってるかい許可証? ほらこういうの」


 男性が引っ張り出して見せてくれたのは紙の許可証だった。難しいことが書かれて国のハンコが押されている。


「どうしよう。私持ってないの」

「商売するつもりなら役所へ行って申請してそれで……」

「あのね、永続的に商売がしたいわけではないの。売りたいのはこれ1つなのよ」

 そういってキルトを取り出し見せる。


「ああ、こりゃスゴイな。上等の品じゃないか」

 男性はそう言ってまじまじと君江のキルトをみつめている。


「廃品回収の店でも買い取りしてくれるがそれじゃあまりに勿体ない」

 うーんと考えながら男性は首をひねっている。するとそのやり取りを見ていた隣の店の中年女性が声を掛けてきた。


「そんな立派な物なら王城に献上するというのはどうだい」

「王城?」


 麗奈も男性も驚いたように呟く。


「王妃様のご趣味でね、珍しい品を買い上げているんだ。それほどの物ならきっとお気に召しになるよ」


 有難い情報だがふと疑問が湧く。


「どうやったら買い上げて頂けるのかしら」

「役所に届け出をしてね、それから」

「やっぱり役所なのね」


 日本も日本だけれど、ここもここ。国という物は難しい規則の塊で出来ているのかもしれない。


 その後丁寧に説明をしてくれた女性と男性に礼を言って麗奈はその場を離れた。


 ただし、役所に向かうことなく麗奈は王城へと向かう。自身は王宮楽団員としての許可証を持っているのだ。あまり感心出来た用途ではないかもしれないが、使える物は使わなければ。王族に直接面会できるとは思えないが、誰かに少しでも早く作品を見て欲しい。それも目の肥えた作品を大事にしてくれそうな誰かに。


 昼の活気が漂う町を抜けて、たくさんの露店の前を通り過ぎていく。いつもは目移りして仕方がないけれど、今日食欲をそそる匂いにも脇目もふらず歩く。そうだ、君江のキルトはこのようなところでは高値がつかないのだ。


 最高の品だと認めてもらおう。想いと愛情のこもった大事なキルトなのだから。麗奈は期待を込めてずんずんと歩を進めた。

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