25 畑の土

 今、収穫できるのは年中耕作可能なルッコラとサラダ菜、季節の野菜ジャガイモ、そして終わりかけのしょうが。はちきれんばかりの幸が畑にたわわに実っている。夏を過ぎて収穫が減ったと聞いたがそれでも十二分に素晴らしい気がした。


 泰山が老人ファーム『レインボー』に加入して5日が経とうとしている。昼ごはんを携帯して朝からの農作業。泰山も大概早起きであるが、他のメンバーもそれに負けず劣らず。一番早いのはヌークレオ、通称ヌーさんだ。彼は陽が明けるとすぐ畑にやってきて1人作物の様子をじっくり観察している。可愛い孫を見守るような視線を植物へと一心に注いでいるのだ。泰山にはまだ彼ほどの情熱が無くて、でも畑を愛する気持ちは分けてもらった。だから、皆より早く着くと黙って雑草を引いている。


 日が空高く上ると皆揃い、談笑をした後、作業を始める。この世界には耕運機のようなものがないから鍬で耕すしかない。腰が痛いと言いながら鍬を打ち下ろす老人たち。泰山も体力には自信があったけれど、それでも土を打つというのは中々大変な作業だった。ただ、この作業を怠れば固い土の中にそのまま作物が生えることになり、成長が阻害されたり根が深く伸びて収穫しにくいということが起きると聞いた。深く起こして肥料をよく混ぜる。土づくりが大事なのだ。


「ああ、しんどい」

 畑を一列耕し終えるとビットーリアが背筋をのけ反らせて腰を叩いた。最年長の彼は誰よりも疲れやすかった。


「ビットーリアさん、そろそろキンカンにネット張った方がいいんじゃないかの」

 ヌーさんが声を上げる。彼の声が大きい理由、彼は若干耳が遠いらしい。


「ネット?」


 不思議そうに問いかける泰山に恰幅の良いシャーナが説明する。

「実が大きくなると鳥がね、食べに来るのよ」


 ああ、なるほどと泰山は頷く。

「まだ、大丈夫だろう。実がまだ青いよ」

「そんなん言ってると冬が来ちまうぞ」

「まだ、大丈夫だよ」

 ビットーリアは朗らかに笑っている。


「ちっ、動きやしねえ」


 派手な舌打ちをするとヌークレオは納屋へと向かった。

 彼がネットを張る作業を1人で始めたので、泰山はそれを手伝うことにした。


「おっ、あんた中々筋が良いじゃねえか」

 几帳面にネットを張る泰山の様子に感心してヌークレオはネットからそっと離れる。作業を任せきりにしようというらしい。

「ああ、大工やっとったんです。こういうのはきちんと張らないと気持ちが悪くて」

「そりゃプロだ」


 皆感心して見守っている。ネットと格闘すること数分泰山は何とか満足にネットを張り終えた。みんな感心して拍手をする。何だか照れ臭かった。


 畑の美景を眺めながら昼食を摂る。泰山の弁当を見て、皆「今日は一段と大きなおにぎりだね」と目を丸くしていた。由美子のおにぎりは何故かいつもデカい。本人の掌がでかいわけでは決してない。泰山はそれを食べるのに一苦労で、でも文句はいわなかった。


 この世界にはおにぎりという食べ物がある。そんな疑問にも今日になって気付いた。あまり世界について理解はしていないけれど、西洋文化が溢れるこの国でおにぎりという文化がある。何だか不思議だと思いながら米を頬張った。


「おれんちも昨日息子が徴兵に行ったんだ」

 朝から珍しくずっと黙っていたジョセフが不安を吐露した。


「みんな若い者は国境へ送られちまうよ」


 ヌークレオの呟きを聞いてみな視線を落とす。泰山も聡司の顔がチラついて悲しい気持ちになった。


 皆の会話の途中に覗く人魔という言葉。麗奈から何となく2人が徴兵されたのはそれを討ち払うためであると聞いているがどんな生き物かという推測すらつかずにいた。


「お隣の子がね、昨年先日遠征先で人魔の呪詛に掛かったそうなの。まだ、16歳で。可愛い子なのに」

「呪詛?」


 この世界に来て初めて聞く言葉に泰山は注意を向ける。その言葉について知りたいと思った。


「あら、ターさん知らない? 人魔の呪詛よ。呪詛」


 皆には引っ越してきたばかりでこの辺のことがよく分からないと説明してあった。だから、話の途中で時々皆が気遣ってくれる。


「人魔はね、人に憑りついて呪詛を施すの。呪詛を受けた人間は魂を抜かれたように呆然として廃人になるの」

「命は奪わなくてもその後の人生を奪われる。とても恐ろしい呪いだよ」


 泰山は急に聡司のことが心配で堪らなくなった。


「孫はまだ行ったばかりなんだ」


 2カ月の従軍だと由美子に聞いた。まだそんなに経っていない。不安がる泰山にビットーリアが同情を向ける。


「無事を信じるしか出来ないけれどね。あまり心配しなさんな」


 励まされてますます心配になる。自身の悪いところだ。泰山は唇を噛みしめて感情を堪えると、おにぎりにかぶりついた。

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