それぞれの道

24 泰山の職探し

 脇田家がレネの国にやって来て、1週間以上が過ぎた。徴兵された隆行と聡司の穴を埋めるように懸命に家庭を明るく保とうとする由美子の努力、それを肌身で感じながらも泰山は自身の不甲斐なさを嘆くことしか出来なかった。それを咎める者もいない、けれどやっぱり自分で自分が嫌だ。だからもう、不満は口にしないと決めた。由美子が困る。ただ、職がなくて娘の嫁入り先に厄介になっているという負い目は常にあって、何とか職を探して身を立てたいという願いがあった。


 忙しい由美子の用意してくれた昼食を食べて1人町に出る。よく分からない環境で数日は戸惑ったが、1人が嫌だともいっていられない。由美子は仕事があるのだ。毎日役所に通うこと、それが最低限の責務のように感じて足しげく通っていた。


 役所の掲示板をみて泰山はため息を吐いた。昨日見た求職情報とほとんど変わらない。全て若者向けのもの。年齢制限など書いてはいないが、その実は自身のような老人を求めていないのだ。何件も気真面目に声を掛けて話を聞きに行き、その度に折れながら、この世界の求職事情を少し理解した。


 肩を落とし立ち去ろうとする泰山を気遣って1人の女子職員が声を掛けてきた。白髪の巻き毛のかつらを被った西洋の貴婦人のような風体、相変わらずこの世界の役所の身目には慣れない。


「あの、お仕事をお探しですか」

「ああ、そうだよ。でも、私のような年寄り向けの物はないみたいだね」


 普段なら悩み相談など見ず知らずの者にはしない。でも正直心細かった、誰かに吐露したくて仕方がなかった。食い扶持を稼がなくてはいけないのに職が見つけられずに困っているという旨の説明をすると女性は少し考えて「稼ぐというのとは少し違いますが」と言い置いてある説明を始めた。


 最初は女性の助言にあまり気が進まず断ろうと思った。だが、親身になって助言してくれている。そのうちにどうせ仕事が無いのならやってみる価値はあるかもしれないと思い直した。女性のくれたパンフレットを握り締め、簡素に礼を言うと役所を後にした。


 泰山は役所の外でパンフレットに目を落とし、じっと考える。



――老人ファーム『レインボー』 農作業仲間募集中



 農作業などしたことがない。本職は大工だ。昔幼い頃、畑を遊びついでに手伝ったことはあるが、ほとんどそれ以来。女性は初心者でも構わないそうですよといってくれたが本当の本当に初心者だ。だが、気真面目な泰山には女性にお世話になった以上訪ねなくてはという思いがある。場所は町の南方、道行く人に時々たずねながらレインボーの活動場所を目指した。


 住宅のある密集地の自宅から距離はそれなりにあるけれど、その分とても落ち着いたいい環境にあった。周囲は少し田舎じみて、でもそれが反って落ち着いた。泰山は里山の生まれなので肌になじむのだ。次第に濃くなる畑の香り、緑の大きな作物が見えたと思ったら笑い声が聞こえた。


「ヌーさん、そこには大根を植えるといっただろう」

「そうかい、オレは春菊だと聞いたけれどね」


 ヌーさんと呼ばれた老人は手元の種を引っ込めると畑を出て納屋の方角へと向かった。


「まったく、耳が遠くていけねえよ」

 笑う男性に納屋の中のヌーさんが声を上げる。

「あんたもオレもな」

 皆が「違いない」と笑い声を上げる。


 泰山とほとんど同年代の男女が6人。とても仲よさそうに農作業をしていた。


「あの」


 恐縮して泰山が話しかけると1人の女性が応じた。泰山より少しだけ若いだろうか。


「あら、こんにちは」

「こんにちは」


 女性はにこにこと笑っているが何もいわない。通行客だと思われているのかもしれない。話が続かなかったので泰山は自分から切り出す。


「役所で伺いまして、こちらで農作業のお手伝いをさせていただけると聞いたのですが」

「ああ、お手伝いじゃないのよ。これね、私たちの趣味なの」


 女性は相変わらずの笑みを浮かべてクワに寄りかかっている。疲れているのだろうか。もう一人の女性も話に加わった。


「そこのね、ビットーリアさんの畑なんだけれど。1人じゃ耕しきれないから皆に声を掛けて趣味の延長線上でやってるの」


 ビットーリアと呼ばれた泰山と同年代らしき男性もまた笑顔で汗を拭っている。

「一緒に作業してくれると助かりますが」

「あの、農業のことは何も知らんのです。それでも構いませんか」

「構いませんよ。我々も分かってないんだ」


 はははと笑うとヌーさんの声が届く。


「呆け老人の趣味だよ!」


 空に高らかに響く声。


「あんた口が悪すぎやしないか」


 ビットーリアが言い返すとヌーさんがさらにそれに言い返す。


「お互い様だ!」

 すぐさま沸き起こる笑い。冗談の感覚がつかめない。泰山は会話の流れに入り込めなくて「はあ」と頭を下げるばかりだった。



 その晩、脇田家の食卓には泰山の持ち帰った新鮮なサラダ菜とルッコラ、そして由美子の買ってきた刺身で作ったカルパッチョが並んだ。


「お野菜とても美味しいね」


 感銘する麗奈に泰山は補足する。

「無農薬だっていってたよ」


 働きもしないうちからこれほど貰ってしまって申し訳ないという気持ちも泰山にはあったが、家族の喜ぶ顔を見てそれも吹きとんだ。

「しょうがもたくさん貰ってるの。明日はしょうが鍋にしようと思うの」


 由美子は嬉しそうにカルパッチョをつついた。

「しょうがは膝にいいのよ」

 君江の豆知識も挟みながら久しぶりに心温まる家族団らんだった。


 長い食事を終えて、皆方々に散る。君江は自室に籠り、麗奈はリビングでテレビを見て、由美子は皿洗いをする。


 歯を磨いた泰山は由美子の背後にいくと「すまんかったのう、由美子」と小さく声を掛けた。

 由美子は嬉しそうにふふと笑った。

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