30 モモちゃんの1日
まだ外が薄暗い中、動き始めた影が1つ。懸命に布団を掘る小さな影。布団を掻いて寝ている由美子に懸命に呼びかけているが反応はない。
仕方なく由美子の額をぺしぺしと叩き始める。
「……モモ早いよお」
そういって由美子は手を伸ばし枕もとの時計を掴む。
「まだ、四時半じゃない。五時まで寝かしてよ」
由美子は布団を首元まで引き上げるとまた狸寝入りをする。
モモは再び由美子の顔を掻く。この頃覚えた行為だ。これをすると大抵の場合由美子は起きてくれる。
「ん~もう」
由美子は布団をべりと剥がすと小さく「はああ」とため息を吐いた。嬉しさのあまりモモは尻尾を振る。今日はモモの勝利だった。
寝室で身支度を終えた由美子はモモを抱きかかえて1階へと降りる。家族はモモをよく抱っこするけれど、由美子に抱っこされる時が一番好きだった。由美子のモーニングルーティーンは仏壇の水を変えて拝むこと。それを傍で待ち、由美子が立ち上がるともう興奮が止まらない。朝から祭りだ。グルングルンと3回転スピンして台所の入り口で由美子が準備するのを待つ。大好きなフードが皿を打つ音。直後、由美子のトントンが始まる。茹でた野菜を刻み乗せたお手製ごはんだ。
由美子は手で指示を送ると少し厳しく声を張り上げる。
「お座り」
人質があるとモモは弱い。しぶしぶ腰を下ろしてぐっと待つ。
「待てよ。待てよ…………」
緊張で前足が震える。じいっと視線は皿にくぎ付けだ。
「よっし!」
由美子が膝を掌でパンッと打つのでそれに合わせてまた1回転。モモは皿に顔を突っ込むとバリバリとフードを噛み砕いた。
食事を食べ終えるとモモは第2の睡眠に入る。家族の起き出す7時過ぎまで用事は無いのだ。台所に立つ由美子が「お利口さんね」というのでそれを素知らぬ顔で聞きながら定位置のパウダービーズクッションへと向かった。
朝日が昇り夜が明けるとに家族が起き出す。魚屋で勤める由美子の出勤は早い。家族には朝の挨拶をせずにモモにだけ声を掛けて出かける。
「ももちゃん行ってきます」
寂しいけれどお留守番は出来る。耳をパタパタと折って見送る。由美子の次に一番早いのは泰山で次に麗奈、2人が出かけていなくなった頃君江が起き出す。忙しい朝は皆相手をしてくれないのでモモも愛想を振りまくのはこの頃止めた。支度を終えた麗奈が行ってきますとモモの首筋を撫でて玄関へ走る。
モモの主人は麗奈なのだ。だが一番構ってくれるのが由美子なので自然と由美子が好きになってしまった。麗奈にも渾身の愛想は振り向くけれど心はちょっとドライ。麗奈には楽しいことがいっぱいあるようだった。
起きてきた君江が挨拶をする。
「モモちゃんおはよう」
君江は1人で朝食の準備をするとテレビを見ながらひとり朝食を摂る。
「日本はすごいことになってるね」
君江が色々と話しかけて来るがモモには分からない。
「もうちょっと政府も考えなきゃいけないのよ」
君江の議論が真剣になる頃、モモは夢の中。歳をとってひと際眠るようになった。
モモは岡山県のブリーダーの営むファームで生まれた。両親の顔を知らず、長い旅を経てペットショップへとやって来た。小さなショーケースの中で来店した人々を緊張の眼差しで見つめ続け、その中に運命の主人を見つけた。それが大好きな麗奈との出会いだった。
脇田家の人々は皆温かい。皆モモちゃん、モモちゃんといってくれる。君江とは時にケンカもするが仲良しだ。たくさんの芸を覚え、オモチャで遊んでもらい、大好きな散歩へと連れて行ってくれる。たくさんの思い出が出来て、モモはそれが嬉しかった。
寝ることが多くなったけれど、まだまだ元気。昼過ぎは一時帰宅した由美子と散歩に行く。散歩コースが変わったけれど、中々気に入っていた。友達はいないので、ほとんど地面を見ながらの散歩。時折一緒に行ってくれる麗奈には「視野が狭いなあ」と言われたことがあるけれど何のことだか分からなかった。
帰宅してまた1人、夕方まで皆は戻らない。この頃、隆行や聡司の顔を見ていなくて物足りない。帰ってきた家族に挨拶するのはモモの大事な仕事なのだ。ふとずっと会うことが出来なくなった祖父をモモは思い出した。君江の夫、仁政だ。優しく威厳があり大好きなおじいちゃんだった。仁政の亡くなった夜は畳の間で動かなくなった仁政に寄り添って傍を離れなかった。
家族との死を理解しているわけではない。けれどもう帰ってこないということは理解した。覚えた顔と声、そして柔らかな匂い。今でももう一度撫でて欲しいと思っている。
日も暮れて寂しくて仕方がなくなった頃、大好きな麗奈が帰宅した。モモは全身で喜びを表現した。ウサギのように尻を落として全力で駆けまわる。麗奈は嬉しそうに「モモ~」と抱きしめてくれた。
家族は一緒がいい。みんな一緒がいい。
もうじき大好きな皆が帰ってくる。モモの家族が戻ってくる。モモは麗奈の腕の中で耳を折って尻尾を振ると麗奈の顎を舐めた。
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