21 逃亡者たち
聡司たち5人の旅路はこれまできた道のりをそのまま逆戻りするというものだった。往路の時はそれほど苦痛なく歩いたのだけれど、復路はまるで気分が違う。逃げなければいけないという恐怖と旅の疲れで精神がキリキリと追い詰められて摩耗している。ほぼ寝ずに1日走り続けた結果、頼りどころである体力すらも尽きようとしていた。
「確かもうすぐ右手に小川があるはずだ。そこで水浴びをしよう」
ディアの声に皆気力を取り戻す。体はもう2日拭っていなかった。不快の極みだ。
来た時は何の感銘も抱かなかった小川だけれど、今は何より有難い。水を何度も喉に流し込んだ後、服を脱ぎ捨てて肩まで浸かった。疲れた心が洗われていく。
「ああ、気持ちいい。ホント気持ち悪かったんだよな」
ニールが心底嬉しそうに肩を拭っている。聡司はこれが風呂ならばと1人思い描く。贅沢かもしれないが心から湯が恋しかった。自宅のユニットバスから立ち上る湯けむりの懐かしさ。もう1週間以上拝んでいない。
全身を隈なく洗って、水辺から上がると短草の上に座り込んだ。布など持っていないので乾くのをじっと待つしかない。寒いけれど、凍えるというほど大袈裟じゃない。日本なら全裸で男数名が佇んでいるのならば、即通報されるがここはあくまで異世界なのだ。
全裸のまま、ディアが麻袋を漁った。荷物になる麻袋は皆で代わる代わる運んだ。まだ随分とあるけれど、それが町まで持つかは怪しい。ディアが取り出したのはリンゴだった。重たい物から消費していこうと皆で決めた約束だった。
体が乾いて服を着ても皆立ち上がれなかった。少しの雑談は挟んだけれど、ほとんど沈黙して呆然と小川を見つめるばかり。歩きだそうという気力は微塵も湧きおこらなかった。そのうちに空に星が輝き始めて、闇が訪れる。天高く登った三日月の明かりだけが頼り、この世界にも月はあるのかと聡司はそんなことを考えていた。
「明日はペネットの村にたどりつく。そこで泊めてもらおうぜ」
ディアの提案にオーウェンが苦言を呈する。
「見ず知らずのそれも男5人を泊めようなんて物好きがいるかい?」
「納屋でもいいさ」
「納屋なら野宿と一緒だろ」
ニールはどうやら家に泊めてもらいたいらしい。
「違うさ、風が無いだけ十分休める。干し草でもいいから柔らかいところで眠りたいんだ」
ディアの言をオーウェンが笑う。
「贅沢言うなよ。万が一役人に通報されたらどうするんだ」
嫌な空気が漂い始めたとき、「あのさ」とずっと黙っていたジーナスが小声を上げた。
「仕事を手伝って一晩お世話になると言うのはどうだろう」
その意見に皆はっとしたように目を輝かせる。黙り込んだ皆を見つめてジーナスが弱々しい声で「ダメかな」と呟く。
「ジーナス、あんた冴えてるな! 名案だよ」
ディアが感激した様子で肩を叩く。
「やっぱ、年上はちがうよな」
ニールやオーウェンも笑みを浮かべて喜んでいる。あまり愚痴らない聡司も野宿はもう辛かった。翌日は温かい場所で眠れる。その期待を胸に夜を明かした。
翌昼、ペネットの村にたどりついた一行は一番裕福そうな家を探した。5人が揃って泊めてもらえて、なおかつ農作業などの仕事がありそうな家。来た時はペネットの村には立ち寄らず、手前の村に宿泊したのでペネットという場所のことをあまり理解していなかったが実に長閑で空気の澄んだ村だった。ただ、やっぱり見知らぬ子どもたちがうろついているというのはあまり印象が良くないようで声を掛ける家は皆色良い返事をしなかった。
ほとんどの農家に声がけして諦めかけた時、ジーナスが吉報を拾ってきた。
「牧畜作業を手伝えば泊めてくれるそうだよ」
皆色めき立って、手を打ちならせて喜んだ。
「さすがジーナス、頼りになるぜ」
喜ぶディアに「ああ、でもただ」とジーナスが付け加える。
「母屋に泊めてもらえるのは2人までだっていうから」
申し訳なさそうにジーナスの声が萎んでいく。皆も少し意気消沈した様子だった。
「あとの3人は納屋になるけど、それでもいいならお願いしてくるけど」
恐縮しきった様子のジーナスにディアが頷く。
「ま、仕方ないさ。泊るところがないよりいいだろ」
皆も渋々納得した様子でディアの決断を受け入れる。
「じゃあ、1人目は話を運んで来たジーナスで決まり。であとの1人はどうする?」
「えっ、ボクはいいよ、納屋で」
ジーナスは首をぶんぶんと振っている。
「そんなわけにはいかないよ。話をつけたのはジーナスの手柄だ」
皆が一様に頷いている。
「そうかい、じゃあお言葉に甘えて」
ジーナスが納得したところでディアは「さてと」と言い置いて肝心の議論を持ち出す。
「あとの1人はどうする?」
ああ、その話しなんだけどと言い置いてジーナスが言を継ぐ。
「ボクはサトシと一緒に泊りたいんだ」
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