20 逃走

 翌朝、ディアとニールは部隊の仲間とともに補給物資を調達するためサルーへと向かった。聡司たちにはサルーへ向かう任務がないので、キャンプから隙を見て脱走ということになる。無事逃げのびた者はサルーの村の裏山で集合することになっている。そこで夕方まで待って仲間が来なければ諦めて出立する。昨日話し合った段階で結局6人全員が合意した。


 朝食の準備を進めながら、聡司は丁度いいタイミングを窺っていた。先に逃げるか後に逃げるか。仲間に決して口にすることは無かったが全員無事に逃げられるとは聡司も考えていない。最初に逃げ出したら周囲には警戒されないまま逃げ出すことも可能かもしれないし、でももしその者が見つかればその混乱に乗じてあとの者が密かに逃げだすと言う手もある。仲間を見捨ててでも逃げのびると言う決意。情がないと思うがたぶんその覚悟が必要なのだ。


 聡司はコーヒーを沸かし終えると皆のカップに慎重に注いだ。注いだ物は年配者から順に配る。受け取った初老の部隊長は「ああ、いい香りだ」と感慨深そうにいった。

 食後のコーヒーほど穏やかなものはない。皆気が緩んでいる。好機かもしれないと思った時、大きな声が上がった。


「おい、お前逃げ出そうというんじゃないだろうな」


 聡司は自身に向けられた声と思いドキリとした。ヨアンの逃走が見つかったのだ。


「違う、違いますよ」

 ヨアンは皆に囲まれてどぎまぎしながら取り繕っている。

「おい、貴様どういうことだ。兵糧をこんなに抱えて」


 ヨアンの手元にはたくさんの物資があった。いかにもこれからどこかへ向かいますよと示唆している。恐らく物を持ち出すのは得策ではない。


「ああ、また脱走者か。この頃多くて困るな」


 傍に座る部隊長が呆れたように呟く。皆の視線は今ヨアンに集中している。チャンスかと窺った時、仲間のドルスが勢いよく走り出した。全てを振り切らんと脱兎のごとく逃走している。


「おい、お前!」


 逃げるドルスを数人の若者が即座に追いかけていく。ドルスは数十メートル逃げた後、押し倒されるように掴まり取り囲まれて土を味わった。


「おいおい、今日はどうしたんだ」


 皆、あからさまな逃走に目を白黒させている。自然といなくなる者はこれまでもいたけれど、堂々と逃走を醸し出す者はそういない。不自然なんだと心で呟いた時、共に機を窺っていたオーウェンと視線が合った。オーウェンは行くぞと目で物語っている。聡司は静かにコーヒーの入ったカップを置くと気取られぬよう立ち上がり、音を立てずにそっと仲間の輪から外れた。


 忍び足でキャンプを外れ、振り返りもせず歩く。心は急いても歩みは穏やかに。ある程離れてさすがに追いつけまいというところでオーウェンと共に走り始めた。時折振り返ったが逃走騒ぎのせいで自分たちに気づいた者はいないらしかった。

 村は割と近い。もうすぐたどり着く。息を切らしながら走っていると前方にディアの部隊の2人が物資を積んだ荷車を引いてやって来た。


「おい、お前たち」


 咎めるような声で呼び止められて、聡司とオーウェンは立ち止まった。心臓が跳ねあがるほど動揺していたがそれは顔に出さなかった。


「村へ用事があるのか」


 疑われていると即座に警戒する。オーウェンは何気ないそぶりで「ああ、実は」と言葉を継いだ。


「大隊長の命で村へ行くところでしたが何かお困りですか。我々で良ければ助力いたします」

「そうか、丁度良かった。さっき部隊の者が逃走した。ディアとニールとジーナスだ。これから走って大隊長に知らせに行くから、お前たちはすまないが代わりにこの物資を運んで来てくれないだろうか」


 思わず、オーウェンと顔を見合わせる。


「キャンプまで運べばいいんですね」

 そう言って2人で荷車に取りかかる。


「重いから慎重にな」


 そう言い置くと兵士2人はキャンプに向けて慌てて走っていった。

 兵士たちの姿が見えなくなるまで見届けた後、聡司とオーウェンは荷車を止めて積荷を解いた。麻袋の中身を放り出して、中に可能な限りの食料を詰め込む。声を掛け合うことも無く急げの精神で出来るだけたくさんの食料を確保する。


 麻袋1つ分の食料を抱きかかえると荷車はその場に放置してサルーの村の裏山へと向かった。



「早かったな」

 裏山に分け入ると潜んでいたディアとニールが姿を現した。もう1人姿が合って聡司たちよりは少し年上の20代らしき若者だった。


「成り行きで一緒になったんだ。ジーナスだ」

「よろしく」


 とても気の弱そうな男だ。聡司とオーウェンと握手すると控えるようにスッと後ろに引く。


「ドルスとヨアンは掴まった。少し早いが出立した方がいい」


 オーウェンの言葉を聞いて、ディアがそうかと静かに呟いた。

 夕方出立の予定だったが、2人はもう来ない。逃げるなら追手が来ないうちの方がいい。予定外もあったが、取り合えず揃った。5人で密やかに裏山を抜けると夜の街道に出て、城下町へ向けてひたすら果てしない道を歩き始めた。

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