14 麗奈の異世界

 絵画のような美しい街並みをぶち壊しの純日本家屋の我が家。両サイドの伝統ある石造りの家に挟まれてもなお泰然としている。朝食を終えた脇田家の長女麗奈は玄関を静かに閉じるといってきますと呟いた。


 由美子が働くようになってから3日が経った。今朝も早くから出かけている。やりがいを見つけてとても楽しそうで、由美子は働いている時が一番輝いている。どんな世界であろうと自分は変えられないのだ。麗奈も負けていられないなと自らのやりがい探しに打ちこむ。


 しかし、町に出てまずは情報集め。いずれは職も探すつもりだけれど、この世界はよく分からない。まずは五里霧中な家族のためにも情報が必要だ。


 麗奈の今いる国はレネと呼ばれる小国で北端と西端がヨミという大国に隣接している。ヨミがどれくらい大きいかというとレネの5倍の面積はある。書店の壁に貼られていた地図で実際に見たので確かな情報だ。ヨミには『人魔』という生き物がいてそれがレネを脅かしているということ。それを払うために隆行と聡司は連れていかれたのだ。もしかするとヨミという言葉がこの世界のキーワードになるかもしれない。


 書店で得た大きな情報がもう1つあって、この世界は日本語が主言語であるということ。本も全て読めて、でもそれが何故かはよく分からない。ただ、有難いことであることは間違いなかった。


 握りしめているのは由美子が勤め先の魚屋から前借したディル、この世界の通貨だ。要らないといったけれど、良い物があったら買ってきて頂戴と由美子に持たされた。

 買い物をしてみなければ貨幣の価値だって分からない。まずは何かを買って感覚をつかむこと。麗奈は色とりどりのフルーツが並ぶ果物屋の軒先を訪れた。


「いらっしゃい」


 中年の紫頭の恰幅の良い女性が出てきてにこやかに笑顔を浮かべた。


「こんにちは」


 挨拶をして様子をみる。色々なことを聞いて答えてくれる人だろうか。麗奈が意図を測られないようにアレもコレもと眺めていると贈り物かいと陽気に問いかけてきた。


「ああ、違うの。おばあちゃんに買って行ってあげようと思って」

「まあ、優しいお孫さんね」

 麗奈は、ははと笑う。


「私、アルバイト探しているんですけどどこか雇ってくれるところ知りませんか」

「職探しなら役所に行くといいよ。1階に入ってすぐの掲示板があるだろう。あそこにたくさん求人が載っているよ」

「ああ、役所! なるほど。ありがとう」

「いいよ。お役に立てて」


 麗奈は美味しい果物はどれかと問いかけて洋梨のような果物を2つ選ぶ。親切にしてもらったのなら感謝するのがマナーだ。1000ディルを渡すと500ディルが帰ってきた。洋梨1つ250ディル。日本円とほぼ等価のようだ。明るい声ではきはきと礼をすると果物屋を後にした。


 麗奈はその足で役所へと向かった。先日役所に出向いた君江は怒り心頭で大した仕事してないよと怒っていたが今日はそんな目的はない。作られた西洋人形のような人々を横目に見ながら、掲示板を探す。奥に数人が集まっている場所があってその眼先に掲示板はあった。広い掲示板がA4ほどの手書きの紙で埋め尽くされて、これが全部求人なのだろうか。真ん中の1枚を眺めるとこうあった。


――『アルマー花店 時給800ディル 花が好きな人歓迎』


 花屋もいいかもしれないなと心で呟く。隣を見るとこうあった。


――『水の販売員募集 日給相談可 アクアバード』


 水のボトルが重いということはウォーターサーバーで知っている。これは無いなと敬遠する。というよりもこの異世界でも水を売るという商売があるのか。

 真剣に眺めていると隣にいた痩せた中年男性が声を掛けてきた。


「あんた随分変わった格好しているな」


 そう言う男性こそ真っ青な上着に真緑のズボンで、原色の組み合わせはまるで民族衣装のようだ。けれど、郷に入っては郷に従え。普通に暮らすためにもこの世界の洋服が必要なのかもしれない。


「おしゃれっていってよね」

「ああ、悪い悪い」

 男性はぽりぽりと頭を掻く。


「やっぱり、国の仕事が給料がいいよな。でもオレは楽器が吹けないんだよ」

「えっ、楽器!」

 麗奈は驚きのあまり問い返した。


「ほらこれ」


 男性が差した指の先に『王宮楽団員募集』とある。惚れこむように紙を見つめて、麗奈は詳細を確認する。麗奈はフルートが吹ける。でも、学校に置き去りだ。所持していないけれど、雇ってもらえるだろうか。というよりも王宮の楽団員という立派な仕事。今の自分の実力で通用するのだろうか。


 紙には――『9月15日 採用試験』とある。麗奈ははてと考え込む。


「ねえ、おじさん今日って何月何日!」




 仕事から帰宅した由美子は魚屋で貰ってきたアラを煮付けていた。街に出かけた麗奈の帰りが遅い。朝から夕方まで戻らない何てご飯は食べたのだろうか。窓の外の夕闇にもそろそろ星が輝き始める頃。心配していると麗奈が帰宅した。


「ただいま!」


 弾んだ声に吉報が持ち帰られたのだと知る。麗奈の差し出した紙袋を受け取ると果物の香りがした。


「お母さん、私明日から王宮で働くから」

「王宮!」


 突然の宣言に由美子は驚く。騒ぎを聞きつけた君江がモモを抱えて台所へとやってくる。


「私、王宮楽団員になるわ」

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