13 家族の時間とこれから

 晩の食卓に豪勢な白身魚の刺身が並んだ。それにたっぷり醤油をかけて君江は頬張る。

「おいしーいぃ」

 少女のように感激する姿に由美子はにこにこと笑う。


「こんなに綺麗なお魚貰って悪いよね」

 そう言って麗奈も刺身に手を伸ばす。


「美味いのお」

 泰山もしみじみとした様子だ。


「事情を話してね、家族で困ってるって正直にいったら、持って帰れっていってくださって」

「いい人たちもいるんだね」


 由美子のこの世界で初めての就職先は近所の魚屋に決まった。希望していた花屋も見たけれど、明らかに魚屋の方が忙しそうで働き甲斐がありそうだし、残り物の魚を頂戴出来るのではという若干浅ましい思いもあってそこを選んだ。家庭の窮状を話すと気のいい店主の奥さんはまだ働いてもいないのに新鮮な魚を差し出して、持って帰りなと同情してくれた。明日から由美子は魚屋ウィップスで働く。


「聡ちゃんに食べさせてあげたかったわ」

 君江の心には孫聡司と息子隆行のことがあるのだろう。今頃二人はどこで何をしているのか。せめて状況だけでも知れれば気持ちが落ち着くのかもしれないが。


「あのね、聡司はたぶんスマホを持っているから連絡してくると思うの」

 由美子の言葉に君江は目を剥く。君江はやはり気付いていなかった。


「それならどうして電話しないの」

「ほら、電話かけて困ったことになると困るでしょう? ラインにメッセージは入れてあるから見たら返信が来ると思うわ」


「お父さんのはリビングにあったけどね」

 麗奈の言葉に君江は顔をしかめる。

「隆行は何やってるのよ」


 正直な苦言を由美子は笑う。

「2人ともきっと大丈夫よ」


 大丈夫と断言する由美子の心にも底なし沼に足を突っ込んでいるような不安はある。無事という保証もない。でも自分が不安を吐露すればその不安が家族に伝染する。だから信じるしかなかった。



 食後、年寄り2人が歯を磨いて寝静まり、リビングに麗奈と2人。麗奈はテレビ番組を見ている。どうしてこの世界でテレビが見えたり、スマホが使えるのか。電気水道のライフラインも健在、まるで不思議な事だらけだった。


「あははは」

 麗奈が笑い声を上げる。今人気のお笑いコンビが女装コントをしていた。


「ねえ、麗奈」

 由美子は慎重に気を配りながら声をかけた。


「ん、何?」

「あのね、もしよかったらあなたも働いてみない」


「えっ」


「ああ、あのお金が必要だからって言っているんじゃないのよ」

 麗奈はきょとんとして由美子を見つめる。


「せっかくこの世界に来て、学校もないでしょ。家にずっといても暇だしまあ、ゲームをするならそれでもいいけど、外行けば社会経験が積めるんじゃないかと思って。あなたのお小遣いにもなるし」


「うーん」


「気が進まないならいいの。ちょっと考えてみたらどうかと思って」

 すると麗奈は少し困った様子でテレビから視線を逸らし、分かったと呟いた。



 テレビを見終えて23時、麗奈が寝支度を整えてキッチンで洗い物をする由美子の所にやって来た。

「ねえ、そういやおじいちゃんはどうするの」


 職を求めて町に繰り出した泰山の進捗状況が麗奈は気になっている様子だった。皆が晩御飯の時に敢えて触れなかったことだ。

「おじいちゃん少し気難しいでしょ。アレはダメだ、コレはダメだって中々気に入らないみたい」


 泰山は個人大工だったため人に雇われたという経験がない。それが足かせになっているのだろう。元々、由美子は自身で家計を支えるつもりだし、泰山に働いて欲しいという気持ちはないのだが泰山のプライドという物もある。

「そのうちいい仕事が見つかるわよ。あまり聞かないであげてね」

「うん」

 麗奈は返事をすると座り込んでシステムキッチンに背中もたれさせた。


「ああ、仕事かあ」


「仕事でなくてもいいのよ。たとえば趣味みたいな物でもいいの。やりがいを見つけたらいいんじゃないかと思って」

 趣味という言葉に吹奏楽が浮かんでくる。この世界に音楽という物はあるのだろうか。

 よっしと呟いて麗奈は立ち上がる。

「明日からちょっと探してみるよ。ありがとうお母さん」


 由美子はにっこり頷く。おやすみと挨拶して麗奈は2階の自室へ上がった。

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