12 由美子の決意と思い出のアルバム
「えっ、お母さん働くの」
リビングの片付けをしていた手を止めて、麗奈は問うた。
「うん」
爽快な表情で返事をする由美子に麗奈は戸惑いを隠せないでいた。
「すぐに戻れるかもしれないんだよ」
「聡司もお父さんも2カ月は戻ってこないでしょ」
「それはそうだけど」
心底頭の切り替えの早い母親だと麗奈は思う。自分はまだこの状況に戸惑っているというのに。
「おじいちゃんもおばあちゃんも不安でしょ。何とかしなくちゃ」
由美子は他人に自身の苦労を分かち合うことを求めない。自分は自分の信じる物のために働く。そんな日頃の姿勢を麗奈は尊敬していた。
「お母さんご飯食べたら町に仕事探しに行くから麗奈は留守をお願いね」
「うん」
質素な食事の時間、たくあんを噛みしめながら祖父の泰山がぼそぼそと呟く。
「由美子が働きにいくことないんだ」
「じゃあ、どうするのよ。お金ないのよ」
由美子は心配にうんざりといった様子で答える。
「おじいちゃんがシルバーに行くから、お前は家にいなさい」
ずっと現役で大工として働いてきた泰山だけれど、働かなくなって久しい。そもそもこの国にシルバーという概念があるのだろうか。
「お義父さん、由美子さんも頑張っているんだから応援してあげましょう」
君江が泰山を窘める。由美子は嫁に行った身だ。それ以上泰山は口出しすることが出来ない様子で不服そうにため息を吐くと白飯に手を伸ばした。
麗奈もまた自身の茶碗の中の白飯を見つめながら色んなことを思う。電気が使えると言うのは不幸中の幸いだった。仕組みは良く分からないけれど、スマホが充電できて、Wi-Fiが機能している。壊れなければずっと使い続けられる。水道も出て昨夜は風呂にも入った。一体この国はどうなっているのだろうと考える。
「じゃあ、おじいちゃんも一緒に仕事探しにいこうよ。働いてくれると助かるわ」
泰山の心配がまるで分かっていない様子で由美子がぬけぬけという。泰山も好きにせえと不機嫌に呟いて茶を茶碗に注ぐとずずっと啜った。
食後麗奈は洗い物の食器を運びながら由美子に問いかけた。泰山の不機嫌が心配だった。由美子が箱入り的に育てられて、泰山がこの年齢になっても気にかけているというのは知っているがそれでもあのような空気は心地が良くない。
「おじいちゃん怒ってたんじゃない」
すると由美子は何でもないという調子で返してきた。
「心配してるだけよ」
泰山は優しい祖父だけれど、すこし気難しい所があって麗奈もよく分からない。娘の由美子がそういっているからそうなのだろうけど。
「おじいちゃんも働きに行くの」
「おじいちゃんも退屈だろうし、お小遣いになるわよ」
ふうん、そんなものかという感想を心で呟いて食器をシンクに沈める。
「ねえ、どんな仕事するの」
すると由美子は少女のようにえくぼを作り微笑んだ。
「お母さんね、お花屋さんで働くのが夢だったの。だから、近所で探してみようと思って」
そう言って由美子は続ける。
「近所ならお昼に戻って来てご飯も構えられるでしょう」
結局心配はそこなんだなと麗奈は呆れる。由美子の行動は全て愛する家族に左右されるのだ。
昼食の片づけを終えると由美子と泰山は町へと出かけて行った。
家に残された麗奈は片付けを続けていた。リビングの端には転移した時に散らかった家財が避けてある。テレビやレンジなどの大きな物は由美子と運んだけれど細かな物はそのままだ。台所だとか2階の物が一緒くたになっているので苦心する。物が溢れているから優雅じゃないのよと不満を頭に思い描き作業を続ける。自分自身の物以外はよく分からなかった。全部片付け切るのはムリだなと諦めかけた時、麗奈は山積みの家財の中からアルバムを見つけた。
整理下手な由美子が手間をかけ懸命に作ってくれ麗奈のアルバムだ。お嫁に行く時に持たせると由美子は言っていた。1枚目の写真は大きなお腹の由美子だった。当時23歳のはずだ。現在の麗奈と6歳しか違わないけれど随分大人に見える。続く2枚目には生まれたばかりの麗奈が写っていた。以降、ハイハイしたり眠っている赤ん坊の麗奈が続く。宝物のような時間だったのだろう、赤ん坊の麗奈に寄り添う隆行も今より若くて笑顔だ。ページを捲る度に少しずつ成長していく麗奈。お正月、七五三、雛祭り。時に悪戯小僧のようにおてんばに、時にお姫様を気取って淑やかに。周囲にはいつも頼もしい大人たちの笑顔があった。温かく育ててくれた人々。自身はこれほどの愛情で見守られて成長してきたのだと思うと胸が熱くなった。写真の中には数年前に他界した父方の祖父である仁政の姿もある。厳しいけれど明るく慕われる人だった。麗奈は亡くなった祖父が大好きだった。思い出に涙が込み上げて、段々悲しくなる。家族一緒がいい。絶対に家族一緒がいい。
涙1つこぼしてそれを拭うとアルバムを閉じる。大切に抱えて2階の自室へと運んだ。
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