10 ウラシルへ

 西部のウラシルへと向かうことになった聡司は控室で与えられた軍服へと着替えていた。一体なんでこんなことになってしまったのか。そもそものトイレを思い出す。理不尽に首をもたげても状況は変わらない。周囲の男たちも気落ちした様子で黙々と着替えていた。体育の着替えですらもっと活気がある、そんな風に思った。


 制服のズボンを脱ごうとして不意に気がついた。ポケットで震えていたスマホだ。取り出してメッセージを確認する。



――今日サボり?


――風邪ひいたの?


――大丈夫か。



 親友たちからの連続のラインのメッセージだった。

「さぼりじゃねえよ」

 そう呟きながら、メッセージを打つ。



――暫く学校いけないかも。



 するとすぐに既読がついた。授業中じゃないのか。



――何か、あったのか。


――色々。



 手短に返信を打つと電源を落として身に付けた軍服のポケットに突っ込む。上手に説明できる気がしないし、電源だってもったいない。いざという時の家族の連絡手段なのだから。


 スマホを急いで着た軍服のポケットにしまうと隣で着かえていた中年男性が話しかけてきた。


「あんた随分変わった格好してたな。さっきの人はお父さんなんだろ。別々になるなんて不憫だな。一緒が良かったな」

 聡司はこくりと頷くとそもそもの疑問を口にする。


「人魔ってなんなんです? 化け物なんですか」

「あんたも知らないんだな」

 そう言って彼は続ける。


「遥か昔、ヨミの国で呪詛より誕生した化け物と言われている。人の怨念を交えて生まれるそうだ。この国じゃ珍しいがヨミの国には人魔が万といると聞くがな」

「ヨミってのはどういう国なんです」

「レネの隣国だけれど、もっと古くて大きい国だ。この世界はヨミの国より始まったといわれているんだ。このレネの国は遥か昔ヨミの国と袂を分かった人々が作り上げた国らしいが」


 聡司は話を断片的に理解して、レネがヨミの国と戦争状態であると言う事実と人魔という人ならざる物の存在を頭に叩き込む。

 さらに問おうとした時、控室の扉が勢い良く開いた。


「着替えが済んだら、外へ出ろ。これより出立する」

 ズルドンとはまた別の、それなりの地位にありそうな兵士がきびきびとした声を上げた。


 城の外へ出ると驚いたことに同じ黄緑の軍服を着た兵士たちがずらりと並んでいた。立派な軍服を着ているせいか、まるで民間人に見えない。彼らも共にウラシルへと派兵されるのだろう。


「これより行軍する。隊列を組んで我に続け」


 兵士は一番前に走ると兵士たちを導くように歩き始めた。聡司は隊列の最後尾に加わると歩き始めた。最後尾の聡司の後ろに槍を抱えた兵士が張り付く。隙をついて逃げ出すことを考えたがこれでは当分はムリだ。暫くは彼らの命令に従うより他ない。聡司は逃亡するというアイデアを手放して前を見据えた。横切る城下町には出立を見送る町の人々。華々しい出立を祝うように旗を振っている。その中に家族の姿を探したけれど見つからなかった。



 城下町を抜けると均された一本道が続いた。道の両サイドには草が生い茂り、そこだけ草が生えていないのは頻繁に踏みしめられる生活道だからだろう。目が覚めるような鮮やかな空に雲が平和そうに浮かんでいて、小さな鳥が数羽飛んでいる。土道は水平線へと続いていてその先には何があるか分からない。天気が良く平坦な道であること、それだけが救いだった。

 隣を歩く若い男に聡司は問いかけた。


「ヨミの国ってどのくらい遠いんです」

 男はうんざりした様子で応えた。


「ここから歩いて7日かかるらしいよ」

「一週間か」


 とても遠いなと心で呟く。一人で戻ろうと思っても易々と戻れる距離ではない。軍を抜けて戻るとなればそれなりの覚悟が必要だ。


「オレは小さな子供がいるんだ。死ぬわけにはいかないよ」

 それはそうだなと呟く。自分も待っている家族のために無事に帰らなければならない。


「派兵ってどのくらいなんですか」

「ふた月は戻れないって言われているよ」 

 思った以上に長くてやっぱり逃げてしまおうかという考えが浮上する。


「ふた月我慢すれば別部隊がやってくる。そうすればオレたちは町に帰れる」

 男性は嬉しそうに言っているが聡司にはあまり嬉しい真実では無かった。2か月は帰れないのだ。スマホの電源はその間に切れてしまうだろう。うんざりしていると背後を歩く兵士が話を断ち切った。


「静かに歩け」


 口を仕方なしに噤んで前を見据えた。随分と長い隊列だ。まるで、獲物を目指す虫のよう。聡司はため息を吐くと前に倣ってただ歩を進めた。

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