9 AとB
隆行と聡司とその他の民間人を乗せた荷馬車は古い町並みを走っていく。さすがに話す言葉もなくて聡司はうんざりしたように空を見上げた。晴れ渡る空の美しいこと、こんな日は本来なら友人たちと釣りに行く。黙り込んだ様子の隆行は何かを考えているのだろう。聡司の伺うような視線にも気付かない。ふとポケットが震えた。入れっぱなしになっていたスマホだった。バイブレーションにしていたのが良かった。周りには悟られていない。メッセージは気になるけれど今はまずい。聡司は大きくため息を吐くと荷馬車の進行方向に見えてきた大きな城を見上げた。
石造りの巨大な古城を見て聡司は思わずドラクエかよと呟く。精密に石が組まれた立派な城壁とそれを彩るように這う蔦。あちこちにはためいているのはこの国の国旗だろう。青地に黄色いドラゴンが描かれている。
厚い城門をくぐるとそこは石畳の吹き抜けだった。御者がどうどうと言いながら荷車を停車する。聡司は目の前にそびえる長大な階段を見上げた。威風堂々とした巨大な建造物の佇まいに吐息する。
兵士たちに促されて、皆でその階段を登った。これから一体何が待っているというのだろう。
「冒険行けっていわれたらどうしようね」
隣を歩く隆行に言葉を掛ける。
「ああ?」
隆行は既に冗談が通じぬ程疲労困憊しており聡司は口を噤んだ。年甲斐もなくゲームを好む隆行だけれど、やっぱりこの状況は厳しい物があるらしい。適応力がないのは日頃から感じていたが、実際に起きてみるとそれが良く分かった。
階段を踏みしめながら冒険の始まりを感じる。いつだって『はじめからプレイ』は心が弾むもの。でも自分が実際に同じ立場に置かれるとやっぱり手放しで感銘する訳にはいかなかった。
百段程を登り終えるとゲームでよく見る木の大きな扉があった。聡司は息を飲む。ゆっくりと押し開けられた扉の向こうには深紅のレッドカーペットが広がっていた。大きな部屋で突き当たりに壁を埋め尽くす豪勢なステンドグラスがあってその前で左右に分かれたらせん階段がある。更なる深部へと続くものなのだろう。
部屋の中央で1人黄緑の服を着た男が立っていた。兵士たちはかき集めた聡司たちをその男の前に突き出すように並べるとその周囲を物々しく囲った。
「私は兵士長のズルドンという。貴様たちは今朝集った民兵と共に最前線へと送られる。国土を守るという義務を全うせよ」
この国はどこかと戦争をしているということだろうか。短い訓示のあとズルドンが憤然として問う。
「質問はあるか」
皆視線を悲しく下げて何もいわない。聡司が手を上げようと思ったら隆行が手を先に挙げた。
「ここはどこなんですか」
「むっ、貴様記憶喪失であるか」
ズルドンが少し、驚いたような反応を見せた。
「
人魔、聞きなれない言葉に隆行は眉をひそめる。
「その人魔というのは……」
「それさえも忘れてしまったのか」
驚いた様子でズルドンはぽっかりと口を開けた。
「人魔はヨミの発見した人型兵器だ。しかし、勘違いするなよ。ヤツらは人でない。正体不明の悪魔、異形の存在なのだ」
それだけの情報しかなければ人魔というものが一体どういう物か推し量りようがない。人魔という呼称より何がしかの化け物ではないかと聡司は推測する。
「それ以上の質問が無ければこれより部隊を分ける」
声高らかに宣言するとズルドンはかつかつと靴の踵を鳴らしながら左端にいた民間人に声を掛けた。
「お前はAだ」
告げられた民間人の肩がぴくりと震える。
「お前はBだ」
次の民間人はにそう告げる。続く民間人にもB。ズルドンは顔や見てくれを見て判断しているようだが、基準が分からない。隆行の前に行くとじっくり顔を眺めてふむと頷く。
「お前はAだ」
Aという記号を受け止めるように隆行が唇を噛みしめた。隣の聡司の所にやってくると即座に「お前はBだ」と告げる。父と違う区分になった。ズルドンはその後全ての民間人に区分を伝え終えると皆の前に戻って大声を張り上げた。
「Aは北部のサーヴァインへと向かう。Bは西のウラシルへと向かう。特にサーヴァインは激戦地だ。気を抜けば命を刈り取られることを肝に銘じよ」
「ちょっと待ってください」
隆行が声を上げた。
「なんだ」
「私たちは今日この国に来たばかりなんです。戦争をしろだなんて」
隆行の訴えをズルドンが鋭い剣幕で一蹴する。
「誰かが戦わねば国が滅ぶということが分からぬのか」
隆行は息を飲んだ。
「貴様の愛する家族、家。戦わねばそれが全て隣国に剥奪されるのだぞ」
「それは」
「誰かが戦うのではない。お前が戦うのだ」
あまりの剣幕に隆行は心が折れた様子で黙り込んだ。
「ではAは左にBは右に移れ」
分かたれた道。隆行はその場所に立ち尽くして、Bであった聡司は右側へと移った。両者の間を隔てる赤い絨毯の存在が物悲しい。
「せめて、せめて息子と一緒にしてくださいませんか」
「ほう、貴様どうよう激戦地へ送るべきか」
「いえ、それは」
ズルドンはふっと笑むと表情を引き締めた。
「決定は覆らぬ。それぞれの場所で善戦せよ」
左右に分かれて進み始めた部隊の中で聡司は拳を握りしめた。大声を出すのは恥ずかしい。けれど言うべき言葉がある、家族なのだから。
「お父さん」
去りゆく北部部隊の背に声を投げかける。
「絶対帰ろう!」
理不尽なこの状況でかけなくてはいけない言葉。戸惑いと不安が綯い交ぜになって声が湿り気を帯びる。
「約束だ」
帰って来た力強い言葉を抱きしめるように胸に刻む。何としても無事に家族の元へ帰らねば。そのために果てしない時間がかかることをこの時聡司は予想だにしていなかった。
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