最終章:自由者の定め(козацка доля) 後半
天笠紀序の視界(точка нору норіцуня)
もうすぐ寒い季節になるから、木の葉も色が変わり始めた。山奥の温泉地を散歩する時、僕は寂しみを感じてしまった。人間が生存の危機に瀕しても、大自然のペースは遅くならない。もし今年が去年と同じく暖かい冬であれば、僕たちは無事に冬を過ごせるだろう…だが、地球温暖化で気候が極端化しているせいで、冬に暴風雪が起きる確率は高まっている。今は時間を有効活用して、充分な木材と服を集めないとダメだ。
でも、大戦が終わったばかりだから、僕、平山さん、スヴィタ姉は今のところはちゃんと休みたい。
僕たちがいる温泉地には、背筋が寒くなるような名前――「骨骸温泉」がある。でも、ここは殺人事件が起きた場所ではない。こんな名前が付いた理由は、この温泉が大量の炭酸カルシウムを含んでいて、水の色が真っ白になっているからだ。ここの温泉水は胃腸の病気に特に効果があるようだ。
町の排水溝にミルクみたいな白い水が流れていて、厚いミネラルの結晶が生成してある。僕はこんな温泉を見たことがないから、入ったらどんな感じなのか、待ちきれない。
自然の景色を満喫するために、僕たちは渓谷の露天風呂へ行って、虫と鳥の鳴き声を聞きながらリラックスすると決めた。
「温泉に入る前に、川の水で体を洗おう!」
スヴィタ姉がそう言った後、上着と半ズボンを脱いで下のビキニを現した。
「早く来てね!」
「何だか恥ずかしい気が…」
平山さんは少し躊躇った後、服を脱いで川に入った。彼女もビキニを着ているが、露出度が低いタイプだ。
僕は川に足を入れると、水が寒くないことに気付いた。温泉のおかげ?
僕は風呂桶で水をすくう時、肩の痛みを感じた。車事故での肩の傷は整体師に治してもらったが、今でも時々少し痛みを感じ続けている…骨折していなくても骨が本来の位置からずれていたなら、戻しても後遺症は残る。
温泉に傷の癒しを進めてほしい。僕は仲間の足を引っ張りたくない…
「紀序くん、肩はまた痛むの?」と言いながら、スヴィタ姉は僕の方へ来た。
「傷は治ったけど、まだ痛みが感じられる。」
「ちょっと体を洗ってあげるか?」
「けっ、結構だ。僕は大丈夫だ!」
スヴィタ姉は僕の断りを無視して、川の水をすくって僕にかけた。
「遠慮しなくてもいいわ。もっと甘えても大丈夫よ。」
「天笠くん、こんなお姉さんがいて悪くないでしょ。」と平山さんも珍しく微笑みを作った。
スヴィタ姉と長い間生活しているが、彼女がビキニを着て側にいると、僕は興奮して仕方がない。今は平和の時代ならいいのに。
スヴィタ姉も川の水を自分にかけた。水が彼女の豊かな胸の谷間に沿って、水たまりになった後、美しいの放物線を描いて川に零れて戻った。それは綺麗で且つエロい感じがした。彼女の乳肉が詰まった上乳は、殆どの雫を阻んでくびれた腰へ流さない。
彼女は僕の視線に気付いたように悪戯の笑顔を作った。
「ちゃんと洗ったら温泉に入ろうね!」と僕を軽く小突いた。
洞窟の中での温泉は淡く白い湯気が出ている。僕は肩まで温泉に浸かると、瞬間に筋肉の痛みと凝りが解消したと感じた。
「気持ちいいね!前回この温泉に来たのはいつ頃だっけ?」と平山さんは両手を水に浮かべていて幸せそうだ。
「柚依は私と同じ、温泉が大好きよね!ゾンビが蔓延っている日本には、こんなに平和で物静かな場所があって本当によかったな~」
「つらい戦いをしたかいがあったね。」
平山さんはちょっ溜め息をついた。なぜ?前の戦闘に対して複雑な気持ちがあるかな?
彼女たちがこんなに楽しくおしゃべることを見て何だか不思議だと感じた。僕たちは命の危険がある戦闘から脱出できたのに…しかも、この後、厄介な問題が減るどころか、増えないわけがない。最初から安全ゾーンを離れなければよかったけど。
今は現実を受け入れて、毎日頑張って生きてゆくしかない。現実は僕に後悔の余裕を与えないから。
スヴィタ姉はちょっとビキニの肩紐を引っ張り、「この水着はちょっときついね、サイズが違うんじゃない?」と言った。
スヴィタ姉の胸がちょっと揺ると、僕の胸も高鳴った。彼女はビキニを着ると、東欧の血が人の目を引き付ける長所が現れた。彼女の豊かな上乳と側乳は水着を広げてきつくした。その上、彼女のおっぱいの重心が高くて前に突き出ているから、ちょっと油断すると、ビキニがはち切れることになるかもしれない。
日本のビキニのデザインはグラマーな女性向けのタイプであっても、日本の女性の胸の形を考えて作られたものだから、スヴィタ姉に合わなくても仕方ない。この三角ビキニの面積は小さくないが、彼女のおっぱいは半分以上露出している。
スヴィタ姉に比べると、平山も形が良い胸を持っているが、巨乳程度ではない。彼女は痩せ美人だから。スヴィタ姉と長い間付き合っていて、審美観が変わってしまったせいかもしれない。平山さんもいいスタイルを持っているが、別に彼女に興味がない。
僕のような若い男の子にとってスヴィタ姉の体から視線を外すのは難しいけど、今は更に重要な事を思考しないと…
三上先生は死ぬ前に、ウイルスの実験の資料をスヴィタ姉に渡した。岐阜の研究所に材料と機器があって、そこに行けば実験が続けられることも伝えた…
それ以外、覇遵会はリーダが怪物になり、多くの成員が殺されたという被害が大きい状況になっているが、新潟県を占め続けているから、新人を募集して再起することもできる。この時代で、他人を支配したい進化者はもっと多くなるだろう…
スヴィタ姉は一体何を考えているの?彼女がこのまま曇島に留まれないと思っているが、彼女は暫く安全ゾーンに戻る予定がないよう…しかも、僕はスヴィタ姉への疑いが増して来た。僕は全然彼女の過去が分からない。幼い頃の長期間入院、岐阜の研究所など…彼女から教えてもらったことがない。
僕には他の選択肢がないから、彼女に従うしかない。こんな関係は僕たちが学校の屋上で出会った時から決められたことなのか?僕はいつ彼女を離れられる?いつ彼女を離れると決意できる?
平山さんはもう十分に僕とスヴィタ姉を信用しているようだが、僕は彼女を信用できない。彼女は心が優しい少女だが、他人を助けるために、無意識のうちに自分と仲間に危険をもたらした。この旅を始めたのは平山さんなのに、彼女は向こう見ずだ。もし僕とスヴィタ姉がいなかったら、彼女だけで曇島すら戻れない。
その上、柚依は友たちの秋羽が死んだことを知った後、やっと迷わず戦闘できるようになったが、彼女は進化者で僕より年上なのに、そんなに肝っ玉が小さいはずがない。将来、もっと恐ろしく強い怪物や進化者に遭ったら、彼女は戦えるかな…考えると不安になってしまう。
もし平山さんは抗ウイルス薬を作るキーパーソンであれば、スヴィタ姉はどうするつもり?彼女はまだ私に計画を詳しく説明していない。もし安全ゾーンに戻れないなら、本当に自力であの研究所に行きたいのか?平山さんは賛成するのか?
彼女の優しい性格から判断すれば、多分賛成するだろう…だが、スヴィタ姉がやりたい薬物の実験は本当に問題がない?
おかしいな~僕は信用できる女の子の行動を予測できないくせに、信用できない女の子の行動は予測できる。あの日、学校の屋上でスヴィタ姉と出会ったのは幸運か不幸か、今の僕には答えが分かっていない……………
平山柚依の視界(точка зору Юзуя)
「気持ちいいね!前回この温泉に来たのはいつ頃だっけ?」
思い出した…前回、私と一緒に骨骸温泉に来たのは、もう死んだ秋羽だった。
「柚依は私と同じ、温泉が大好きよね!ゾンビが蔓延っている日本には、こんなに平和で物静かな場所があって本当によかったな~」
「つらい戦いをしたかいがあったね。」
私はちょっと溜め息をついた。私の秋羽…すみません、貴女を救うのに間に合わなかった。しかし、貴女が見たの?私は貴女を傷ついた人を殺した。覇遵会も自ら滅亡を招いた。
この悲惨な世界で生き残った私、この後はどこに行けばいい?
私はスヴィトラナのほうを向いた。羨ましいな。彼女の白い肌はまるで磁器のようで、磁器にはない柔軟性がある。金色の髪はまるで黄金で作られたようで、黄金とは違う滑らかさがある。
彼女のスタイルは普通の日本人女性を凌駕している。彼女の上乳と側乳が豊かなので、同じカップの女性に比べても胸の底面積は遥かに大きい。補正と集中のブラを着なくても深くて長い谷間を持っている。それなのに、彼女の上半身はちっとも太っていない、肩から腹までの脂肪量は丁度良くて、綺麗な筋肉も付いている。
ウクライナから来た彼女のお父さんは、日本に美しくて異彩を放つプレゼントをくれた。
容姿だけ見れば、女の子である私もこのハーフの美人と仲良くなりたい。だが、彼女の性格のせいでよく不安を感じる。
三上先生がスヴィトラナに伝えた事は一体どういう意味か、今でも分からない。機器と薬物があっても女子高生だけでは抗ウイルス薬を製造できるわけがない。まさかあの医者はもう狂っていたから、同僚の娘にそういう事を頼んだのか?
だが、スヴィトラナは詳しく説明してくれなかった。私が彼女に聞いても、「岐阜の研究所には今中途半端な薬の材料と製薬の機器があるから、父の指導を受ければ薬を改良できる可能性がある。」と答えただけだ。あの研究所はどんな場所か、彼女はあそこでどんな研究を行うか、一度も言及しなかった。
そして、スヴィトラナはなぜあんなに冷酷なのか?彼女は三上先生を殺した時、迷いや悲しみなどの感情がないようだった。彼女はただ医者の要求に従い、テキパキと軍刀で彼の頭を斬っただけだ。この医者は彼の知人ではないか。もしある日、私が携えているウイルスが暴走することになれば、彼女は躊躇ず私の命も取るのか?
天笠くん、私たちのチームの苦労人に対して、ずっとすまないと思っている。彼はこの旅に参加させられて、今でも抜け出せない。
スヴィトラナと違い、天笠くんは私の前で彼の家族の事とか、大疫病が起きた後、なぜスヴィトラナに付いていることとか話してはいない。この旅で、戦闘から家事まで、彼ができることは私より多かった。あの巨人の化け物と戦った時、彼は肩の傷を我慢して私たちと一緒に巨人を殺してくれた。
天笠くんはスヴィトラナに対してどんな感情を抱いているか分からないが、彼の我慢の限界がもうすぐ来ると分かっている…彼はいつまで私たちと付き合う?もし彼が安全ゾーンに戻りたいなら、スヴィトラナがそれを許す?
これからどうしよう?スヴィトラナと天笠くんに曇島に留まり、村民たちと共闘することを説得する?生存知識とスキルのある彼たちさえいれば、村民たちはきっと生活しやすくなるだろう。私たちはもっと生存者を見つけて、この村を「新しい故郷」にすることができるかもしれない。彼たちがいる限り、私は寂しいと感じない。
私はもう多くの人と物を失ったので、一緒に困難を乗り越えてきた二人は失いたくない。
「ウクライナはまだ滅亡していない。彼女の栄光と自由の如き。ウクライナ人の同胞に、運命はまた微笑むだろう。我らの敵は消える。日差しに当たる露の如き。我らは愛している故郷で自らの主になるよ…」
スヴィトラナの明るい歌声が響いた。まるで私たちに未来はまだ希望があることを伝えているようだ。
「この歌はウクライナの国歌だよ。19世紀の中期にウクライナの詩人と神父が作った曲だ。あの時のウクライナは、オーストリアとロシアに統治されてた。でもね、人々にはある日敵を追い出して自分なりの国を作りたいという気持ちが途絶えてなかった。」
「ウクライナ人は本当に勇敢で強靭な意志を持ってる民族ね!」
「私の祖先は自由のために、三百年でも戦い続けられてた。現在、私たちは史上最大の人類の危機に遭っても絶望を感じる必要がない。私たちにはウイルスの試練を乗り越える機会がまだある。」
スヴィトラナの言葉を聞いた後、私は心の中で火が燃え出したように感じた。前方で私たちを待っているのは死の定めかもしれない。だが、私たちは息が絶えない限り、何もせずに死を待っていてはいけない。
私はどうして進化者になるのか?その能力で何ができるのか?答えが分かっていない。ただ一つの事だけは分かる――全世界を蹂躙している進化ウイルスに対して、私は最後まで戦わなければならないのだ。
竹島スヴィトラナの視界(точка зору Світлани)
温泉から上がった後、私たちは旅館に戻っている。温泉旅館では以前のようなおもてなしを受けられなくなったが、広い部屋に泊まり、気持ちよくゴロゴロしてすべての悩みを忘れることはできる。
さっき、温泉に入った時、紀序くんは私の胸をジロジロ見ていた。まったく、可愛い男の子のくせに、雄の視線を私の体に向けてきた。
巨乳は雄を引き付けられるけど、動く時には負担がかかる。今の環境で、それは一体生存に対して有利なのかな不利なのかな?
時々、紀序くんが私の後についてくるのは私の体のおかげなのかと疑った。だが、この子が考えているのはもっと複雑なことだから、彼との同盟関係は私の思うほど堅いのではないかもしれない…
そして、安全ゾーンに戻るか考える必要がある。私は最新の薬物と感染のサンプル、あと柚依というエースも持っているので、きっと薬物を改良して効果を上げられる。もし本当に感染者とウイルスを安定に共生させることができれば、人類の進化は続くようになる。完璧だわ。
私は既に新しい人間を作った鍵を手に入れた、かもしれない。
「竹島さん、天笠さん、柚依、大変だ!私の娘が突然気絶した!」
「どうしたんですか?夏羽は病気になったんですか?」
旅館の入口に着く前に、駆けてきて助けるを求める大久保さんを見た。私はすぐ彼に状況を聞いた。
「分かりません…彼女は散歩していて、突如両足でバランスを取れなくなり、転んで気絶してしまいました。私はもう彼女を部屋に運んで休ませました。」
「私がちょっと見て来ます。彼女は移動させないほうがいいです。」
私たちは大久保さんについて、素早く部屋に向かった。夏羽はベッドに寝て休んでいたけど、私たちの音を聞いたようでゆっくり目を覚ました。
「お父さん、何があったの?なぜあたしはベッドに?」
「あなたの動きは突然おかしくなった。そして、転んでしまった。」
「夏羽、もし頭痛を感じたり、吐け気がしたりすれば、私たちに伝えてください。それは脳震盪の症状だから。でも、転んだだけだから、二、三日間休んだら平気になるよ。私たちは夏羽の側にいるから、心配しないでね。」
「ありがとうございます。すみません。私は突然足が伸ばせなくなったと感じた瞬間、転んで何も覚えていません…」
「まさかハンチントン病…」
私はふっと過去の友人の月沙はそのような症状があったことを思い出した…
「スヴィタ、あたしを殺して。あたしがまだスヴィタのことを忘れていない内に死を与えてください。」
月沙の言葉は私の頭に響き続けている…
「ハンチントン病」という言葉を聞くと、大久保さんは切なそうに顔を手で押さえた。
「私のおばさんはその病気で亡くなりました。しかし、遺伝子検査で私の子供たちには問題ないと医者は言いました。」
「遺伝子検査は必ず正しいとは限りません。しかも、大久保さんの家族には確かにハンチントン病の患者がいる。」
「ハンチントン病は…治癒できますか?」
「2030年、台湾の中央研究院で新しい薬物を作りました。科学者の計算によると、新しい薬物は病気を和らげて、患者の寿命を三十年ぐらい伸ばすことができるらしいです。しかし、これは理論に過ぎません。本当に十年以上薬を使い続けている人はいません。」
「お父さん…あたしは死なないよね?」
「心配しないで。きっと大丈夫だ。お父さんはできるだけの薬を取って来るから。」
でも、私は知っている。この薬は日本にはとても少ないので、例え見つけても彼女が長期間使い続けられない…ちょっと待って、もっと良い治療法があるようだ。それは進化ウイルス…
ダメ、この治療法のリスクは高すぎるので、彼たちが賛成するわけがない。
夏羽の悲しい様子を見て私の心は痛くなった。私はこの女の子とは友達でも古い知り合いでもないが、あの時の月沙と同じだから、彼女の無力感は私にも感じられる。
「先ずは安心して休んでくださいね。ハンチントン病の進行は遅いので、まだ薬を捜す時間があるよ。」
「そうね、夏羽ちゃんはきっと大丈夫よ。お姉さんが保証する。」と言いながら、柚依は夏羽の頭を撫でている。
進化ウイルスが猛威を振る舞っている時にも、人類は遺伝性の病気から逃れられない。なぜ命はこんなに脆いのか?
昼ご飯を食べた後、私たち三人は気持ちが重くて部屋に寝たままどこにも行きたくなかった。
もし私は三上先生が残したUSBメモリーで薬を作る方法を見つけたら、夏羽に進化ウイルスでの治療を受けさせることができるかもしれない。
光明こそ起源だ…光明、スヴィトロ(світло)、起源、ザヴィド(завід)、ポチャトク(початок)…あ、そう言えば、三上先生もお父さんもいつも私をスヴィトチカ(Світочка)と呼んでいた。これはウクライナ語の「スヴィトラナちゃん」。私の名前は「光の女」という意味。私の名前を起源に加えて、文字の順を少し変えたら、Світочкаになる!
私は起きて、パソコンを起動させてUSBメモリーを連接した。そして、パスワードの入力欄で「Світочка」を――
やっぱり正解だ!三上先生は私の愛称をパスワードにしたのだ。
「みんな、USBのパスワードが分かった。パスワードは私の愛称――スヴィトチカ。」
「本当?どうやって判断したの?」
紀序くんは私の話を聞くと、すぐ起きて私の側に来た。
「これでUSBの内容を見ることができるね。ありがとう。」
柚依も来た。私たち三人は希望を抱いたままスクリーンを見ている。フォルダーにビデオとファイルがある。
私がビデオをクリックすると、三上先生がスクリーンに映った。
「俺の友たちのスラヴィク、パスワードのヒントが分かっておめでとう。このビデオは保護を設定して一年後に自己削除をする予定だ。もし誰かがパスワードクラックをしてきた時も、ビデオは自己削除をする…ある事は私たちしか知ってないので、以下の情報を他の人に知らせたらダメだ。」
ビデオに映った環境を見れば、研究所ではなく、信越放送局で撮影されたものだろう。先生は手錠と足錠を繋げられていた。彼がビデオを作った時、もう覇遵会に囚われていたのだろう。
「申し訳ありませんが、進化者の暴力団が俺を捕えたのは俺が作った作戦だ。俺は薬物を実験して自分の息子の助忠を救いたかったから。スラヴィクの知ってる通り、彼は進化ウイルスに感染した。したがって、俺はもっと多くの人体実験をしたい…最初、助忠が安全ゾーンを抜け出すのを手伝ったのは俺だ。この後、彼は進化者たちが結成した覇遵会に参加した。」
三上先生が言ったのは本当なのか?彼は何をしたかったのか?
「安全ゾーンでは薬物の実験は保守的だった。被験者としての患者数が足りなかった上に、官僚たちもウイルスの変異が加速することを恐れていたから…俺は自分のやり方で実験を行いたかった。だから、息子に覇遵会を呼ばせて安全ゾーンを襲撃させて私を拉致させた。」
三上先生は嘆いて、カプセルを取り出した。
「これはまだ実験中で完成してない薬だ。成分も効果もパソコンに記録されてある。俺は覇遵会の人たちに薬を与えて、薬を使い続けた彼らのウイルス量の変化を分析した。彼らのウイルスは確かによく制圧されてた、そして、私はリスクの高い治療策を取った。薬で彼らの細胞の中で休眠中のウイルスRNAを起こして免疫反応を観察した…俺は失敗した。」
なるほど、あれらの怪物は三上先生の仕業だったのか。彼は最初から実験のリスクを知っていたのだろう。
「ウイルスは目覚めた後、免疫細胞に攻撃されて変異が激しくなった。進化者は怪物になり、しかも、普通の怪物より強い。私も怪物に咬まれたせいで、もうすぐ彼らの一員になる。しかし、友よ、俺が息子を治癒したい気持ち、きっと分かってくれるだろう。あなたも俺と同じ、いかなる代価を払ってもスヴィトチカを治癒したかったね。」
確かに両親も私を治療するために、十何人の患者を犠牲にした。彼たちはレアな病気にかかってしまったせいで新しい薬物の実験を受けたかったのだけど…
「今、俺は重要な事を伝えたい――薬が完成する前に、ウイルスを作るべきだ。俺たちは人が感染しても酷い傷害をもたらさないウイルスを作らないと。人体自身が進化ウイルスを殲滅するのは難しいが、もし体に微量且つ毒性が低いウイルスが宿れば、また新しいウイルスが侵入してきても激しい免疫反応は起きない。それでウイルスが人体細胞を変異させることは難しくなるかも。俺たちは進化者からウイルスを採り、被験者を選んでウイルスの培養を行う必要がある。」
ここまで話すと、三上先生は手でおでこを押さえて、憂鬱な表情を作った。
「この実験は勿論医学倫理に違反する。人体でウイルスを培養するなんて…だが、俺たちには他の選択肢がない。友よ、もう一度このような研究をしてくれない?将来、進化ウイルスが色々な治療方針がない病気の『薬』になる可能性がある。俺が集めたウイルスの二十変異種の遺伝子のデータはこのUSBに入ってる。」
もう一度研究をしてくれないって?まさかお父さんは進化ウイルスを研究したことがある?
「最後に、俺の助忠を救ってください。彼は政府による特殊部隊に編入されたくないから、安全ゾーンから逃げた。彼は仕方ない状況で覇遵会に参加したが、ヤクザたちと悪事を働きたくない。彼を安全ゾーンに連れて戻り、彼のウイルスを制御できる方法を捜して…お願いします。俺の知己。あと、俺はスヴィトチカに挨拶したい。あなたたちが一緒に幸せに生活できるように。」
ビデオが止まった後、私はスクリーンを見続けて、何を言えばいいか分からなかった。
「結局、僕たちが作るべきなのは薬物じゃなく、ウイルスか………」
紀序くんは腕を組んで複雑な気持ちを顔に表した。柚依は驚いて口が開いたままだ。それは私が逃亡の途中で初めて怪物に遭った反応と同じようだ。
この実験は聞くだけでぞっとする。三上先生がビデオを見せたいのはお父さんだけなのは当たり前だ。
その時、ある考えが一瞬私の頭を過ぎた――「死んだ馬を生きている馬として治療する」という中国語の諺がある。もし本当に進化ウイルスを培養したいなら、夏羽をウイルスに感染させたらいいのではない!彼女の細胞を変異させたら、ハンチントン病を治癒できるかもしれない。安定的なウイルスと言えば、柚依から採れば大丈夫だ。
これはリスクが高い実験だが、どうせ何もしないなら、夏羽は死に至るしかない。岐阜の研究所でウイルスを制御できる薬を作れるなら、ウイルスの暴走の確率を一番減らせる。
「柚依、夏羽を治癒できる…可能性がある方法を知ってる。でも、リスクは高い…政府の公表した報告書によると、遺伝疾患のある進化者、例えば、セラセミア、糖尿病、喘息の患者がウイルスに感染し進化者になった後、全員の病気が癒えた。」
「…って意味は、夏羽を進化ウイルスに感染させる?」
「うん、今はこの方法よりほかにない。例え私たちはハンチントン病の薬を見つけられても、きっと数が少ない。だって、日本ではその薬が作れないし、台湾からの輸入もできない。その上、薬は病気の悪化を防ぐだけで、細胞を再生させることはできない。薬が無くなると、夏羽の状況はまたひどくなる。」
柚依はどうしようもなさそうな表情を作った。彼女は勿論、私が言ったのは嘘ではないと分かった。が、進化ウイルスで疾病を治すということのリスクは見積もりにくい。
「進化ウイルスって…夏羽が死ぬより悲惨な様子を見たくない。」
進化ウイルス以外にも、両親が私のために作ってくれた薬物も使える。岐阜の研究所に予備の薬があるはずだ。しかし、あの薬は役に立つか分からない。しかも、副作用も強いから、進化ウイルスよりリスクが低いわけではない。
「スヴィタ姉、何バカな事を言ってるの?驚かせないでくれる?進化ウイルスで病気を治したいとでも考えてる?」
「選択肢がないから。どっちにしてもあの子は死ぬ。口には言えないほど切なく死ぬのよ。」
「もし夏羽をウイルスに感染させたら、彼女に宿るウイルスを制御できる?」
「できるだけやってみよう。貴女が携えてるウイルスは安定的だ。薬も使ったら…」
紀序くんは立ち上がり、大声で反対した。
「ダメ、ダメ!スヴィタ姉が言ったのは人体実験をやろうってことだよ!」
「夏羽は秋羽の唯一の妹だから、彼女の苦しい最期を看取りたくない。でも、彼女がゾンビや怪物になったら…どうする?それは分からない…」
柚依は心苦しそうに頭を抱えている。私はもしあの時可能だったら、ウイルスで月沙を治療してみたのか、と自分に問うた。
あの時、私は月沙と一緒に廊下の自販機へ飲み物を買いに行った。私が月沙の体を支えても彼女は転んでしまった。彼女は泣きだした。痛みではなく、無力感で泣いたのだ。
「スヴィタ、見て。私は歩くことすらできない。私はもう本当に生きたくない。この疾病は私を何年苦しめ続けたいのか?」
私は一生月沙の悲しい顔を忘れられない。彼女を慰められないので、一緒に泣くことしかできない。
進化ウイルスが月沙を治癒できる確率が0.1%であっても、私は必ずやってみた…一番悪い状況は、彼女がゾンビか怪物になることだ。そうであっても、手を下すのは私なのだから。
「もし何もしたくないなら、夏羽を殺す心の準備をしといた?」
私にそう聞かれると、柚依は唖然とした。
「夏羽は病気が進行すると、歩こうとしても転んだり、箸を持とうとしても落としたりするわよ。彼女は徐々に体を自由に動かせる能力を失う。記憶力も思考能力も失う。彼女がそのように苛まれる時間は十年か二十年だ。もしその時、夏羽が死にたくなったら、彼女に苦しみを解脱させてあげられるのか?」
柚依と紀序くんは私を見て、なぜ私がこんなに冷酷非情な事を言うのか理解できないようだ。実は、これは私が身をもって経験したことだ。
「もし彼女を殺したくないなら、一つの選択肢しかない。進化ウイルスで彼女を治す。」
そして、ある特殊な薬物は夏羽の脳細胞を再生させることができる…だが、これは彼女に暫く伝えたくない。お父さんが薬を公表しない理由は、副作用が強すぎるせいで今まで治癒に成功した患者は私一人だけだ。
「スヴィトラナ、試してみよう。しかし、私は本当にあの子がゾンビの姿で死ぬところを見たくない…」
「試すしかない。もし治療が失敗してもそれは定めだ。この罪は私が負うから。」
私は柚依の冷たい手を握って、自分の決意を表明した。
治療に失敗したら、私は夏羽に苦しみを解脱させてあげるわ。私にとって運命に苛まれた人の命を取れるのは嬉しいことだ。人が生きていく目的は、苦痛に悶えることではない。
「もし夏羽も試してみたいなら、やりましょう。」
「怖い、とても怖い…他の方法がありませんか?」
夏羽に治療法はただ一つ――進化ウイルスを使うことだと伝えた。彼女は私の袖を引っ張って、嘆願する顔で私を見て、他の治療法を聞きたがっている。
「もし夏羽が病気を完治させたいなら、リスクも受け入れるしかない。お姉さんを信じてくれる?」
夏羽が苦しい選択を迫られる状況に陥らせるつもりはない。しかし、彼女は自分の命に対して責任を負うべきだ。
「柚依お姉さん、スヴィトラナお姉さん、あたしは死にたくないです。世界がめちゃくちゃになっても死にたくないです…」
「できる限り助けるよ。夏羽ちゃんを治癒できる機会を見逃さないね。」と柚依は夏羽を抱いて、彼女に生きる希望を与えたいようだ。
「あたしは怖いです…もしあたしは死んだら、秋羽お姉ちゃんと再会できるんですか?」
「秋羽は今でも夏羽ちゃんが無事に生きていてほしいよ。きっと。彼女の代わりに夏羽ちゃんを守ってあげると言ったでしょ?」
「柚依お姉さん、あたしはこの病気のせいでみんなの負担になりたくない…スヴィトラナお姉さんの言った通りにやってみましょう。」
私は夏羽の頭を撫でて励ました。側の紀序くんは溜め息をついて、窓外に目を向けた。
私たちはすぐ安全ゾーンに戻れると思うが。今、また新しい旅が始まる。私は幼い頃の遺恨を晴らして、苛まれるために生まれてきた命を救うことができるかもしれない。しかし、夏羽を治療したいのは他の目的もあるという自分の意図が分かっている…
私は新しい進化ウイルス、制御できる進化ウイルスが作れるなら、人間を更に完璧な生物にする夢が叶えられる。今の人間は醜く、脆く、一生疾病の陰に覆われている。懸命に健康と長寿を求めるが、どんどん世界を悪くしていく。その理由は、人間は最大の欠陥生物のくせに、自分が賢いと思っているからだ。私はこの全てを変えられる力を手に入れる。
生物の進化の終焉 地獄公爵 @Kniazpolski
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