最終章:自由者の定め(козацка доля) 中間


 平山柚依の視界(точка зору Юзуя)


 未知の怪物が潜伏している六階に行って、拉致された医者を捜すって?できれば、私も覇遵会に監禁されている人を救いたいが、私たちに他の人が助けられる?怪物に遭ったら、自分自身を守ることすら難しい。

 「この三上という医者は、私の知り合いだ。彼は重要な研究データを持ってるので、もし彼を救ったら、薬が完成する確率を上げられる。私たち生存者にとって、薬があれば何よりだ。」

 私にはノートの内容が分からないから、この記録がどこまで重要なのか分からない…それより、なぜスヴィトラナには分かった?彼女は母が医者であっても、そんなに複雑な知識を教えてもらうなんてありえないだろう?

 しかし、スヴィトラナは私のせいで戦争に巻き込まれたから、敵の基地に来たら、知人を救わないわけがない。疑問があっても彼女を信じるしかない。

 「じゃ、六階に行こう…銃を構えておいて、怪物を見たら、遠慮なく撃とう。」

 私はリボルバーの弾倉を確認して、一個の弾を入れた。

 「僕たちは既に物資を取った上に、覇遵会のやつらが死んだことも確認したから、もう逃げたほうがいいじゃない?大久保さんも傷ついたんだよ。本当に捜査を続けたいの?」

 天笠くんは再び撤退したい気持ちを表した。彼が言ったことも一理ある、でも…

 「紀序くん、信じてね。今、医者は珍しい戦力だわ。もう一人の医者がいれば、生存者たちがもっと安全になる。進化ウイルスだけじゃなく、他の病気も私たちに危害を加える可能性があるから。」

 

 私たちが六階に来た後、私は敵の位置を捜し始めた。私は聴覚だけで怪物はどの部屋に隠れているか判断できる。でも、次はどんな作戦を取ればいい?

 「敵は左の放送室にいて距離が遠いけど、私には人間の動きが聞こえない。」

 「つまり、私たちは三上先生を見つけてすぐ逃げるのはできないってことね?」

 スヴィタラナはもう少し前に進んだが、また止まった。

 「もっと近づいて、顔をドアに近づければ中の音が聞こえるかも。」

 私は一番近い資料室に向かい、顔をドアに近づけて耳を立てた…何も聞こえない。私は次の部屋に進もうとした時、スヴィトラナに阻まれた。

 「こういうやり方ではリスクが高いよ。だって、私たちは怪物の五感がどれだけ良いか分からない。もしあいつが誰かが近づく音を聞いたら、すぐドアを壊して駆けてくるかも。」

 「スヴィタ姉、まさか怪物を先に片付けたいの?」

 「もし私に怪物を片付けられる自信があれば、あいつを殺したほうが安全だ。」

 スヴィトラナはさっきからずっとライフルを構えている。だが、このライフルで瞬間に怪物を殺せるか分からない。

 「六階は十室あるので、一つ一つ探せば…途中で怪物が駆けてくる恐れがある。」と言いながら、天笠くんはクロスボウで放送室のドアを指した

「ここはどこにも血痕がある。しかも、倒れた覇遵会のやつらも見える。既にあの怪物が部屋を離れてぶらぶらしていると推測できる。怪物は元々バカではないから、ドアが開けられてもおかしくない。」

 私は放送室のドアを見てそう推論した。このドアの錠は円筒錠ではなく、裏から押して開けるドアハンドルだから、怪物を阻止できる可能性はない。

 「あいつを導いて殺す必要があるかも。」

 「僕はドアを叩きたくない。」

 「ドアを叩かなくてもいい。私たちが少し音を出したら怪物が現れるでしょ。しかし、廊下であいつと戦えば、私たちはボウリングのようにぶっ飛ばされるかもしれない。」

 スヴィトラナは照準器で廊下の端を見ている。距離を計算しているようだ。

 「スヴィタ姉、ライフルの威力を考えれば、怪物の頭に当たらなくても5~6発で倒せるだろう。でも、あいつが死ぬ前に僕たちはぶっ飛ばされて酷い傷をつけられないか、計算する必要がある。」

 大久保おじさんがぶっ飛ばされた様子がまた私の頭で再現した。廊下では生きるか死ぬか、瞬間に決まる。

 「SKSの連射能力は低いから、勝負を賭けないといけない。」

「それなら、サブマシンガンはどう?」と私は天笠くんが背負っているサブマシンガンを見た。

 「いえ、このサブマシンガンは連射能力が高くて反動も低いですが、威力がSKSに遥かに負けているから、このような距離では怪物を止められるとは限りません。」

 「紀序くん、私たちは火網を作られるから、サブマシンガンは柚依に渡して。」

天笠くんは私に銃を与えた後、使い方を教えることも忘れなかった。

 「UMPの反動は低いですけど、平山さん、必ず肩をストックに当ててください。腕だけじゃなく、肩の力も使って反動を抑えてください。」

「じゃ、私たちは石を投げて怪物を起こそう!」

 スヴィトラナはコートのポケットから石を取り出し、放送室のドアに向かって投げた。

 一秒、二秒、三秒…私たちは静かに怪物が現れるのを待っている。

 「ホオオオオオ!」

 ドアが開くと、耳が痛くなるほどの叫び声が響いた。あの背が高くて筋肉が発達した。アメリカのNBA選手より屈強な怪物は、ドアをバーンと開けると私たちに吼えた。

 スヴィトラナはすかさずライフルで射撃した。予想しなかったのは、あいつは腰を屈めて巨大な腕で頭と胸を守りながら進んでいることだ!

 「ダメだ!あいつの腕に甲殻が付いてるから、弾が腕を貫けないんだ!」

 天笠くんは焦ってそう叫んだ。私は何も考えずにサブマシンガンであいつの足を撃ったが、それでも無駄だった……

 「僕たちは今までライフルで傷つけられない怪物に遭ったことがない!多分ロケットでしかこいつは倒せない!早く撤退しよう。」

 天笠くんは話し終えた後、すぐ出口のドアを引いて開けた。

 「いいえ、あと一つ方法がある!それはライフルをこいつの体に押し付けて撃つことだ。」

 「スヴィタ姉、何言ってるんだ!早く逃げて!」

 「鉄門がこの怪物を阻めると思うの?」

 彼女の言った通りだ!五階に負傷者もいる…

「柚依!怪物が手を振って私を攻撃しようとした時、すぐにやつの上半身を撃って!」

 「もしそうすれば、流れ弾に当たっちゃうかも!」

 「私、柚依を信じてるから!できるだけ敵の弱点を現させたほうがいい。」

 スヴィトラナは進みながら、一定の間隔で射撃している。私はレーザースコープで怪物の胸と頭を照準した…

 スヴィトラナが怪物の攻撃範囲に入ると、やつは片手で力強く横払いした。彼女は攻撃を避けた後、やつの腕を撃った。今回は効果があったようだ。怪物は痛みを感じて叫んだ。

 だが、怪物は攻撃しながらも片手で胸と腹を守っているから、私は撃てる隙間を見つけられない。

 スヴィトラナはまた攻撃を避けて、敵の側面に移動した。この時、天笠くんはクロスボウで怪物のふくらはぎを撃って、やつの速度を落とした。

 「スヴィタ姉!こいつの足の正面と背面には甲殻があるけど、側面にはない!」

 スヴィトラナはもう一度怪物の側面に移動したかったが、巨大な手で打たれてしまった。私が怪物の太ももの側面を撃とうとした時、やつはまた身を回した。面倒くさい!

 幸い、私たちの大将は転んでも素早く身を回転させ立ち上がり、私たちのほうへ戻ってきた。

 「紀序くん、またお取りになることを頼むわ!作戦を考えたから。」

 「僕がやつにぶっ飛ばされる作戦でないならいいよ!」

 「後で、前方で怪物の目を引いてね。私はちょっと助走してスライディングで怪物の両足の間を抜け、軍刀でやつの足を斬る。やつが跪いたら、あなたたちはやつの頭を潰して!分かった?」

 「とにかく気を付けて!」

 天笠くんはゆっくりと進んで、怪物との距離を減らしていく…

 「Добра、道をあけて!」

スヴィトラナは天笠くんの横を駆け抜けた。そして、野球のスライディングの姿勢で怪物の両足へ。怪物は身を低くして彼女を捕まえる前に、足を軍刀で斬られた。やつが痛みのせいで跪いたタイミングを見て、私は二度ヘッドショットをした。

 だが、やつはヘッドショットされても、立とうとしている!この時、私はやつの頭にも甲殻があることに気付いた。

 仕方ない、それなら接近戦をするしかない!私は歯を食いしばり、怪物に駆けて背に飛び跳ねて、ナイフをやつの首に猛烈に刺し込んだ。噴いた血が私の手にも顔にもかかってしまった。

劇痛を感じている怪物は立ち上がって、体を振って私を払おうとした。私は必死にやつの体を掴んで、ナイフを抜いた後、角度を変えてもう一度刺し込んだ!

 「柚依/平山さん!」

 私はどうしてもこの怪物を殺す!お前が私の仲間を傷つけることは絶対にさせない!

 身を低くしていた怪物は、突然180度回った。もう掴み続けられない…

 その後、自身が空を飛んでいるのを感じた。そして…

 「あああ!痛い痛い!」

 私は頭がクラクラしているが、これは天笠くんの声だと分かった。彼は私を受け止めたから、私に潰されてしまった。

 私は回転して、無理矢理立ち上がったが、倒れたせいで背中が痛い…いや、自分のことよりも先に天笠くんの状況を確認しないと。

 「今回は右手が潰されなくて幸いです。さいやく、関節が戻らなくなるところだった。」

 天笠くんは私に支えられて立ち上がった後、少し苦笑いをした。

 「Добра。私がもう怪物の頸椎を斬ったから、やつは蘇ることができない。じゃ、先生を捜し続けよう!」

 スヴィトラナは血だらけの軍刀を持って、私たちのほうに戻ってきた。

 「柚依、本当に凄かったわ。この怪物を倒してくれてありがとう。」

 「実は、僕も平山さんの行動に驚きました。自身の安全も構わず怪物の背に飛び跳ねるなんて、とても危なかったです…」

 「私はただそうしようと思っただけ――こいつの弱点は首しかないから、命賭けて攻撃するほかになかった。」

 「誰かいますか?早く助けて…」

 私は助けを求める声を聞いたが、あの人の声は弱かった。

 「誰かが助けを求める声を聞いたの?」と天笠くんはあちこちを見ている。

 「確かにそういう声を聞いた。放送室の反対側の休憩室からのようだ!」

 「紀序くん、柚依、まだ歩ける?」とスヴィトラナは私たちを支えた。

 「たとえ歩けないと言っても、無理矢理僕を連れて行くんでしょ。早く行こうよ。」

 

 ドアを開けると、休憩室の隅で手錠と足錠がつけられたまま寝ているおじさんが目に入った。彼は目を閉じていて、辛そうな顔をしている。

 「三上先生、三上先生!」

 スヴィトラナはおじさんに駆けていって、彼の呼吸と脈拍を確認した。

 「スヴィトチカ…貴女が来たのか?これは幻覚なのか?」

 「いいえ、先生、確かに私です。」

 「それなら、スラヴィクも来たのか?早く彼を呼んで。俺は重要な事を伝えたいから。」

「いいえ、父はここにいません。三上先生はどこが痛みますか?」

 「痛むよりまずいことだ。私は進化ウイルスに感染してしまった。しかも、このウイルスはもう変異して更に危険なものになってしまった…コホン、コホン!」

 三上先生が血をたくさん吐いたので、私たちは驚いた。

 「お願いだ。隅にあるノートパソコンを持って来て…パソコンのファイルで抗ウイルス薬を作れるから。」

 私は「抗ウイルス薬」というキーワードを聞いて、海で溺れる時に流木を掴むように感じた。私は黒いカバンを取った。この中には確かにノートパソコンがある。私はそれを三上先生のほうに持っていった。

 「俺が作った薬は失敗した。覇遵会の人が薬を飲んだ後、逆にウイルスの変異を加速させて、怪物になってしまった。でも、実験は続けられると信じてる。」

 「つまり、さっき見た怪物たちは実験中の薬を飲んだせいで変異したやつらということ?」

 スヴィトラナは冷静に医者に質問したが、私は非常に失望した…せっかく薬を作ったのに、失敗したのか…

 「うん、さっきのあの巨大な怪物はヤクザたちの兄貴だ。でも、実験は続けられると信じて。俺は多くの実験データを集めたから、材料と機器があれば大丈夫だ。材料と機器なら…岐阜の研究所にあるので、貴女は岐阜の研究所に行くべきだ。」

 スヴィトラナは複雑な表情を作り、十秒ぐらい沈黙した後でまた言い始めた。

 「岐阜の研究所で本当に薬を作れるの?」

 「スヴィトチカ…あなたたちが殺した怪物から肉を採って感染のサンプルとして保存して。そして、俺が記録したデータを参考にして成分を調整したら、ウイルスの増殖を抑えられる薬が作れる…スラヴィクに私のパソコンを渡し、言葉を伝えてください。あ、そうだ。このUSBメモリーにもファイルがある…」

 三上先生はUSBメモリーをスヴィトラナに渡すと、もう一度血を吐いた。私は凄く悲しみを感じた。この医者は人生の幕引きにおいても、頭の中には薬の完成のことしかない。

 「もしお父さんと連絡できないなら、自分で薬を完成させて。貴女は長い間あの研究所にいたから、その経験と聡明さできっとできる…」

 「三上先生、ちょっと休んでくださいね。」

 「スヴィトチカ、知ってるか?俺は貴女が小さい頃から見守っていたから、今の貴女のこんなに元気な姿を見ると、本当に嬉しいよ…ちょっと頼みたいことがある。私はもうすぐ死ぬ…私は怪物になる。しかも、とても危ない怪物になるんだ。俺はウイルスが他の生存者に危害を加えることを見たくないので、ウイルスの宿主、つまり、俺を片付けてほしい。お願いします。」

 「はい、分かりました。先生、大変お世話になりました。先生は私のおじさんのようだった。病院で多忙な時もよく私と話してくれてありがとうございました。」

 三上先生は無理矢理体を起こして、座ったまま両手を床につけて体を支えている。

 「ハア、永遠とスラヴィクがこんなに美しい娘を持ってるのが羨ましい…さようなら。」

 スヴィトラナは軍刀を振り、医者の願いを叶えた。床に落ちた頭は微笑みのままだった。私は涙を零さずにはいられなかった。なぜ彼女はそんなに速く先生の要求に同意したのか?なぜ彼女は躊躇わず知人を殺せたのか?

 スヴィトラナは暫く死体を見た後、やっと話し始めた。

 「後で死体を曇島村に運んで火葬しよう。他の仲間の死体と一緒に。」

 仲間たちとこの医者の犠牲を活かせばいいと思う…覇遵会の脅威はもう無くなったが、私は全然嬉しい気持ちを感じなかった。違う、全てが違う。全てが私の予想と違う。

私は仲間が重い責任を負わされたと感じた。あのパソコンとUSBメモリーに本当にこの災いを止められるファイルがある…?そして、岐阜の研究所というのは?スヴィトラナがあの研究所に居たことがあるというのは?私は彼女に多くの質問をしたい。

 

 私たちは曇島に戻った。村民たちは今回の作戦の結末を聞いた後、嘆きが止まらなかった。覇遵会はもう終わったが、変異種のウイルスは既に拡散したかもしれない。未来には今より厄介な事が起きるだろう。

 村民たちが二人の仲間と三上先生の火葬式を行った後、私たち三人は私の部屋に来て、パソコンのファイルの確認を始めた。

 「富山の研究所で、研究チームは進化者と感染したばかりの患者に実験を行った。薬は確かに感染者がゾンビになることを防げた。しかし、感染者たちは一ヶ月後それぞれ怪物になってしまった。薬は短期間にウイルスが細胞に侵入して増殖することを防いだが、ウイルスはもっと激しい変異で薬への抵抗性を得た。」

 「それなら、進化ウイルスの病気を治すのはほぼ不可能よね?」

 私はこの記録を読んだ後、こういう疑問を抱いた。

 「抗ウイルス薬の作用は元々直接ウイルスを殺すのではない。全てのウイルスは薬剤抵抗性が高まる可能性があるが、進化ウイルスが変異すると、人体の細胞も大規模に変える。つまり、ウイルスの増殖速度が下がった時、他の薬も使って免疫力を上げてみる必要がある。体に宿るウイルスを完全に殲滅することは最終的な目標だ。」

「すみません、詳しく説明してくれても、私はそういう知識に乏しいから、分からない…」

 「気にしないでくださいね。スヴィタ姉は僕にも沢山時間をかけて生物学の知識を理解させました。とにかく、薬は病気を和らげるだけだ。ウイルスを殲滅するのは免疫力の役割だ。」

 「あ、私の思った通りだ。次のファイルには医者たちが薬物で細胞に潜伏したウイルスを目覚めさせて免疫システムに細胞を破壊させたという記録がある。」

 だが、スヴィタラナは少しファイルの内容を見ても憂鬱なままだった。

 「この治療法も効果が良くない。進化ウイルスがどんな細胞にも侵入できるので、人体が抗体を作る速度は遅れる。薬の量が多すぎたら、サイトカインストームが起こる恐れもある。」

 「サイトカインストーム?」また私が知らない専門用語が出た。

 「ウイルスに感染した細胞は免疫細胞を呼ぶために、サイトカインシグナルを放出する。しかし、もし細胞は感染状況が厳しいと感じれば、免疫細胞を過剰に集中して活性化させる場合もある。そうなったら、炎症反応が激しくなって免疫細胞が健康な細胞も攻撃することになるので、死亡の確率が上がってしまう。人間は新しいウイルスと闘う際、時々ウイルスに殺されるのではなく、サイトカインストームで死ぬのだ。」

 「それなら、今の問題点は抗ウイルス薬ではなく、、どうやって人体の免疫システムに精確にウイルスを殺させるかってことだ。」

 「紀序くんの言った通りだ。進化者に対しての薬物の実験記録を読み続けよう。」

 スヴィトラナはもう一つのファイルを開いた。

 「…医者は進化者に対して別の療法を行った。彼たちは薬物でウイルスの増殖と成熟を阻止した。目標は患者のウイルスの総量を減らして変異の確率を下げたのだ。」

 「ヤクザたちが怪物になったのを見た後、僕はこの療法がきっと間違ってるのだと判断できる。」

 「いいえ、あなたの予想は外れた。記録によると、研究所での治療効果は良いようだった。進化者が携えたウイルスの量は減り、安定した。でも…進化者は元々ウイルスに適応できるから、この療法は錦上添花だわ。」

 「しかし、ヤクザたちは僕たちが放送局で見つけた薬を飲んだ後、怪物になったんじゃない?」

 天笠くんは立ち上がって、焦燥しているように部屋を歩き回った。

 「それで、僕たちは薬を作りたいなら、どのファイルが役に立つの?あ、いや。この仕事は医者たちに任せたほうがいい。僕たちは医学部の学生でもないから。」

 「そうね、やはりこれらのファイルと薬のサンプルを安全ゾーンの医者たちに渡したほうがいいね。」と私は天笠くんの意見に賛成した。

 「そうだ。分かった。二つの治療法を一緒に試したらどう?」

 スヴィトラナは何かを悟った表情で私たちを見ながら、話し続けた。

 「最初から感染者を治療する方法が違うのかも。ウイルスを殲滅する必要はなく、患者とウイルスに穏やかに共生させればいいのだ。つまり、薬物でウイルスの変異と拡散を防いで、人体にウイルスを適応する時間を与えれば、人間はウイルスと共生できるようになる。」

 「スヴィタ姉、それは難しいことと思わない?元々感染者の中で10%以下の人だけが進化者になれるが、医者は進化者の変異の規則とか全然分析できない。」

 「進化者たちに似ている変異の規則があるか、今の時点で確認できないけど、研究しがいはある。柚依、貴女は薬を作るキーパーソンかも。」

 それは嬉しいことなのか分からない。もし私が携えたウイルスを研究して他の感染者を助けられるなら、勿論、研究対象になっても大丈夫だ。しかし、私は自分のウイルスも制御できないかも………

 「この後、父と柴田先生に連絡するわ。安全ゾーンから逃げ出したのは重罪だけど、私たちはこれらの研究資料と実験中の薬物を手に入れた。しかも、怪物から採った感染のサンプルも持ってるから、政府は私たちにひどい懲罰を与えないはずだ。」

 「本当に自信満々だね…」

「安全ゾーンに戻れないなら、自力で岐阜の研究所に行っても大丈夫だと考えているよ。」

 「危ない旅をすることに飽きないのか?」

 「じゃ、続きはUSBメモリーだ!」

 スヴィトラナはUSBメモリーをパソコンに接続した。一つのフォルダーとファイルしかない。彼女はフォルダーを開けてみたが、パスワードを要求された。

 「パスワード?三上先生は伝え忘れたの?待って。『竹島スヴィアトスラヴへのパスワードのヒント』と書いてあるファイルがある。これは父の名前なんだ…『光明こそ起源である』、どういう意味?」

 スヴィトラナは「Light」、「Origin」、「Luminescence」と次々に入力したが、全部外れた。

 「まあいい。このUSBはこのまま置いておこう。」

 スヴィトラナは立ち上がり、あくびをした後、微笑みながら私たちを見た。

 「私たちは曇島に辿り着いてこの土地を守ったから、今は暫く休む時間だ。柚依、山の奥に行けば有名な温泉があるでしょ。あそこに行って羽を伸ばそう!」

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