最終章:自由者の定め(козацка доля) 前半
竹島スヴィトラナの視界(точка зору Світлани)
「松本市の郊外は静かで、全然ゾンビが見えない。柚依、あなたの仲間たちはゾンビを掃除したのか?」
私はゾンビがいるのを予想したが、周りが静寂に包まれていて逆にもっと不安を感じずにはいられない。あるところから怪物が駆けてくるような気がする。
「はい、私は松本市の西南の一部を緩衝地域として使ってる。できるだけゾンビと怪物をこの辺りに入らせない。」
波田駅に着いた後、覇遵会の目を引かないために、私たちは歩いて進んでいる。
私たちが携えている武器は多種多様だ。和弓、クロスボウ、消防斧、ハンマー、ナイフなど、あと鉄線が付いた野球バット、長い棍棒が付いたメリケン…大疫病が起きた後、沢山の生存者は工芸マスターになったようだ。
もし絃美の推論は正しければ、覇遵会のやつらは信州放送局の辺りに住んでいる。もちろん、松山市は大きくないので、もし私たちがひっかき回して探せば、多分覇遵会の基地を見つけられるだろう。
私はSKSの照準器でこの辺りを観察している。松本の郊外の景観は広い田圃が数少ない民家を隔てている。奈良井川を通った後、民家が密集した市の中心に入る。つまり、ここなら私たちは感染者とヤクザたちの姿を発見しやすい……もちろん、発見されやすくもなるか。
「覇遵会のやつらはいないようだ。でも、少なくとも十体以上のゾンビがいる。」
「それは任せて!私たちはなるべく静かな状況のまま、ゾンビを片付けてやる。」
鸚鵡さんはそう約束して、猿さんの肩を叩いた。
「猿くん、後でいつもの作戦だ!」
「はい、大丈夫。」
300メートル外の田圃には三体のゾンビが行きつ戻りつしている。直接SKSであいつらを殺せるが、大きい音が出たら、他のゾンビがかかってくることになる。みんなは一斉に道の側の樹叢に隠れた。そして、猿さんは高い松に登った。鸚鵡さんは犬の声を真似した――チワワが道で大きい犬に会った時の警戒の鳴き声を出した。
三体のゾンビは鳴き声を聞くと、跛行して私たちのほうに向かってきた。そして、なぜか手で樹叢をほじくって、あのチワワを探している。次に、猿さんはピーピーと口笛を鳴らした。するとゾンビはまた身を返して彼のほうに向かった。
だが、ゾンビは樹に登れるわけがなく、無駄に樹の幹をひっかいている。その時、大久保さんが仲間たちとチェーンを持ってゾンビに近づいた――不意をついてゾンビの首を絞った。ゾンビが気絶すると、彼たちはナイフをゾンビのおでこに刺し込んだ。三人の死者はやっと本当の永眠についた。
「大久保さんたちはゾンビに天誅を行う暗殺者みたいだ。」
紀序くんの比喩は面白いが、緊張の雰囲気が溢れるこの時、私も柚依も笑えない。
「私たちは時々こういう方法でゾンビを片付けます。手間はかかるが、よりゾンビを引きつけずに咬まれる危険性も低いです。」
「それじゃ、進みましょう…」
「ちょっと待って、近くにはゾンビ犬がいるんだ!」と柚依は大久保さんの話の腰を折って、右の方向を指した。
確かにゾンビ犬が二匹近づいて来ている。しかも、体型は小さくない…
「ワン!ワン!ワン!」
鸚鵡さんが三回強い鳴き声を出した後、二体のゾンビ犬は止まり、私たちを見つめた。
「アウウウウウ!」
今回、鸚鵡さんが長い鳴き声でゾンビ犬を威嚇しすると、やつらは後退った。
ある村民は時機に投じて背後の弓と矢を出して、次々と犬の頭に当てた。彼は本当に弓術が上手だ!そのうち、二本の矢は犬の眉間に当たった。
「鸚鵡さんはゾンビ犬と戦った経験によってあいつらの共通語を覚えたので、どうやってゾンビ犬を威嚇できるか分かるよ。ゾンビ犬は人間が出した犬の声を聞けば、怖がり戸惑う。」
柚依は五里霧中の私と紀序くんに説明してくれた。
「なるほど、動物の声を真似できる能力って便利だな!」
「そうね、鸚鵡さんも鷹を真似してゾンビ鴉を追い出したことがあるよ。」
「進みましょう!常に周りを注意してください。田舎の住民は家を守るための大きい番犬を飼うのが好きですから。」
大久保さんは私たちを率いて進んでいく。どういう訳か、進化者たちと一緒なら、ウイルスに感染した人間と動物を倒すのが容易いが、あまり面白くないなと感じた。
私たちが市の中心に向かっている途中、現れたゾンビも怪物も少なかった。村民たちは独自の能力を使って少しの時間だけで全部倒した。だが、奈良井川を渡ってから、みんなは本気で動揺し始めた。
「みんな…この前は民家が密集した区域です。私たちは何回も物資を取りに来たので、道に詳しいですけど、もっと気を付けないとダメです…怪物を見たら、避けられるなら避けましょう。もし怪物と戦ったせいで覇遵会に私たちの存在を気付かれたらまずいです。」
流石探偵役を務めた大久保さんだ。今の状況でも彼は落ち着いた口調でみんなを指揮した。
「松本駅を過ぎた後、二つのグループに分かれて進むのはどうですか…?十五人は多すぎるから、ちょっと油断すると敵に見られてしまいます。」
鸚鵡さんはそう提案した。他の人たちはそれに頭を振って賛成した。
「じゃ、グループを分けよう。柚依、竹島、天笠、三人の若い者は私に任せて。あと三人を選んで、私たちと一緒に行動してもらいたいです。他の人たちはよく前線で村を守る鶴岡さんに指揮をしてもらっても大丈夫ですか?」
「はい、私はできる限り、みんなの命を守ります。それじゃ、二つのルートで偵察するつもりですか?」
「そうです。覇遵会が巣くうところは多分松本駅から東の市の中心です。覇遵会が何人かの衛兵を駅に配置したか確かめられません。ですから、駅に着いた時、入って捜査するかどうか決めましょう。」
大久保さんはまた地図を出して、みんなに駅への道を示した。
「覇遵会の本営が駅にある可能性はありますか?」と私は質問した。
「とても低いです。先ず、駅の出入口が多くて防御しにくいです。あと、駅にはキッチンとバスルームがないので、いいお泊り所とは言えません。」
「では、私たちは捜査範囲をどこにしますか?」
大久保さんは目を閉じて考えている。駅の辺りにある建物を回想しているようだ。そして、彼は信州放送局を中心として、街に沿って捜査範囲を描いた。
「ヤクザたちは多分この辺り、もし彼らの姿を全然見つけられなないなら…あのビルに潜伏して彼らが来ることを待ってもいいと思います。」
今の私たちはまるでダンジョンに入って宝を捜すようだ…でも、これはゲームのように楽で易しいクエストではない。ゾンビ、怪物、進化者…色々な敵は私たちを待っている。しかも、あいつらは一体どこにいるか、いつ現れるか、全然分からない。
紀序くんはあちこち見回していて、不安のようだ…一緒に逃亡した時、彼も四六時中周りを見回して、ちょっと気の緩みが出ると感染者に攻撃されることをずっと心配していた。今回の戦争が終わった後、彼を山奥の温泉に連れて行って羽を伸ばさせる必要があるかもしれない。
松本駅の前の駅である西松本で、みんなは二つのグループに分かれた。大久保さんは私たちを率いて南の方向へ、前野さんたちは北の方向へ。私たちは先ず民家に入って、二階で前方の十字路と陸橋に敵がいるか観察した。
「やばい…覇遵会は駅の近くの陸橋を阻んでいます。銃を持っている衛兵もいます。十字路の前で止まってよかったです。」
紀序くんは望遠鏡で前方の状況を確認した後、私たちに報告した。
「スヴィタ姉、あなたのSKSの射程はかれらのハンチングライフルより遠いから、ここから彼らを銃殺できるだろう?」
「いけない。もし今撃ったら、私たちの存在がバレちゃう。あいつらの本営が設置されている可能性のある地域までまだ遠いよ!」
「衛兵は何人いますか?」
柚依は顔をガラスに近づけて詳しく遠方を注視した。
「二人しか見なかったですけど、側のビルには他の敵がいるでしょう。」
「大久保さん、私たちは敵を避けられますか?」
「南の道から駅を通りたいなら、県道297号線以外は、薄川の側にある狭い道でも可能です…彼らがあの道を封鎖していなかったらですけど。」
「状況から判断すると、放送局の近くは道が少なくて整然としています。したがって、ヤクザたちが車とバスで幾つかの道を阻めば、私たちは市の中心に入れません。」
「ちょっと待って、本町一丁目には四つ星のホテルがある。まさかヤクザたちはそこに住んでいますか?」
柚依は地図の写真から見ればかなり派手なホテルを指した。
「駅の辺りにはホテルが沢山あるので、あれこれ入って捜すなら、私たちは松本市に一泊する必要があります。捜したいなら…信州放送局に最も近いホテルから。」
大久保さんは駅の近くのホテルの数を数え始めた。
「ひっかき回して探さなくても大丈夫だと思います…彼たちは長期間使う予定の基地を作りたいなら、きっとホテルの前に障害物を置くだろう。」
「そうね!紀序くん、私たちはそれを考えなかった。」
「河霜湖の安全ゾーンに三つの防衛線を設置しました――いっぱい住民がいる温泉旅館の区域には木造の壁があります。覇遵会の防衛システムを観察すれば、彼たちの本営がどこか分かるはずです。」
この子の記憶力は本当に抜群だ。彼は特殊能力を持っていないので、平山さんに劣ると思うが…私にとって彼の賢さも重要だ。
「先ずは彼らが橋に作った防衛線を見てみますね…」
紀序くんはまた望遠鏡を持ち上げた。
「何!二人のヤクザがオートバイに乗って…市の中心のほうへ!」
「本当?望遠鏡ちょうだい。」
私は望遠鏡を使った。二人のヤクザたちはもうすぐ見えなくなる。
「まさか他の仲間たちが発見されましたか?」
「それはありえないでしょう。私たちは分けれたばかりで、前野さんたちはまだ覇遵会の勢力圏に入っていません。」
大久保さんはちょっと腕時計を見た。
「じゃ、陸橋を通って市中心へ行きますか?」
紀序くんはまた望遠鏡を首に掛けて、クロスボウを取り出した。
「いえ、陸橋の前に他のヤクザがいるかもしれないから、私たちは狭い道を通ったほうがいいです。」
私たちが大久保さんに従い、外へ出る時、少しの雨が私の顔に落ちた。
「また雨なの?私は傘を持ってるけど、傘を持ちながら戦闘すると、浪漫な雰囲気が出ない上に、面倒くさいね。」
「心配しないで。長野はいつもこの通り。黒い雲が出ると雨が降りやすい。でもね、今朝起きた時、空気があまりジメジメしてなかったので、多分大雨は降らないでしょ。」
柚依は自信満々の笑顔を作った。
「私たち長野県民は山に近い町に住んでるから、空気の湿りの変化に敏感だよ。」
「柚依は物事の細かいところまで把握して偉いですね。もっと早く柚依と出会っていたら、きっとあなたを私の探偵事務所の一員にしたでしょう…残念ですけど、私の娘はこういう才能がなかったです。じゃ、進みましょう…」
大久保さんは進み続けてた。この時、彼がまなじりに湛えた涙を拭いたのが目に入った。
「障害物を見るのは二度目ですけど、ヤクザたちは休暇を取りましたか?」
私は話しながら、照準器で周りのビルの窓を眺めた。二度目の障害物にはまだ誰もいない。逆に怪しい雰囲気に溢れている…ゾンビも人もいなくて、どこも静のままだ。
「もし彼たちがもう北に撤退していたらどうしますか?」
「彼らが松本にこんなに長く留まったのは、町全体を占領するためです。冬になる前に、突然北に撤退するわけがないでしょう…あ、違う、長野の北部から新潟までは一層寒いですから、冬になっても松本に居たほうが暖かくて心地よいです。」
「まさか私たちが攻めてくるのを予想して、もう防衛線を縮小したんですか?」
「………!」
柚依は突如リボルバーを構えた。彼女は敵の音を聞いたのか?
「みんな、早く隠れて!オートバイが駆けて来ます!」
私たちは素早く側の駐車場に駆けて入り、車の後ろに隠れた。車に触ってみると、沢山の塵が手に付いた…ここの車は恐らく大疫病が発生してからずっと使われないままだ。もし既にあいつらに見られていたら、戦うしかない。
私はこっそり頭を出して覗くと、二人のヤクザが乗っているオートバイが私たちの近くを通ったのが目に入った。よかった…私たちはまだバレていないようだ。
だが、突然、大きい音が響いた。あのオートバイが転倒したようだ!私は柚依と視線が合い、一緒に駐車場を出て見に行くと、目の前には恐ろしい光景が広がっていた…一人のヤクザは狂っていて、倒れた仲間をくわえて振り回している。それを見て、私はライフルを構えたが、安全装置すら外していないことに気付いた。だが、このやつは軍刀で片付けられるはずだ…
あのヤクザは立ち上がった。赤い血が口元から流れているから、血を沢山吸った後の吸血鬼のようだ。二年前に見たファンタジー映画の《箱庭入り公爵姫の芝居》にこのようなシーンがあった。
思いかけず、あのヤクザは雄叫びを上げた。そして、体が酷く痙攣しながら筋肉が膨らんでいった…
「彼は変異の途中!スヴィトラナ、早く撃って!」
私がセイフティを外そうとする時、変異中のヤクザは私たちに駆けて来た!
私は素早く柚依を抱えて左へ伏し倒れた――間一髪で攻撃を避けた。私たちを取り逃した怪物は止まり、また変異し続けた。
彼は上半身の筋肉が膨らんだ後、床に身を伏せた。次に、足も太くなり、口も裂いて広くなった。私は急いでセイフティを解除して、立つ時間もなかったので、座ったままやつの頭を狙って撃った――
しかし、怪物は蛙みたいに横に跳んで、攻撃を回避した。そして、四つ鋭く巨大な歯が生えて口から外へ伸びた。
「Чорт!Ми в біді!」(くそ、私たちはやばいと私は無意識にウクライナ語で言った)
これ一体なんなのか?感染者の変異の速度がこんなに速いのは一度も見たことがなかった!覇遵会は全員進化者で、体がもう徐々にウイルスに適応しているので…あのような爆発的な変異はありえない…でも、今はゆっくり考えている時間はない、早くあいつを倒さないと!
柚依はピストルを出して射撃したが、また敵に躱された。まさかあいつは今でも人間の意識を保っているから、銃を見るとすぐに避けるべきだと分かるのか?
「スヴィタ姉、平山さん、大丈夫なの?」
紀序くんは私たちに叫んだ。他の仲間も駐車場から出てきた。
「みんな気を付けて!怪物のスピードは速い!」
みんなに警告するや否や、怪物はまた飛び掛かってきた。私は急いでライフルを上下を逆に持って、やつに空中で咬まれる寸前に、ストックでやつの頭を強い力で打った――
よかった。師匠が教えてくれた詠春拳の六点半棍術が役に立ったから、一撃でやつをぶっ飛ばした。だが、怪物は仰向けの状態から体の向きを変えてまた立ち上がった。
矢と石が怪物の体に撃った。だが、やつは傷ついても平気みたいで、また私たちを攻めようとする。
この時、二本の消防の斧を持っている屈強な男性仲間が斧を投げた。銀色の光がキラリと光って斧の刃が全部容赦なく怪物の背中に食い込んだ。そして、屈強な男性は一本の斧を持って怪物のほうへ駆けた。怪物も身を回して彼と戦い始めた。
「早く、伊丸さんを助けよう!」と柚依はサバイバルナイフを抜いて、怪物と接近戦を始めた。
私がライフルを置いて軍刀を抜こうとする時、伊丸さんは怪物の爪を避けて、やつが二本足で立って咬もうとする瞬間に、斧で胸を斬り込んだ。
よくやった…違う、しまった!
怪物は右手を出して、伊丸さんの首から下へ引っ掻いた…が、一秒後、柚依のサバイバルナイフがやつの頭に食い込んだ。怪物も伊丸さんも倒れた。
「伊丸さん、伊丸さん!みんな早く包帯をください!」
私は素早く止血パッドを出して柚依に渡した…柚依は止血パッドで大量に出血している伊丸さんの傷を覆ったので、彼女の手も血まみれになった。
私は伊丸さんの側でしゃがんで、手をウエストバッグに入れ、Celoxという止血剤も取って使おうとした…しかし、伊丸さんの首を見て、止血剤を戻した…彼の気管はもう徹底的に潰されたので、止血しても無駄だ。
「柚依、伊丸さんは気管がもう切られたから救えない。」
「嘘でしょ!また一人の仲間が死んじゃったのか…伊丸さん、早く起きて、起きて…」
首が傷ついても頸動脈が無事であれば、切れた気管は縫合できる可能性がある。けが人が血液で噎せることを防いだら死なない…が、以上の処置は「病院の緊急治療室へ送れる」場合しかできないものだ。今、私たちが傷を縫えないせいで、伊丸さんは苦しくて生命力を失いつつある。更にまずいことは、彼は怪物になるかもしれないのだ。
「柚依…私を信じてくれる?私は彼に情けの一撃を与えないと。」
柚依は涙で潤んだ目で私を見ていて、私の意味が分からないようだ。
「彼の傷はひどくてもう救えない…ゆっくり痛みを感じさせたくないなら、早く殺すしかない。」
私は大久保さんのほうを向いた。彼は躊躇ったようだが、緩々頭を縦に振った。
「竹島さん、柚依、ちょっと離れてください。私がやりますから。」
大久保さんは伊丸さんの側に行って、彼に告別する。
「伊丸さん、あなたはいい仲間でした…消防員だった伊丸さんは、何回も自分のことをかまわず私たちを救ってくれました。私たちのために犠牲になってくださってありがとうございます。伊丸さんはきっと曇島村の住民全員の記憶に残るでしょう。」
大久保さんは目を閉じて深呼吸して、クロスボウのトリガーを引いた。矢が伊丸さんの頭を貫いた音を聞いた後、みんなは何も言わずに、沈黙のままこの勇士の死体を駐車場へ運んで、コートで被った。
柚依はすすり泣いている。私も悔しい…もしあのヤクザの変異が完了する前に、一撃で銃殺していたら、仲間が死ぬことには至らなかった。怪物が本当に強いなら別の話だが、私の油断でライフルのセイフティを外せなかったせいで、一秒か二秒の遅れで攻撃の機会を見失った…まさかこうなるとは思わなかった。
さっき、私たちを助けに来たのが紀序くんだったらどうなっていたか…私は気にかけてこの子を守るべきだ。
「覇遵会の進化者が突然変異したなんて…」
紀序くんは怪物の死体を見て信じられない様子だ。
「彼は二度ウイルスに感染したかもしれない…しかも、前より強くて不安定なウイルス株に感染した。ただし、進化者は既に進化ウイルスに対してある程度の免疫力がつくので、簡単に再感染はしないはずだ。」
私の分析を聞いて、紀序くんは半分しか理解できない様子で私を見ている…進化者は確かな免疫ができるとは言えない状態だ。彼たちの体はもうウイルスに適応したが、再びウイルスに感染する可能性もある、というのは説明しにくい事だ。機会があれば、お父さんに頼んで紀序くんに教えてあげてもらいたい。
「今、私たちはヤクザたちが変異する原因を考える時間がありません。でも、みんな気を付けて…覇遵会の成員を襲撃した更に強い怪物がいるかもしれません。」
私は他のヤクザの死体のほうに向かった。彼の肩と首は咬まれてひどく潰されていた…私は力を入れて蹴って、彼の頸椎を断ち切った。
「万が一のために…こいつは死んでもウイルスの力で甦る可能性がある。怪物の姿になって。」
私は仲間たちに説明した後、死体からピストルと弾薬を取った。どういうわけか、大久保さんは敬意を払うように私を注視している。
私たちが市の中心に入ってから、「今回はやばい」と感じ始めた。次々とヤクザたちの死体を見たから。ヤクザたちと戦わなくても済んだというのは嬉しかったが、この辺りには凶悪な怪物がいると思えば………
「柚依、松本と近くの町に動物園があるの?」
「動物園?松本にはアルプス公園があるけど、いたのはよく見る動物だ。例えば、山羊、馬、猪、鹿、梟、鴨など。どうしてこの質問を?」
「動物園の猛獣はウイルスに感染した後、戦闘力が特殊部隊の小隊に勝るとも劣らない怪物になるかもって心配してるから…」
信州放送局までもう遠くないが、私たちのグループが進む速度は超遅い。今、みんなは怪物は光が届かない所で現れると考えているから、風で飛ばされた飲料缶やたばこの箱が出ただけで素早く武器を構えた。
「もしもし、大久保さん?こちら鸚鵡です。」
大久保さんがベルトに付いたラジオから声が出た。
「はい、聞こえます。話してください。」
「私たちはもう松本駅を通り過ぎたが、敵に遭わなかった…覇遵会の成員たちは全部殺されましたから。怪物に襲われたようです。」
私たちと同じ状況か…それなら、怪物は一体だけではない。
「ここも同じです。ヤクザたちは手と足が千切れたり、或いは胸と腹が破れました。」
「では…まず合流しましょう。」
「大丈夫です。花時計公園で会いましょう!」
大久保さんが仲間と交信している時、私は照準器で700メートル外で怪物の影が一閃したのを感じた…だが、はっきり見えない。しかも、そんなに遠い距離なら撃てない。
「みんな気を付けて…さっき、一閃した怪物を見ましたから。私たちはグループの隊形を直す必要があります。柚依、前列に居てもらってもいい?」
「竹島さん、待って…貴女たちは若者ですから、前列に居るのはだめです。」
「大久保さん、今、誰が年下か年上か、ということを全然気にする必要がありません。柚依は遠くから敵を発見できるので、大久保さんと一緒に前列にいるべきです。」
「おじさん、大丈夫だよ、私を信じてね。」と柚依は前列に向かった。
「私はライフルを持って最後の列でみんなを守り、周囲の状況を観察します。紀序くん、グループの中心にいて。私たちは三つの列を作って、二人で一列という形で進みましょう。」
隊列が長すぎるか、横一列に並んでしまったら、怪物に襲撃された時すぐ反撃できない。最も良い列を考えると、二人で一列という形で守り合うというものだ。
「竹島さんが言ったのは一理ありますので、そうしましょう!」
病気でベッドを離れられなかった時、名作のゾンビゲームである『レフト フォ デッド3』をやった経験がこんな状況で生きるとは思わなかった。だが、例え私は多くのゾンビゲームをやったことがあっても、「現実モード」のゲームをクリアできるかどうか、自信がない。私たちは一回しか試す機会を持っていないから。
鶴岡さんたちは私たちより早く花時計公園に到着した上に、みんな無事だった。私たち六人が彼たちの前に行くと、前野さんはすぐ人が少なくなっていることに気付いた。
「あれ……俺の従兄の玄一がいない?」
前野さんにそう聞かれて、柚依はまた悲しそうに頭を下げた。
「私たちは二人のヤクザに遭いました。一人は怪物になりました…伊丸さんは勇敢に怪物と戦った後、共倒れになってしまいました。」
大久保さんはそう言いながら、背後から消防斧を取り出して前野さんに見せた。斧についた血痕は伊丸さんの勇気の証明だ。
前野さんは驚いて斧を見つめたまま何も言えなかった。悲しい気分が溢れる沈黙の後で、前野さんは徐々に話し出した。
「俺の従兄はいつも人を助けるのが好きだったから、消防員になった。逃亡した時、彼は負傷した仲間を背負ったこともある…みんなが生き残れるなら、彼はきっと犠牲をはらったかいがあると思うだろう。」
前野さんは斧を受け取り、私たちを見た。
「この後、私が彼の責務を果たすから!」
大久保さんは前野さんの背を叩いて励ました。そして、地図を取り出した。
「偵察の目標を二ヶ所にしましょう!先ずは信州放送局、次に通ったばかりの檜の湯ホテルです。あのホテルの入口は三台の車に阻まれているから怪しい…前のように二つにグループを分けて、七人で一緒に行動しましょう。私のグループは放送局、鶴岡さんたちはホテルを捜査してください。みんな分かりましたか?」
「はい。」とみんなは真面目な顔で頷き、力強く武器を握った。
放送局の中で、どんな怪物とヤクザたちが私たちを待っているか知らないが、私たちの旅はもうすぐ閉幕するような気がする……………
「覇遵会のやつらはやはり放送局でメッセージを放送していました。竹島さんが聞いた情報は正しかったです。」
私たちは放送局が設置てある商業ビルの入り口に到着した。大久保さんは前のバリケードを観察中だ――ここには土嚢が沢山置かれている上に、木造のフェンスもある。それを見ると、このビルは彼らが防衛している大切な場所だと分かる。
「土嚢の高さは二メートルなので、登ってみるしかない。」
私はちょっと紀序くんを見た。彼は肩の脱臼がまだ治っていないから、障害物を越えられないだろう。
「心配しないで。土嚢の後ろにはしごとかあると思うよ。覇遵会の成員はみんな土嚢を越えられるわけがない。例えば、あの姉御の身長は155センチぐらいで、ウイルスで運動神経がよく強化されていないようだった。」
紀序くんは私の心配顔を見てそう答えた。
「じゃ、私が見に行くわ。」
私はちょっと助走して跳ねて、木造のフェンスの上縁に掴まって登った…私の胸は堅い土嚢に押し付けられて少し痛い。反対側の下を見たら、紀序くんの推測した通りはしごがあった。
「そうね、ここにははしごがある。ちょっと待って!」
私ははしごを持ち上げて、紀序くんたちのほうへ運んだ。
「よし。みんなはしごに登れます。」
「天笠さん、柚依、先に登ってください。私は後ろで見守ります。」
控えめな性格の大久保さんは、みんながはしごに登っている時、ライフルを持って付近を警戒した。
みんなはビルに入った後、血の臭いを感じた…柚依は手で口を遮って、吐き気を我慢しているようだ。これは彼女の五感が鋭いので、血の臭いに耐えられないせいかもしれない。
「ここは怪物に攻撃されたようだ。乾いたばかりの血痕がある。」
大久保さんはしゃがんで、詳しく血痕を検視している。私は実際に探偵が殺人現場で検視する様子を見るのは初めてだった。
「覇遵会は一体どんな怪物を惹きつけた?しかも、一体だけじゃないようだ。」
紀序くんは不安そうに矢を触りながら、遠くのエレベーターを注視している。怪物がエレベーターから出ることを心配しているようだ。
だが、一階は静寂のままだ。人やゾンビや怪物の音は全然聞こえない。
「おかしいな…もし怪物が侵入したのなら、どうして入り口の障害物は破壊された跡がないの?怪物たちにはしごを捜しに行くことは無理でしょ?」
柚依は顔をしかめて、入り口をじっと見ながらそう言った。
「怪物は正面のドアからじゃなく、二階以上の窓から侵入した可能性もある。」と私はそう推理したが、その確率が低いのが分かった。
「もし怪物が正面の衛兵を避けたほうがいいことも分かる知能を持ってれば…僕たちは非常に危ない。ここのやつらが全員死んだと確認できたら、三十六計逃げるに如かず。僕は死体と一緒に泊まりたくないから。」
紀序くんたら、もう敵の基地に着いたのに…私たちは徹底的に捜査しないうちに、撤退するわけにはいかない。
その時、階上で凄く大きい音が響いた。誰かがドアにぶつかって破壊したような音だった。
「みんな聞こえましたか?」と大久保さんは頭を上げて天井を見た。
「私は足音も聞いたけど、怪物のか人の足音か確かめられない。今は敵が三階以上にいる事しか判断できない。」
柚依は大久保さんに次にどうするか聞いた。
「おじさん、私たちは階段を登るか、エレベーターに乗るか、どっちがいいと思う?」
エレベーターがまだ動くなんて…そうか、このビルにはソーラーシステムがあるので、電力供給が中断しないのか。
「もちろん、階段に登ったほうがいいです。私たちは怪物がどこか分かりませんから、もしエレベーターのドアが開いて怪物が駆け込んできたら、他の仲間たちは『エレベーター殺人事件』の現場へ検視に来る必要があります。」
「私も階段に登ったほうが安全だと思います。少なくとも私たちは歩きながら、敵の音を聞くことができます。」と私も大久保さんに賛成した。
「みんな武器をちゃんと持ってください。静かに歩いて、できるだけ音を出さないように。」
大久保さんはそう言った後、みんなを連れて階段に向かった。流石技術を持つ探偵だ。彼は体の重心を下げてあまり音を出さずに歩いている。他の仲間たちも彼のように歩いている。これは多分ある古流武術の足捌きだろう!
私たちは二階に登ったところで、あるやつが階段で倒れているのを発見した。まさか水信のやつとは…彼は体に何十個の孔もあり、首も咬まれて断たれていた。血に染められた服は彼の体に張り付いている。
「私は今でもこの人が村民たちからみかじめ料を取った様子をはっきり覚えてるけど、まさかこうなるとは…」
柚依は小さい声で嘆いた。水信が敵であっても彼の悲惨な死を見ると、少し彼に同情した。
「放送局は五階と六階です。勝手に各階のドアを開けないほうがいいと思います。ここはまるでお化け屋敷のように、何階に怪物がいるか分からないですから。」
大久保さんはもう一度捜査の範囲を小さくしたいようだ。もしヤクザたちが全員死んだのを確認できたら、私たちはあいつらを殺した犯人を捜す必要がない。さっさとあいつらが残した物資を取り、曇島村に戻って村民たちに良いニュースを伝えよう。
私たちが四階に着いた時、また大きい音が響いた。大久保さんは急いでみんなを止めた。
「柚依、敵がどこにいるか分かる?」
「六階にいるでしょ…今回は怪物だと確認できる。人間はあんなに重い足音を出すわけがないからね。」
「では、五階から捜しましょう。」
どういうわけか、私たちはまるで怪物と隠れん坊をしているようだと感じた。元々はヤクザたちと戦うつもりだったではないか?
大久保さんは軽く五階のドアを押して、大きい音を出さないように開けた。そして、私たちは次々と隙間を通った。
五階に資料室と器材室がある。覇遵会のやつらはここで物資を貯めっているか、一々確認するべきだね。ちょっと待って……大久保さんの武器はクロスボウだから、狭い室内で前衛を置くのは危ないかも…
ポーン!資料室のドアが突然開いて、怪物が駆けて来た!!!
私が怪物の様子をはっきり見ないうちに、大久保さんはぶっ飛ばされて一人の仲間にぶっつかって一緒に倒れた。
「みんな気を付けて!柚依、速く後ろへ!」と私は前方に駆けていった。
あの怪物は左の手を伸ばして、すぐに一人の仲間を捕まえた。彼は野球バットで怪物をガツンと打ったが、怪物は手を放さない…あ、やつの腕の裏側にも外側にも刺が付いているから、刺し込まれたら大変だ!
私は軍刀を怪物の腕をざっくりとと斬って深い傷をつけたが、やつは素早く私の仲間を懐中に引いて、右の腕を押し付けた。彼は痛み叫んだ…怪物は彼の首を咬んだ……私の目には…赤い色しか見えない…噴いた血が私の目に入ったのだ…何も見えない…
壁はどこ?背中を壁に付けないと…
「スヴィタ姉!」
紀序くんは私を抱えて後退っていると感じた。私は目を閉じると、血が涙を混じって徐々に目から流れ出した…でも、目はぼやけたままだ。
パーン!銃声が響いた後、怪物は倒れたようだ…銃を撃ったのは多分柚依だ。さっきは危なかった。私の目が見えない時に怪物が攻めてきていたら…
「スヴィタ姉、ちょっと我慢して。水で顔を洗ってあげるね。」
私は顔に冷たい水をかけられた…何回も瞬きした後、ついに前が見えるほど回復した。
倒れた怪物は仲間を押し付けたままだから、柚依ともう一人の仲間は力を入れて怪物の死体を動かした。しかし、倒れた仲間はもう死んでしまったようだ。
大久保さんは体に幾つかの傷がある。きっと怪物にぶっ飛ばされた時、刺で傷ついたのだろう。傷が浅いのは幸いだが、もう立てなくなったのは不幸なことだ。
「さっき、踝を捻挫してしまいました…痛い…痛い…」
大久保さんはスニーカーと靴下を脱いだ。彼の右の踝は腫れていた。私と柚依は見合ったまま、どうしたらいいか分からない…一瞬で一人が傷ついて、一人が死んでしまった。五階に怪物がいるということは私たちの予想外だった。
「この辺りのルームを捜査して、私を休ませてください。保村さん、私のリュックサックに捻挫用のクリームがあるから、取ってくれませんか?」
六階の怪物が下に来ないように…私はそう祈りながら、柚依と紀序くんとルームの捜査を始めた。
私たちは事務室でもう一人の覇遵会の成員の死体を見つけた。死体の様子は水信と同じなので、さっきの怪物の仕業に違いない。疑問点は、あいつがどうやってビルに潜入したのか、このビルには何体の怪物がいるのか?ということだ。
ここの冷蔵庫にソーダとエナジードリンクがある…いいものだ。早速に体力を回復できる。
「ここにカップラーメンの箱がある!焼きそばとかラーメンとかうどんとか、幾つかの種類がある…私、この小さいカップヌードルが懐かしいな!以前、夜十時まで勉強した後、時々夜食として食べた。」
柚依は海鮮カップヌードルを持って、嬉しそうに綺麗なカバーを見ている。
「今はカップラーメンを食べても贅沢と感じるね。今回の任務が終わった後、それを自分へのご褒美にしよう!」
私はカップラーメンを見ながら、今晩紀序くんにどの料理を作らせるか考える時、事務机のところにいる紀序くんに呼ばれた。
「スヴィタ姉、早くこのノートを見て!ノートの記録はウイルスに関するもののようだ。しかも、日本語と英語で書いてある。でも、あまり分からない。」
紀序くんは私にカバーが硬い緑のノートを渡した。
「ウイルスが細胞に入るのを止める方法…免疫細胞にウイルスを見つけさせる方法…進化者のウイルスの特徴…」
私は少し読んだ後、このノートがどんなものか分かった――まさかの抗ウイルス薬の研究記録だ!
なぜここにこんなノートがある?やくざたちはどこから取った?私たちが安全ゾーンを離れる前に、お父さんが送ったメールの内容が頭の中に浮かんだ…
「富山県の安全ゾーンにいる医療団はウイルスが細胞に入り感染するのを抑える薬を発明した。しかし、進化者に襲われた…医者たちが最後残したメッセージは――進化者に拉致されて、研究の資料と薬物を持たされたって。」
医者たちを襲った進化者たちは、まさか覇遵会だった?私はノートの一ページ目をめくって、馴染みの名前を見た――三上忠信。この医者は私の両親の友達である上に、二年間私の担当医を務めたこともある。
つまり、三上先生はこのビルで監禁されているかもしれない!
「どうしたの?スヴィタ姉?」
「あのヤクザたちは薬を研究している医者を拉致したようだ。医者がこのビルに囚われているかもしれないから、捜すべきだ。」
三上先生は私の恩人だから、見殺しにしてはいけない…いえ、それ以上に彼が持っている情報は非常に重要だから、怪物に攻撃されるリスクがあっても彼は救わなければならない。
「私たちは六階へ捜査に行かないと。」
「冗談でしょう?」と紀序くんと柚依は異口同音に反対した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます