3 まいとしこうれいの




 ――いわく、世のなかには漫画やアニメのキャラクターにプレゼントを贈る風習のようなものがあるそうです。


「誕生日やバレンタインですね」


 もちろんキャラクターは実在しないので、贈り先は漫画の作者や編集部等になります。


「ええっと、つまり――犯人は漫多まんださんの描いている漫画のファンで、」


「正確にはその登場人物ですね」


「その登場人物にプレゼントを贈る代わりに、漫研の部室にこのぬいぐるみを……?」


「ええ、手作りのぬいぐるみです」


「……言われてみれば……」


 わざわざぬいぐるみを手作りするくらいです。それ相応の想いがこもっていることでしょう。


「でもどうして、それに髪の毛と……人体模型の部品を……」


「部品に関してはまあ、作品に対する想いの表れ、としておきましょう。先生も例の漫画をお読みになりましたよね。何か気付きませんか?」


「あ……! そうか、あれはそういう……」


 綴居つづるいさんに言われ、鎌瀬かませ先生は何か閃いたようです。いつになく表情が華やぎますが、すぐ我に返ってたずねます。


「でも、それじゃ……髪の毛はどうして?」


「それは、まあ……バレンタインでも、好きな男の子にチョコレートを贈るじゃないですか。それに、ちょぉっと隠し味というか、混ぜ物をするような感覚だと思いますよ」


「……混ぜ物……」


「自分の一部を好きな相手に届けたかったのでしょう。ほら、日本人形の髪が伸びるという話があるじゃないですか。あれはいわく、本物の髪が使われているためだそうです。髪の毛とは女の命、それだけ想いがこもっているんですよ。一種の願掛けですね」


「……僕には、ちょっと理解しかねるかな……」


 先生は目の前に並んだクマのぬいぐるみから少しだけ体を離します。何か怨念めいたものでも感じたのかもしれません。


「しかし、分からないな……。なぜこうも連日、こんなにたくさんのぬいぐるみを……それこそ丑の刻参りみたいなもの?」


「それには理由がありまして――件の登場人物ですが、彼の誕生日は公式設定として公開されていないのです。ただ、11月の中旬以降……つまり15日以降であることがほのめかされているだけで」


「そうか――クマの数は十体……今日が25日ということは――」


「ええ、その通りです。犯人は誕生日が分からないため、とにかく絨毯爆撃を仕掛けたのです。16日から毎日贈り続ければ、どれかは誕生日プレゼントになるだろう、と」


「だいぶ素っ頓狂だけど、理には適っているね――?」


 そうなのです。今回のクマ騒動、それを仕向けた犯人は何を隠そう――


「先生がいないときに、恋愛相談を持ち掛けられたんです。他のファンとは一線を画すような、記憶に残るサプライズをしたい。それで私は今回の案を思いつきました。彼女も乗り気でした。まさか漫研がそれで迷惑をこうむっているとは知りもしませんでしたが――むしろこういう奇怪な事件は喜ぶと思っていたのですが――何はともあれ、漫研一同の注意は惹けたのですから、彼女も本望でしょう。まさに釘付けですね、くふふ」


「綴居さん、君ねえ……」


「まあまあ、これも有名税といいますか、漫画の売れたその代償ということで」


「代償も何も……アニメ化まで漕ぎつけたのは漫多さんの努力の賜物じゃないか」


「くふふ。その真相は漫多さんがやってきてからお話ししましょう」




                  ■




「――と、いうことなんだ。ぬいぐるみは別に、呪いの藁人形とかそういうものじゃないんだよ」


 生徒指導室に呼び出した漫多さんに、鎌瀬先生は先ほどの真相を伝えました。


「なるほど――。すぐには納得しかねますけども。でもまさか、さっき相談して一時間も経たないうちに解決するなんて。さすがというか――」


 漫多さんはちらりと綴居さんに目を向けます。


「考えることが魔女さまらしいというか」


「おっと、ここでは『魔法少女』と呼んでくださいな。私は『魔女』でもいいんですが、どうにも先生が気にするようなので」


「まあね。……魔法少女も、ちょっとどうかとは思うけど」


 魔女――そういうあだ名で呼ばれている生徒がいることを知って、先生は当初、綴居さんがいじめられているのではないかと思ったそうです。完全に杞憂でしたが、そんなはじめの印象が残っているか、鎌瀬先生は『魔女』と聞くと顔をしかめます。


「それにしても漫多さん、どうして私でなく先生に相談しようと思ったんですか? それに、献本などと……。まあ今回はそれが功を奏したので、大目に見てあげますが」


「いやあ……ボクもちょっと実物と話してみたいと思いまして――」


「?」


 先生は首をかしげますが、漫多さんは慌てて話題を逸らすように、


「しかし、藁人形の件はそれでいいとして、」


「ぬいぐるみだけどね」


「実際、我々の身の周りでは不運がですね……。このあいだなんか、一年の子が階段から転落しかけたらしくて――」


「そういった不運というのは概ね思い込みやこじつけですが――悪いことが起こるには、何か理由があるのではという考えも頷けます。漫多さん、あなた、誰かの恨みを買った覚えは?」


「え? うーん……そうだなぁ、高校生にもかかわらず雑誌連載を持っていて、アニメ化までしちゃうボクの才能かなぁ。妬んでる人はいると思うよ、うん」


「では、他の部員はどうです?」


「そこまでは、さすがに――というか、ここ最近の不運は、我々に恨みがある人物の犯行だと?」


「恨みを持った人物による呪いと考えるより、恨みを持った人物による嫌がらせ……そう考える方が現実的で、理に適っていませんか?」


 綴居さんの指摘に漫多さんは納得しかねる様子です。


「全てが全てそうであるとは限りません。本当の、単なる不運もあったでしょう。それをあなた方が呪いの仕業だとこじつけて考えて、問題を大きくしているだけではありませんか? たとえば、そう――先ほど、一年生が転落しかけたと言いましたね? それって本当に、呪いの……ぬいぐるみが現れたころの出来事ですか? 実はそれ以前に起きていて、最近になって『呪いのせいかも』と思い立ち打ち明けたという可能性は?」


「あー……その件は、確かに呪いより前のことかも。落ちかけたのは両手が塞がっていたときと言っていたから――ちょうどその回を描いてる頃かな」


 その回、というのは、綴居さんが広げている雑誌に掲載されたお話のことです。


「なるほど、ようやく『犯人』が分かりました」


 綴居さんの言葉に先生と漫多さんが揃って「犯人?」と首をかしげます。


「ええ、全ては復讐だったんです。自分に備品損壊の濡れ衣をかぶせた、何者かに対する――」


 そう言って、綴居さんは雑誌の誌面、『きれいに整頓された臓器、その横に転がるヒトの頭――』というあおりを促します。


「これはつまり、人体模型の臓器と、美術室にある胸像のことですよね? 漫多さん、あなたこれを描くにあたり、学校にある『本物』をスケッチしたのではありませんか? そのために、後輩の……そう、一年生に頼んで、借りてきてもらった」


「うん、その通りだけど……? それが?」


「その際、その一年の子は恐らくですが、名滑ななめ先生や美術部に無断で胸像を持ち出したのでしょう。そして、無断で返却した――あやまって階段から落っことし、備品に傷をつけたことを隠したまま」


「あっ」


 と、先生の表情が再び華やぎます。気付いたのでしょう。つまり、そういうことなのです。


「その件で、美術部に所属するある生徒が濡れ衣を着せられ、迷惑をこうむったのです。彼女は真犯人を探してほしいと、こちらに相談に来ました。しかし、なかなか見つからず――そうこうしているうちに彼女は、自分で犯人に気付いたのです。そう、この漫画を読んで」


 漫画の場面から、漫研が美術部の備品を持ち出した可能性に気付いた『犯人』は、いわれのない罪を着せられた復讐に――


「ボクらに、嫌がらせをした……?」


「その通り。それがたまたま、ぬいぐるみの一件と重なってしまった……。まあ私としても、備品損壊の犯人は漫研にいると踏んで――相応の代償を支払ってもらおうとしていたのですが」


「ん……?」


 鎌瀬先生が何かに気付いたのか、綴居さんに目を向けます。

 たまたま同時期に送られてきたぬいぐるみ――その中に入っていた、人体模型の臓器――後ろめたいことがある人は、何かしてしまっても仕方ないかもしれません。


「真綿で首を締めるように――ちょっとした恐怖を与えてみれば、自ら名乗り出ると思ってのことです」


 にっこりと、綴居さんは微笑み返します。

 それから、その笑みを漫多さんにそのまま向けます。


「そういう訳で、そちらの『犯人』が名乗り出れば、今後あなた方に、そちらの言う不運が訪れることはないでしょう。下手人には自首を勧めてください。それから、」


「……そ、それから……?」


「こちらの『犯人』には私が言い含めておきますので――その代わりに、相応の対価を支払ってもらいましょう。ええ、いわゆるアイディア料です。どうせ今回の一件も、面白おかしく脚色して、漫画のネタにするのでしょうし」


「た、対価なんて、そんな――いくらこのボクが売れっ子作家だからと言って、金銭の授受はどうかと……、ねえ先生?」


「まあまあ、そう警戒せず。お互いにとって利益のある……そう、ウィンウィンの関係になれる、とっておきのお話ですよ」



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