第4話 デッドヒートを繰り広げるドライバー達

 42周目、セナは予定外のピットインにより順位を13番手まで落とした。しかし、そこから鬼神のような走りを見せ、44周目には12番手のマシンを射程圏内に捉えた。セナは数少ないオーバーテイクポイントの1つであるターン11を利用して、その周の内に12位へ浮上した。

『よくやった。11番手も軽く料理しろ。なお、10番手アランまで14.8秒だ。上手くいけば、後7周ほどで追いつけるぞ』

「1周2秒ペースで追いついているだと? 嘘だろ?」

『本当だ』

 何が起こってるんだ。いくら自分が予選並みのフライングラップを刻みながら飛ばしているとは言え、1周で2秒というのはちょっと出来過ぎだとセナはいぶかしんだ。

「相手のメカトラか?」

否定ネガティブ。強いて言えばこちらのメカトラだ』

「は?」

『気にするな。お前は追いつくことだけに集中しろ』

「了解」

 ピットイン前と比べて、驚くほどタイヤのグリップが良い。最早別のメーカーのタイヤを履いているのではないかと錯覚を覚えるほどだ。

 しかし、事態が暗転したのは48周目だ。11番手のマシンに猛攻を掛けていたセナだったが、予想外に激しいブロックラインで応戦され、ターン8で接触してしまったのだ。軽い振動がセナのコクピットに伝わってくる。

「フロントウィングと相手のホイールが接触した!」

『チェックする』

 その先のターン11でオーバーテイクには成功したものの、想定外のダメージを喰らってしまったことにセナは焦りを感じた。もし、フロントウィングを交換しないといけないとなると、もう一度ピットインせざるを得ない。そうなれば、ポイント獲得の夢は完全に潰える。

『エンドプレートの一部が破損したようだ。走れるか?』

「バランスは少し崩れているが、なんとかなりそうだ!」

 と言うより、もう自力でなんとかするしかない!

『分かった。ステイアウト!』

 10番手アランに6.5秒まで迫る。残りは7周だ。ペースは落ちたが、それでもなんとか1周1秒のペースで追い上げている。ラストラップにようやく追いつける計算だ。

 残り4周の時点で、先ほどの接触事故はお咎め無しとの裁定がスチュワード審判から出され、少なくともペナルティによってタイムを失う心配は無くなった。後はアランに追いつくだけだ。セナは懸命にマシンをステアリングを操作し、1つずつコーナーをクリアしていく。

 55周を争うレースは残り1周となり、セナはようやく10番手アランに追いついた。そのとき、セナはようやく状況を把握した。

「もしかして、9位を走っているのはジェシーか?」

『その通りだ』

「メカトラってジェシーのことか。大丈夫なの?」

『今は10位になることだけを考えろ!』

「それもそうだ!」

 目の前を走るマシンを見ながら、ヤス・マリーナ・サーキットはとにかくオーバーテイクが難しいサーキットだと改めてセナは感じていた。

 一度はターン8でアランをオーバーテイクしたものの、その後のターン11であっさり抜き返されてしまった。もう後がない。

 イチかバチかだ。ターン20と21――レース最後の連続右コーナーに全てを懸ける。漢を見せろ! 私!

 最後の勝負を決意したセナは、ターン19で両者が激突しそうなくらいアランへ接近させた。ターン20に突入する直前、スリップストリーム後方気流を使ってギリギリまで相手の後ろにへばりつく。そしてセナは右側へマシンを振った。その動きに気付いたのか、セナをブロックしようとして同じようにマシンを右側に寄せようとするが、最終コーナーはすぐ目の前だ。

 セナとアランのブレーキング勝負。コーナーのイン側を取っているセナの方が有利だ。

 お互いの位置を確認しようと、ほんの一瞬セナとアランの視線が交錯した。絶対に譲らないという意志がアランから伝わってくる。

 ホイールとホイールが接触しそうな、ギリギリのブレーキング勝負。

 最終コーナーを立ち上がり、2台のマシンが横に並ぶ。

 僅かに前へ出るセナのマシン。しかし、通常のラインレコードラインから外れたセナのマシンは速度が伸びない。猛然と加速してくるアランのマシンが追いついてくる。

 横一線。2台は同時にゴールラインを通過した。

 どっちだ。どっちが勝ったんだ?

P10ピーテンだ。P10』

 順位ポジションが10位であるとエドが無線で伝えてくる。

「よっしゃああああぁぁ!!」

 ホームストレートの加速勝負でアランに勝ったのだと思い、セナは思わず無線越しに雄叫びを上げた。

『セナ、落ち着いて聞いてくれ。アランとは同タイムだ。繰り返す。アランとは同タイム』

「なんだって?」

『デッドヒート――つまり同着。滅茶苦茶珍しいケースだ。何年ぶりだろうね』

「千分の一秒単位までタイムが同じってこと?」

その通りだアファーマティブ

 1時間半以上かけて305.355km走った末に、2台の差が全く無かった。数メートルも、数センチの差も無かったのだ。

 セナは頭が真っ白になり、何も考えられなくなった。

「10位に2台ってことは、ポイントは……ポイントは――」

 セナは頭が真っ白になり、何も考えられなくなった。

競技規則第7条第1項デッドヒート条項、同着になった競技参加者のポジションすべてに与えられる賞とポイントは、加算したうえ平等に分けられる。つまり、1ポイントを公平に山分けだ』

「……そうだった」

『0.5ポイント獲得おめでとう、セナ。これで君の尊敬するロンバルディと並んだな』

 そこで、セナはハッとなって気がついた。

 レース開始前、コンストラクターズポイントは2ポイント差。ジェシーが2ポイント、アランと自分が0.5ポイントずつ獲得ということは――

「コンストラクターズポイントも同点になったんじゃない? どっちのチームが沢山賞金貰えるの……?」

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