第3話 選択を迫られるドライバー
レースが始まって40周目。太陽は完全に地平線の下へと消え、照明によってコースが煌々と照らされるナイトレースへと移行していた。セナを含めた全てのマシンが予定していたピットストップを終え、アクシデントなどが無い限りはコース上のバトルで勝敗が決する。
現在セナは10位を走行していた。前方には、2周前にターン8でオーバーテイクを許したジェシーのマシン、セナの後ろを走っているのはアランだ。このままレースを終えれば、ジェシーが2ポイント、セナが1ポイント、アランがノーポイント。アランのチームメイトは後方に沈んでいるため、コンストラクターズランキングを逆転できる状況だ。
ホームストレートのスタートラインを時速224kmで通過したとき、エンジニアのエドからセナに対して無線が入った。
『セナ、コンマ3秒タイムが落ちた。何かあったか?』
「かまぼこ縁石にヒットした!」
各コーナーには過度なショートカットを防ぐため段差の大きなかまぼこ状の縁石が設置してあり、それに接触するとマシンが跳ねたりするためタイムが落ちるのだ。
『コーナーを攻めすぎだ。無理をするな』
「無理なんかしてないっ!」
反射的にそう答えたセナだったが、実際は無理しているかも知れないなと思った。なぜなら、タイヤが思うようにグリップせず苦労していたからだ。
ターン1の左90度コーナーを抜け、緩やかなスプーン状のレイアウトであるターン2から4を高速で駆け抜ける。その先に待ち受けているのは、やっかいなシケインだ。
前を走っているジェシーのマシンが、先ほどよりやや遠くに見える。このシケインでまた差を付けられてしまったことに、セナは強い苛立ちを覚えた。
大きく左に回り込むターン7を抜けると、全長1.2kmもあるバックストレートに入る。ここから約14秒間はアクセル全開だ。速度がみるみる上がっていき、時速320kmを軽く越えていく。
『タイヤのデグラデーションが思ったより激しい』
「そうらしいな」
デグラデーション――タイヤの摩耗による性能低下は着実に進行しているとセナは体で感じていた。
頼むからグリップしてくれ! 馬鹿野郎!
『このままだと後続に抜かれてポイント圏外でフィニッシュする可能性がある』
「どれくらい?」
『1周あたりコンマ2秒だ』
「後ろとのタイム差は?」
『
残り15周。1周当たり0.2秒詰められるとして3秒フラットだなと、セナは頭の中で瞬時に計算した。このままだとアランに抜かれてしまうかも知れない。
しかし、ここは悪名高いヤス・マリーナ・サーキット。ターン8とターン11以外でオーバーテイクすることは非常に難しい。上手くブロックすれば抜かれることはないし、走り続けても問題はないとセナは結論づけた。
「ステイアウトだ。このままポジションを死守する」
バックストレートが終わりに近づき、ブレーキングポイントを迎えた。タイヤを労るために少し早めにアクセルを緩める。ターン8と9のシケインを抜けると、再び長いストレートだ。
『いや、こちらはデグラデーションは更に悪化すると予想している。
エドの提案に、セナは思わずうめいた。
「ダメだ!」
『予選で4周しか使ってないソフトタイヤが1セット残っている。それを使えば順位を取り返せる』
「この10位を死守するべきだ!」
このタイミングでボックスなんてしてたまるか! このサーキットはただでさえオーバーテイクが難しいんだ! 自ら順位を失っては元も子もない!
強い思いに釣られてブレーキを強く踏みすぎたのか、セナはタイヤを少しロックさせてしまった。右フロントホイールから若干白い土煙が上がるのが見える。
11コーナーから13コーナーは連続して左右左と続く。短いストレートを挟んで左90度の14コーナーを抜けると、前を走るジェシーは更に遠くへ行ってしまっていた。もう追いつくことは絶望的だ。
高速で右に切り込む15と16の連続コーナーの先に待っているのは、鯨の形を模したホテルだ。それをぐるっと回り込むレイアウトは、まるで市街地コースのようにランオフエリアが狭い。このサーキットで最も神経を使うセクションだ。
『このまま走り続けてもジリ貧だ。
「ダメだダメだ!
サーキットの最後を締めくくる連続右コーナーであるターン20と21を抜け、セナのマシンは41周目に入った。残り14周。
『なぁ、セナ……。俺はな、お前の見た目からは想像も付かないアグレッシブな走りに惚れ込んだから、担当エンジニアになったんだ』
「何が言いたい?」
『今の君はポイントに固執して守りに入っている。こんなのは君らしくない』
「それはそうかもしれないが、僕はここでポイントを獲れないと来年の契約が――」
『俺にとっておきの作戦がある。ただし、これは君の実力にも大きく依存している。俺は君のことを信じるから、君も俺を信じてくれないか』
「……分かった。次の周に
『了解だ。では、君の資質を見せてくれ』
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