11通目 約束をしました。6day

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 2*?*年*月+日

 と*;宗教家が言った。

「また来世で会いましょう。え?そんなものはない?ふふ…例え本当になくても、信じることは罪ではないでしょう?」

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 陸が仮眠から覚めたあと、区長から空を水葬場に運んだと言われた。水葬場は区長の家から、歩いていける距離だ。陸はレターを抱えて、水葬場に向かい、立ち会った。連絡があったのか空の両親と思われる人間も来ていた。水葬に入れる前に空に対面していた。涙を溜めて動かなくなった空の体に抱きしめていた。その様子を陸は、ぼんやりと眺めた。

 その別れのあと、ゆっくりと空の体が水葬場の水葬に降ろされる。白い造花に囲まれた、青い水葬の中にぼちゃんと沈んだ。重力に従い、落ちていく。彼女の細い体が水の中に泡立ち溶ける。空色の瞳も茶色の髪も、鈴のような声も。白い泡の中で、あっさりと空の体が分解されていった。そこにはただ静かな青があるだけだった。

『向こうがどんなところか先にみてくる』

 そう言った彼女の言葉がいまでも耳に残っている。

「すべては水に還る。恐れるな。貴方の血肉は次世代の肉となる」

 その場にいる人たちが唱えるなか、陸はその祈りの言葉が出てこなかった。

 消える。なくなってしまう。忘れられてしまう。昔の人が骨と墓を残した気持ちがわかった。一年に一度帰ってくると信じたことも。水に溶けたものは、今を生きる者の糧となる。陸は今までその考えを受け入れていた。でも――

「嫌だ」

 陸はバカみたいに涙が出て止まらなかった。

 どうして、こんなに悲しいのか。

 この問いを繰り返した。

 ただただ、陸が茫然と立っていたら空の両親が話しかけてきた。母親は三、父親は二と名乗った。レターはそんな二人を静かに見た。

「ありがとうございます。娘のために泣いてくれて。最後の時、あの子が1人じゃなかった。…感謝してもしきれません」

 陸は涙で潰れた目を開けて、空の両親を見た。どちらも穏やかで優しそうな人達だ。

「なにも。なにもしてない…むしろ、助けてもらいました。会って、まだ少ししか一緒じゃなかった…」

「それでも、私たちの分まで大事にしてくださってありがとうございます。私たちはもう娘に会うことを諦めていました。愛していたのに…探しに行く勇気もなかった…本当に…本当にありがとうございます」

 空の父親がそういって、手を差し出した。陸はそれをただ見つめた。頭の中にいろんな言葉が浮かび、泡のように消えた。

「私たち約束しました。

 何も言わない陸に代わり、レターがそう答えた。

 その言葉に、空の両親は目を丸くしていた。ロボットのレターの言葉の意味がわからず、困惑していた。そして、陸が握手する気がないとわかり、差し出した手を、ゆっくりと引っ込めた。

「俺達…もう行きます。どうかお元気で」

「…旅の無事を祈っています。…お元気で」

 そう言って、陸は水葬場をあとにした。

 区長の家に戻り、充電された防護スーツとバイクを受け取る。区長が心配して声を掛ける。

「大丈夫かい?もう少し休憩したほうがいいんじゃないか?」

「大丈夫です。俺は自分の仕事をしますので。充電ありがとうございます。お世話になりました」

 そう覇気がない声でお礼を言い、陸は出発した。


 頬に伝わる涙を感じた。濡れた頬はあっという間にスーツに分解される。

 陸は無言で、目的地に向かってバイクを走らせる。倒壊した建物や、えぐれた地面が流れる中、ひときわ大きな山が見えてきた。

「あの山は…富士山ですね。ここまで来れば、地区10まであと一日です」

 レターが景色を見ながら言った。陸はその言葉に答える気にはならなかった。

 ひどく乱暴な気分だった。もうよくわからかった。

 だから、わざとレターにひどい言葉を投げつけた。

「もし…ここでレターを叩きつけて、それで…俺がどこかに消えたら…どうなるのかな?」

 喉がヒリヒリとした。なんて言葉を吐いたんだろうと陸は他人事のように思った。

「…随分、過激なことを言うのですね」

 いつも通りの感情のない声でレターは話す。

「良いですよ。それもまた私の結末なんでしょう」

 その言葉に陸は、虚しくなった。

「…冗談だよ」

「そうですか」

 そのあと再び、走り出す。もう地区87を出たのが遠い昔のように感じた。ひどく頭が重い。疲れている。ナノマシンでの体のメンテナンスが必要なのかもしれない。


【地区42 静岡】

 暗くなる頃に、次の地区42についた。

 いつものように区長の家を訪れ、驚く区長に対して挨拶をして、泊まる場所を提供してもらった。陸は泊まる部屋のカプセルベッドに倒れ込んだ。

 何も考えたくない。そう思っているときに電脳通話が鳴った。百からだ。

「ろ、陸…」

「どうしたんだ?百」

「あ、あのね…陸のお母さんが…」

 言いにくそうに紡ぐ、百の言葉を聞いて、陸はすぐにわかった。

「そうか…もう…水葬場で‥終わったのか」

「う、うん…き、今日の午後に…ぼ、ぼく、ちゃんと、み、見送ったよ」

「……」

 金髪の薄い髪。枯れた顔。優しい声。温かい笑顔。立派に育ったと安心した顔。

「ごめん。百…ちょっと切る」

「う、うん」

 そう言って陸は通話を切った。枯れたと思った涙は出てくる。

 悲しい、悲しくて、このままもう終わってもいいと思った。

 空も、お母さんも、お父さんもいるなら…向こうのほうがいいとさえ思った。

 電脳通話が鳴る。七からだ。陸は出る気力がなかったので、無視をした。

「悲しいことが続きますね」

「なんで、わかるんだよ」

「水葬場という言葉を聞けばわかりますよ」

 レターが話しかけてくる。だからといって慰めの言葉は投げてこない。

「やっぱり、レターはロボットだ。人間の気持ちなんてお前にはわからないんだ」

「私が慰めたところで、あなたがいま悲しんでいることは消えない。貴方の悲しみは貴方だけのもの。…ゆっくり向き合ってください」

 赤いランプが点滅する。

「死についてすぐに答えを出す必要性はないのです。死ぬ間際にわかればいい。…自分だけがわかればいい」

 陸は黒いロボットを見つめる。

「空は死の向こう側があるならば、レターも行けるって言ってた」

「そうだったらいいですね」

 いつもの感情のない声でレターが応答する。

「ごめん…俺…空がいなくなってから、ずっと最低だ」

「なぜそう思うんです」

「レターに今日ひどいことばっかり言ってる。それにお前を落とした。郵便局員として最悪だ。荷物を落とすなんて。こんなの八つ当たりだ。いくら悲しいからって余裕がないからって言っていいわけじゃない。していいわけじゃない」

 陸は起き上がり、レターに頭を垂れた。

「わかりました。陸が今度、私のことを叩き割るという暴言やロボットだから人間のことがわからないと言ったら、批難するようにします」

 無機質な声なのに、ひどく優しく聞こえた。

「それと落としたことは気にしないでください。最初に言いませんでしたが、私は故障したら、もう直りませんが、その分、丈夫につくってあるんです」

 その言葉に陸は少しだけ笑った。

「空は…ほんとの名前は陸だけど。俺にとっては空だからさ…」

「はい」

「空は…幸せだったのかな…」

 空の濡れた瞳を思い出す。最後は笑っていた。あれは強がりだったんじゃないのか?と思った。

「わかりません。ただ貴方と話してる空は楽しそうでしたよ」

「…」

 本当にそうだろうかと思った陸に。

「客観的な事実を言ったまでです」

「そっか…」

 陸は仰向けになって天井を見上げる。

「俺のお母さんがさ、今日亡くなったって連絡があった」

「…そうですか」

「厳しいところもあったけど、優しくて…好きだった…改まって言うと恥ずかしいから言わなかったけど…言えばよかった」

 じわりと目の縁に涙が溜まる。

「言わないと伝わらないですからね。電脳通話である程度感情が伝わるようになったといえ、人間は独立した個体の生き物ですから」

「ロボットはどうなんだ?」

「私のことですか?我々は群体です。個々の意志は基本的にはないんですよ」

「お前にはあるように感じるぞ」

「私は特別ですから」

「自分の役割は知らないのに、特別な存在ってことはわかるのか?」

 もっともな指摘に、レターは心なしか点滅が早まった。

「えぇ…あなたたちの反応でそう判断しました。ロボットはおしゃべりしない。でも私はおしゃべりです」

 その言葉に陸は頷いた。

「…そうだな…レターがおしゃべりでよかった」

「陸は、帰りは一人で大丈夫ですか?自殺なんてしないでください」

 そう心配するようにいうレターに陸は笑った。

「郵便はな、届けるのも大事だけど、ちゃあんと帰るまでが仕事だからな。俺は12年もやっているベテランだ。だから大丈夫だ」

 それは、自分自身に言い聞かせるようにゆっくりと陸は言った。

「そうですか。私はこの旅が終わってしまうのが寂しいです。それはただ運ばれている身だからでしょうか?」

 そう言って、赤いランプがチカチカと動く。

「…俺も寂しいよ。だけど、きっとこの仕事が終わったときは、ほっとしているんだろうなと思う。旅は大変だった」

「そうです。陸…いま思いついたんですが…いつか…世界に放射能がなくなったときに、私と旅してくれますか?」

 陸はその問いに目を開いた。まるで夢物語だったから。前の陸だったら、そんな世界がくることはありえないと言ってしまったかもしれない。だけど、空の顔が思い浮かんだ。子供を産みたいと一人飛び出した。本人も支離滅裂な夢物語とわかっていたと言っていた。幻想。それでも―――

「あぁ…そうだな…そのときはいろんなところを見に行こう。俺はきっと何も知らないからレター、教えてくれよ。それにその時は、空も誘おう」

 夢を語る。それがありえなくても…言葉にして相手に伝えることは無意味ではないと、今なら思った。

「はい」

「それじゃあ、俺はもう寝るよ。レター。…なぁ、レター…ロボットも夢を見るのか?」

 なんとなく疑問に思った。

「そうですね。稀にみますよ」

 その言葉に、陸は笑った。予想外の答えをレターはいつもする。

「ふっ…そっか。じゃあ、良い夢を…おやすみ」

「えぇ…おやすみなさい。陸」

 その応えに陸は満足して、ゆっくりと眠りに落ちた。


※注釈


 夢:消したはずの記録がときおり泡のように浮かんでくる。

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