9通目 3人で旅をしました。4day
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2*?*年#月#日
とある子供が言った
「もう勉強しなくていいんだって」 ____________________________________________________________________________
朝、目が覚める。目の前にあどけない少女が寝ていた。その光景に陸は頭が真っ白になり心臓が跳ね上がる。
すぐに昨日の出来事を思い出した。体を起こすとレターが話しかけてきた。
「おはようございます。昨晩はお楽しみでしたね」
「なんだ…それ」
陸はレターの余計な言葉に突っ込みつつ、空を起こさないようにベッドから出た。伸びをして、インナーを着た。疲労はない。
「よし。疲れはない」
「ここで充電できたので、今日はぎりぎり日が落ちるまで移動したほうが良いと思います」
日程はまったく予定通りにいっていない。初めてだからしょうがないと陸は思った。
「了解。とりあえず、飯を食べて…それから空を起こして、お別れの挨拶してから出発するか」
そうレターと話していると
「私も行くわ」
「えっ!?」
陸が驚いて振り向くと空が起き上がっていた。
「どうせ暇だし。次は行くのは地区60…までは行けないわね。地区73か、70ぐらいね。地区70には人が住んでるけど。73は放棄されてたわ。だから地区70まで行くべきね」
「空もついてくるのか?」
まさかついてくるとは思ってなかったので陸は戸惑った声を出した。
「そうね。私も助手ってことにしてよ」
「ううん…」
陸はすこしばかり渋った。
「俺は仕事だから…さ」
「邪魔しないわよ。何か問題があるの?」
むくれた顔をする空。
そう言われると、どれが問題かはわからない…。禁止事項なんて何もない…はず。
「レター…こういうのっていいのか?」
「私には判断できません。陸に一任します」
「だよなーいいよなーロボットは無責任で」
頭をかきながら、すねたようにいう陸にレターはこう返した。
「それがロボットの特権ですから」
そんなやりとりをジト目で見ている空。
「ダメって言ってもついてくるけど」
「…わかった。一緒に行こう。じゃあ、何かあったときに連絡とれるように電脳通話を繋ぐな」
そう言って、陸はこめかみを押して空の瞳を見つめた。カチカチとお互いの目が光り、無事につながった。これで、地区89の人達のように離れていても会話ができる。
「ふふ」
電脳通話が繋がって嬉しそうに笑う空に、陸はやれやれと頬をかいている。
「とりあえず。朝ごはん食べて…それから出発だ。空は早く服を着て」
「はーい」
空のしなやかな裸体がインナーで隠れた。
陸は今日の分のドライフードを用意する。空も自分の分を出した。
カプセルベッドの脇にあるテーブルとイスに座った。
「いただきます」
そう言って、二人は向かい合って食べる。相変わらず味はしない。だけど誰かと食べるそれだけで、昨日の朝ごはんよりずっと美味しく感じた。ドライフードと水を食べたあと陸たちは出発した。
陸が先にバイクで行き、空が後ろからついてくる。
合間の休憩で空がレターにはなしかけてきた。
「レターって崩壊前の知識もあるの?」
レターを中腰で覗き込むように空は聞く。
「はい。私はデータベースにアクセスできますから。崩壊前の知識、バリバリあります」
なんだ、そのバリバリって言葉はと陸は呆れた顔をした。空は真面目にその言葉に頷き。
「じゃあさ、ちょっと教えてほしい場所があるんだけど」
「…寄り道はしないぞ」
不穏な言葉にすぐに、陸は待ったをかけた。
「行く途中だから良いでしょ?不思議な場所を見つけたの。昔の人は何を思ってこんなの作ったんだろうって思ったの。住む家でも工場でもなさそうだし…でも数は結構あるのよ…わたし、意味を知りたいの!」
「いいですよ。解説しますよ」
とレターが了承した。
「いやいや…なんでレターが決定してるんだよ…」
「興味がありますから」
あっさりと言われ、絶句した。
「2対1で決まりね!じゃあ、次は私が先頭で案内するわ」
そういうと、空は浮遊バイクに跨り、地面を蹴った。
「はやくー!」
「はぁ…」
仕方がないので、陸もバイクに乗って後ろからついて行く。
あたりは暗くなるころに空の目的地に着いた。地区70の行く途中に空が行きたいと言った場所があった。
陸の感想は。
「なんだこれ」
「ね―不思議でしょう?」
一面に長方形の石が並んでいる。その数は見渡すかぎり数えきれないほどあった
「なるほど。ここはお墓ですね。今で例えるなら…水葬場です」
「…ここで、遺体を溶かしていたのか?」
陸は聞いた。とてもそういう場所には見えなかった。
「いいえ。昔は遺体を焼いて骨にしたあとに墓に納めていました。ちょっと墓に近づいてください」
そう言われて、陸はレターを抱えて墓と言われる石に近づいた。
「長方形の石の下側にドアがあると思います。そのドアを横にスライドして開けてください。壺があると思います。その中に人間の骨が入っています」
言われるままに陸はドアを横にずらすといくつものの壺が入っていた。
「何個もあるよ」
一緒に覗き込んだ空が言った。
「家族になった人はみんな同じ墓に入っていたんですよ」
「家族って普通は両親と子供で3人だけじゃないのか?」
陸達に知っている家族は3人単位だ。墓の中に少なくとも10個ほどの壺があった。
「昔は、何人でも子供は産めました。その子供が結婚して生まれた子供も家族としていました」
「ふーん…贅沢な話ね」
空はレターの解説に、そんな感想を言いながらうなずいた。陸は墓から取り出した壺の中を覗くとレターが言う通り、粉々に砕けた白い骨が入っていた。
「この人達…ずっとここにいるのか?」
ついそんなことを聞いてしまった。
「ここにいる…そうとも言えますし、そうじゃないとも言えます。崩壊前の宗教観は、死んだものはあの世に行き、一年に一度、家族に会いに現世に帰ってくる。そう信じられていました」
今とは違う考えに陸と空はどう反応していいかわからなかった。
「今と全然違うのね。今はすぐ体も骨も溶かしちゃうわ。…一年に一度帰ってくる日もないわね。言い方悪くいうと、すぐ植物の栄養で、次に生きる人達の栄養になるんですもの…」
率直な感想を空が言う。
「…それは、この世界で生きていくうえで、人間が捨てたものの一つです」
空と陸の二人は、墓をみつめた。迎える家族もいないこの場所に、死んだものはいまも帰ってきているのだろうか?ただ静かに立っている石碑はなにも語らない。
「…行こう。ここにいると寂しい気分になる」
陸がそういうと空もうなずいた。
「そうね。寄り道してよかったわ」
「寄り道をもう一か所しましょう」
そのレターの提案に空と陸は思わず、顔を見合わせた。
「お墓を見たのなら、もう一つ見せたい場所があるのです」
「わたし、行きたい」
陸は少し迷ったが、ここまできたら最後まで付き合おうと思った。
「…そうだな。どこに向かえばいい?」
そういうとレターは立体地図を表示した。少しだけ戻るが、大した距離ではなかった。バイクで5分ぐらいのところだ。
「…わかった。そこに行くぞ」
レターの示した場所に行くと、崩れた建物があった。完全に崩れていて、建物の原形はなかった。
「ここに何があるんだ?」
「少し入ってみてください。危ないので十分注意してください。真ん中あたりに人間の形をした像があると思うんですが」
陸は言われるがまま、入って探してみるとあった。金属で作った像があった。ふくよかな男性の像だ。目を閉じ、両手を胸の前に合わせている。
「なにこれ?」
空がレターに尋ねる。
「神様です…神様というのは、なんというかまぁ、いろいろありますが…人間の上位の存在です。人間を作った創造主とも言われてます。死んだ後に会える存在として人々はイメージしたものです」
「ああ…知識としは知ってるよレター。でも、神様?これが?…髪形が変な男の人じゃないか?」
陸が感想を述べる。
「へー…そういえば、似た感じの像、ちらほら見かけて不思議に思ってたの。偉い人の像だと思ってたけど…これが神様の姿なの…?」
空はしげしげと顔を眺めている。
「崩壊前の人類はそれを神様としてあがめていたのですよ」
「どうせならもうちょっとかっこよくすればいいのに」
空がそう難癖をつけている。
「この神様も一例です。世界にはいろんな形の神様がいたんです。考え方も神様によっては違いました。」
「あぁ…そこらへんもちょっとは知ってるよ。それによって争いが起きたってことでしょう?」
空が言った。
「そうです」
レターが肯定する。
「神様の考えが違うから争いが起きるって変な感じ。みんな違っていいじゃない」
空は不機嫌に言う。
「ただ違うだけなら…よかったんです。結局、神様に絡めて領土や法律が作られる。あちらの神様の考えでは罪になるけど、こちらではむしろ英雄とあがめられる…人類の歴史とはそういうものの繰り返しです。共通の偶像を創れば民衆をまとめやすかった。今も使われていますしね…偶像は使われなくなりましたが、共通の認識として人は水に還る。そう教えられているでしょう?」
その考えに陸は苦笑いした。
「身も蓋もなく言うな…レターは。そうだよ。俺はそれに何も疑問は思わないよ」
陸がそう言うと、空がレターに質問した。
「ねぇ…この崩壊前のこの神様の教えはどういうのだったの?」
「そうですね…たくさんの派生があって…正確に言うのは難しいですが…簡単にわかりやすく、単純に言うと善人は極楽浄土に行き、悪人は地獄に落ちるという考えでしたね」
「ごくらくじょーど?じごく?」
初めて聞く言葉を聞き返す。
「極楽浄土は良い所です。気持ちの良い所。そこには飢えも苦しみもない世界です。地獄は死ぬよりも辛い苦痛にさらされるところ…といったところでしょうか?」
「ふーん。死んだあとも続きがあるって思ってったんだ…昔の人は。なんかそれって素敵ね。でも、生きてるだけで、痛い場所が地獄ならじゃあ…いまのこの世界が私にとっての地獄じゃない…」
ヘルメット越しに頭を触る空。
「痛いのか?」
「そりゃあね。でも、痛い痛いってうずくまってるともっと痛いのよ…。ねぇ…レター、貴方がここに私たちを連れてきた理由って、さっきのお墓に入っていた人たちがこの神様を信じてたってこと?」
「そうです」
肯定したレターを見たあと、空は聞く。
「祈りの言葉とかあるの?」
「簡単な祈りは手を合わせることです」
「そう」
そう言って、空は手を合わせた。陸もそれにならって手を合わせた。
ふと発電所の九の言葉が蘇った。
『…不安なときはすがる神様もいなきゃな…例え、実体がなくても。何もしてくれなくとも。心のよりどころが必要だ』
この神様はなったのだろうか?この穏やかな顔をした神様は人々を不安と恐怖から少しでも救えたのだろうか?その問いに応えるものはいない。
「ねぇ…陸はさ…幸せって何だと思う?」
「へ…?」
唐突な空の質問に驚いた声をあげた。
「私はね。嫌だったの。毎日、同じことの繰り返し。不快な感情はないけど…いつのまにか年を取って、気が付いたらベッドの上で最後の時を迎えるんだと想像したら、ちょっとゾッとしたの」
空は上を見上げながら言った。
「だから、飛び出した。短絡的でしょう?今が幸せとは思わないけど…それでも、ずっとうだうだ考えているよりは、こうやって外に飛び出してさ…わかったの。外はとても過酷で…あの環境がいかに苦心して作り上げてきたものだったかってさ」
そう言って、空は体を軽やかにくるりと一回転させた。陸はその動きに目を細めた。
「幸せか…俺は…きっと、その問いから目をそらしてきた。だから…幸せって何って聞かれたら…まだわからないよ…」
「そう。でもそれって、きっと今が幸せってことだと思うよ。ねぇ、レターはわかる?」
意地悪な声で空がレターに聞いた。
「私はわかっています」
「へー…いうじゃん。それじゃあ、早速教えてよ」
「幸せとは夢を叶えることですよ」
その答えに陸も空もハッとした気がした。
「そして、私にも叶えたい夢があります」
「それって、なんだ?」
陸は思わず聞いた。
「秘密です」
その回答につい、空と顔を見合わせて笑った。
【地区70 岡山】
そうやって、寄り道した後、黙々と次の目的地まで走った。
なんとか周囲が暗くなるころに、地区70に着いた。あたりに人の姿はない。陸はバイクを止めて、後ろにいる空に言った。
「とりあえず、区長の家に挨拶して…休ませてもらって、それから明日の朝、充電して出発だ。それでいいか?空」
「え…?」
空はぼうとしていたようだ。聞いてなかったようだ。
「区長の家に挨拶に行くけど…疲れてるみたいだし空はとりあえず、外で待っててくれないか?」
「わかったわ」
陸は地区70の区長に挨拶をする。いつもの驚いた反応だった。他の地区同様、驚きつつ歓迎してくれた。ここの区長の名前はスリーと言った。
「それで…あの実は助手がいまして…あの…おこがましいのですが…ベッドを二つ借りられたら助かるのですが…」
「あぁ…良いですよ。空いている家がありますので、そちらに案内しましょう」
地区70の区長スリーは特に不審に思わず、陸の申し出を快諾した。そのことに陸は騙してるように感じて、少しばかり良心が痛んだ。
区長のスリーに空いてる家に案内してもらったあと扉の前で別れた。
さっそく放射能の消毒をしてから、家の中に入った。陸はレターを机に置くと、すぐにスーツを脱いだ。
「あーーやっぱ、ずっとスーツ着てるのしんどい」
脱いだあと、すぐ近くにあった椅子にドカッと座った。
「今日も、お疲れ様です。これで半分も過ぎたところです。あともうちょっとです。陸」
「ちょっと…だらしないんじゃない?」
さっそくスーツを脱ぐ陸に空が顔をしかめている。
「空も、楽にしたほうがいい。疲れてるだろう?」
その言葉をうけて、空も、もそもそとスーツを脱いだ。
「部屋は一人ずつあるからな」
そう言って、陸は近くの空いてる部屋に入った。室内は陸が住んでる家と変わらない。地区89の自分の家が恋しくなった。
陸はインナーも脱いで、裸になってカプセルベッドに寝転がる。レーザー洗浄が始まる。肌が少しぴりっとくるが、気持ちいい。
「はー…気持ちいい」
陸がうっとりとしていると部屋のドアが開く音がした。そちらの方に目を向けるとレターを抱えた空が立っていた。
「どうした?」
「…一緒に寝ていい?もちろんレターも近くに置いて」
「せっかくなので、みんなで寝ましょう。陸」
空とレターの意外な提案に陸は目を丸くした。
「な、なんだよ…お前ら。せっかくの個室なのに」
そう言う陸の抗議を無視して空は陸のカプセルベッドの中に入ってきた。
「みんなでおしゃべりしながら寝ようよ。そっちのほうがいいわよ」
そういう彼女の幼い顔を見て、陸は仕方がなく空が寝れるように体を横にずらしてスペースを空けた。
「ふふ。ありがとう」
空の柔らかい声音だった。細い体が横たわる。
ふぅっと困ったように、頬をかいていると陸の電脳通話が鳴る。七からだ。空の方を見て言った。
「ちょっと通話に出る」
陸は通話に出た
「こんばんわ。いつもと変わりはない?」
いろんなことがありすぎて、なんだか久しぶりに声を聞いた気がした。
「こんばんわ。七さん。いつもと変わらないです」
「それは、よかったわ。ところで、昨日の推理の続きなんだけ」
そう言われて、陸は思い出した。七はレターの正体の謎を解きたいと言っていた。
「えっと…名前がヒントでしたっけ?つまり、手紙じゃないかという」
「そう…私の推理だとレターは名前の通り手紙なんじゃないかしら」
「でも、今どき手紙って…電脳通話がありますし、容量が大きいなら、政府だったらデータベースに上げれば問題ないと思うんですよねー」
「データベースにあげたら不味い内容とか…」
「…それはどういう意味ですか?」
「これは私の願望交じりの妄想なんだけど…もしかして核の灰がなくなりつつあるという内容かも…というのを考えたのよ。それで、AF区からこっそりJA区にそのことを教えている手紙ということよ。データベースに上げると、他の地区と共有されちゃうから。つまりは他のCA区やAM区には知られたくないということよ。それがレターの意味よ。放射能がなくなり、自然環境が再び戻れば、また差別が生まれる。国が生まれる。血族が生まれ、貧富が生まれる。これはその差別が生まれる第一歩の手紙というのはどう?」
中々、パンチの聞いた推理だと思った。
陸はその言葉を聞いて、空の顔をちらりと見た。彼女に会わなければ、七の言葉にピンとこなかっただろう。差別が生まれる。この厳しい環境でさえ、自由を求めて、夢のために離反する人間がいる。陸は空が間違っているとは思わない。ただ…
「あれ?陸くん悩んでるね?どうしたの?なにかトラブルがあったの?」
陸の感情が伝わってしまい、七が心配するのが伝わった。
「私のこと。話していいわよ」
さきほどの陸の視線でなにかを察したらしい空がジト目でこちらを見ていた。陸は頭をかきつつ、七に空のことを話した。
「えっと、実は道中で女の子に出会って…それで…自分の地区から飛び出してきたって…理由は…あの大人になる手術を受けたくないと言う理由で」
「え?それって去勢手術のこと?」
「ええっと…そうです」
その言葉を聞いて、七は息を飲んだ。
「いつ飛び出して、どのくらいの期間を一人で過ごしたの?」
「半年です」
「そんな…電気もないのに…、どうやって…もしかして…廃棄された地区を使ったの…?じゃあ、他の職業のマイクロチップを飲んだの?」
「はい…」
息を再び飲み込む。七の動揺が伝わった。
「その子は…もう…」
「本人もわかっているみたいです。常に脳はオーバーしてて熱いです。おでこに冷却剤を張ってますが…熱いです」
「あぁ…そう…そっか…」
静かな沈黙が流れた。話したところで七は困るだろうと思っていたが。
「…あのさ、陸くん…もし荷物を運び終わって、まだその子が大丈夫なら、ここに連れてきなさい」
意外な提案に陸は驚きを隠せなかったが、七の静かな覚悟を感じた。
「え?でも…」
「去勢手術については、させないように私がどうにかするから。…君、すごい拾いものしたね…っていう言い方もよくないわね…でも人として、尊敬するわ」
ありがたい提案に、陸は感謝した。配達が終わったあと、空を置いていけないと考えていたし、どうすればいいのだろうかと少し悩んでいた。
「…七さん。ありがとうございます」
「うん…だから、その子と無事に帰ってきなさい。待ってるから」
「ねぇ…いつまで、通話してるの?」
痺れを切らした空が、驚くほど顔を近づけていた。
「うわぁ!」
陸は驚いて悲鳴を上げる
「…さては好きな人?そうでしょう?」
「ええっと…」
陸がなんていうべきか迷っていると、七が話しかけてきた。
「陸くんの負担が大きくなって申し訳ないけど、ちょっと共有できる?」
「はい。そんな長くできませんが。空、七さんと共有したから」
「こんにちは。空ちゃん」
陸の口から、そんな言葉が出てきた。マイクロチップを共有すると相手を少しだけ動かせる。これはお互い、信頼していないとできない通信だ。
「…なんか陸の声でそう言われると嫌」
「しかたがないだろう」
本当だったら、陸と空、七の電脳通話したほうが3人で会話できて良いのだが…空の脳が堪えられない可能性があるので、陸を通して伝えている。
「えっと私は七。陸くんの地区の原材料の生産工場を管理してるのよ。工場長よ。貴方の話は聞いたわ。空ちゃんさえよければ、配達が終わった後、私たちの地区に来ない?ちょうど助手がほしかったのよ」
「それは手術をする前提?」
その提案に、空は目を鋭くした。
「いいえ。私が区長に掛け合って、させないわ」
「…ただの工場の管理者にそんなことできるの…?」
怪しむように言う空に。
「ふふ…私は優秀だから…ね」
その言葉に空はぱちりと驚いた顔をしたあと
「ふーん…自信たっぷりなのね…考えとくわ」
「会えるのを楽しみにしてるわ。じゃあ、陸くんも限界みたいだし、通話はきるね」
七との通話はきれた。
「はあー共有の通話はすごく疲れる」
そう息を吐きながら、陸が言うと。
「貴方のところの管理者、随分自信過剰な人がいるようね」
「七さんは、良い人だぞー」
「はいはい」
少しむっとした顔をした空は顔をそむけた。
「それで?」
「ん?」
陸は空に顔を向ける。
「私のこと話す前に、何か長くはなしてたじゃない。何を話してたの?」
「あぁ~七さんと、レターの謎について話してたんだ。このロボットはなんのために地区10に行くんだろうねっていうね…目的は機密事項だから俺達には教えられていないんだ。だから、いろいろ考えて道中楽しんでいるんだ」
「ふーん…」
「空も一緒に考えてみないか?色々な意見がでて面白いぞ」
頬をついて、空は陸を眺めている。
「たとえば?」
「まずは俺の説は、レターの正体は人間の脳みそ説。地区10まで運ぶ意味はわかんないけど、ロボットにしてはフランクすぎるしな。で、七さんの説は手紙説だ。AF区からJA区に他の地区には秘密にしておきたい内容がレターの中にあるんじゃないかっていう説だ。七さん的には核の灰関連じゃないかと睨んでいるとのことだ」
指を折りながら、空に説明する。
「空はどう思う?」
「本人に直接聞けば、はやくない?ねぇ…レター?あなたはどっちの説が正しいと思う?」
カプセルベッドの脇に置いてあるレターに空は問いかける。
「わかりません」
「むぅ…」
赤くチカチカ光っているランプを睨む。
「まぁ、そういうことだ」
「わかったわ…私も考える」
そう言って、顎に手を当ててしばらく熟考したあと空が口を開いた。
「どっちの説も違うと思うわ。まずは陸の説。仮に人間の脳みそが入ってたとしても、レターは食べることを必要としていない。生物である限りエネルギーを消費するわ。だから、レターの中に脳みそが入ってるなら、レターは毎日ドライフードを補給もしくは、エネルギーになるものを摂取しないといけないわ。だから陸の説は違うと思う」
その言葉に陸は目を見開く。なかなか鋭い着眼点だ。
「七…さんの説も違うと思う。確かに良いところツイてると思うわ。名前はその物の役割を与えられる。レターは手紙という説は完全に否定はできないわ。仮に重要な手紙だったとしても、不自然な点がある。それはレターがおしゃべりすること。手紙だったら話す機能はいらないわ。だから、七さんの説も違うと思う」
「じゃあ、空の考えはどうなんだ?」
陸は目を輝かせて聞く。
「そうね…手紙という役割だけだったら、レター自身にデータベースのアクセス権も付与されないと思う。高度な思考プログラム。なにより、飛行ロボットでの運送じゃなくてわざわざ配送員で運んでいること‥‥それを踏まえて…レターは感情を完璧に伝える手紙っていうのはどう?」
誰への?と陸が聞く前に、空は頭を両手でおさえた。
「…っ」
「頭痛いのか?大丈夫か」
陸が恐る恐る額を触ると、冷却材を張ってあるにもかかわらず熱かった。
「ごめん…頭を使わせた」
「いいの…楽しかったわ…でも今日はもうダメみたい」
額に添えられた手を空は上から重ねた。
「冷たい…気持ちいい」
その言葉を聞いて、陸はもう片方の手も空の頬に添えた。
「頭が冷えるまでこうしとくよ」
「ありがとう…陸」
そうやって、冷やしているとすぐに空は意識を手放して寝た。規則正しい寝息を聞いて陸は少しだけ安堵した。
「空は大丈夫ですか?」
「…いまのところはな」
少しの沈黙のあと
「彼女の考察はなかなかですね。なるほど。もともと脳のスペックが高いのかもしれません」
レターの言葉に陸は
「総務で働いていたと言ってたな…そうか…区長候補もそこから出るもんな…」
「候補だったのかもしれませんね」
「レター…」
陸は何かをレターに聞きたくなったが、…何を聞けばいいかわからなくなった。結局出た言葉は
「おやすみ」
「はい。おやすみなさい。陸。良い夢を」
※注釈
カプセルベッド:繭のようなカプセル型のベッド。体の洗浄から睡眠までとれる優れもの。寝心地は横になるとすぐに寝るぐらいに良いもの
健康チェック:放射能に汚染された世界なので、定期的にチェックをしている。なにかしらチェックにひかっかった場合はその日は休みになる。その間に体内にあるナノマシンが、癌細胞や細胞のクリーニングを行う。
総務部:区長が属している部署。全ての施設の管理など区の全てをつかさどる部である。優秀な人達が多い。
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