末文

13通目 それでは

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 2*?*年*月+日

 とある孤独な人間が言った。

「君と出会うまで僕は、寂しかった。だけど、君と出会ってから私は幸せだった。でも、僕は君が幸せだったかどうかは考えなかった。だから、どうか…ボクの分まで生きて、幸せになって。ボクの友達」

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 扉が開いたその先は、見慣れた消毒室だった。

「とりあえず、消毒ですね」

「だな」

 浮遊バイクにレターを乗せて消毒室に入った。

 レターと陸は、いつも通り消毒されたあと奥の扉に入った。

 その先は広々とした空間が広がっていた。誰もいない。

 陸が立ち尽くしていると、奥の通路から足音が聞こえた。

「地区10にようこそ。陸クン」

 心地の良い声だった。奥から現れた人物は柔和な青年だった。

 陸はその青年に奇妙さを感じた。若いのに、年老いてるようだ。そのあべこべの印象に陸は、気圧された。

「えっと…」

 その不思議な人物は赤い瞳で微笑んだ。透き通る肌に白い髪。白いシャツに黒いズボンを着ていた。不思議なことに陸はこの人物に対して、なぜか好意的な気持ちだった。

「えっと…あなたは…?」

 微笑んでいる青年に陸は聞いた。

「ボクは地区10を管理してる区長兼、このJA区の総括もしている。名前はレイと呼んでください。よろしくね」

「よろしくお願いします。あ、えと…レイさん…その依頼された通り、レターを届けにきました」

 陸はバイクからレターを持ち上げて、レイに差し出した。

「レター?」

 レイは不思議そうな顔をしたあと、レターを受け取った。

「あぁ…なるほど。はい、ここまでご苦労様です」

 そして、レターに向かってレイはこう言った。

「そして、パンドラ」

 その言葉に陸は違和感を抱いた。レイはそのままレターに語り掛ける。

「旅はどうだったかい?パンドラ?」

「そうですね…とてもよかったです。退職手当としては申し分ありません」

 二人の会話を聞いて、陸は思わず口をはさんだ。

「ちょっと、待ってください!どういうことなんですか?パンドラって…そのロボットはレターじゃないんですか?それにレターは…ここにくるのは初めてなはずじゃないのか?」

 その言葉を聞いたレイは

「ふーん…そうか…彼になにも説明してないんだ?」

 手に持っているレターに問いかけた。

「…。なにも説明していません。…旅ですから、少しミステリーがあったほうが楽しいじゃないですか…そういうことです」

 その言葉に、レイは苦笑いをもらした。

「まったく聞いた通りだね…パンドラは…」

 そう言って、レイはレターの平たい表面を撫でる。

 その会話に陸はますます顔を困惑に染めた。

 レターは自分の役割を知らないと言っていた。でも、このレイとの会話では全てを知っているように聞こえる。

 そうだとするならば、ロボットが人間にということになる。その事実に陸は頭を殴られたような感覚になった。

 レイは陸を見た。

「えっと…陸くんだっけ?じゃあ、歩きながら説明しよう。今日はもう遅いし、君が今日、泊る部屋にも案内するよ」

 そう言って、レイはゆっくりと歩きだす。陸はその後ろをついて行くしかなかった。

「えーとパンドラ…っていうよりはレターと言った方がわかりやすいかな?レターはね…AF区から来たのは間違いないよ。ずっとAF区にいたんだ…いや、これは正確じゃないか…もともとはJA区…というかJA区という言い方も違うね…うーんとちゃんと言うとレターは日本で作られたんだ」

 陸はレイの細い背中を見つめた。

「それって…崩壊前ってことですか?」

「そう2100年以前…正確にはレターは2075年につくられた」

 その言葉に陸は目を開いた。

「ということは、作られてちょうど75年も経ってるのか…すごく…古い…いや…アンドロイドじゃないって言ってたけど…それでも、部品の取り換えをしないと…レターだってさすがに壊れるはずじゃあ…」

 陸は言った。その言葉にレイは答える。

「あぁ…アンドロイドね…彼らはあまりにも多くのことをできるように作られ過ぎた。だから、繊細なんだよね」

 何回か頷いたあとにレイは続ける。

「でもね、アンドロイドと違って、レターにできることは、せいぜいおしゃべりと解説ぐらいだ。それでも、十分すごいロボットなんだけどね」

 長い簡素な白い廊下を歩く。廊下の先は広間になっていた。レイは一度、陸の方を振り向いたあと

「長い話になるけど?どうする?一度寝てから聞く?」

 このままじゃ、もんもんとして眠れないと陸は思った。

「このまま聞きます。というか…俺みたいなただの郵便局員に話していいんですか?」

 もっともな疑問をぶつける。極秘任務についてあっさりと話してくれそうな雰囲気に陸は戸惑いを隠せなかった。

「陸には知る権利がある。と私は思います」

 そのレターの言葉にレイは頷いた。

「ま…そうだよね。タイミングもちょうどいいしね。それにボクらはそこまで冷たくない…と思う。うん。わかった。じゃあ、君が泊る部屋じゃなくて、あの部屋に行こう」

 レイは大広間を通り過ぎ、建物の最深部へ進む。

 大きな扉の前に止まり、バーコードに手をかざすと扉が開いた。その先には見たこともない巨大な機械が置いてあった。陸は機械を仰ぎ見た。見上げた天井も高い。

 機械の前には机といすが置いてあった。レイにイスに座るように言われ、レイと向かい合うように陸は座った。レターは机の上に置かれた。

「まずはこの仕事についての意味だけど、地区89鹿児島から地区10東京まで運ぶことは、レターの願いだったんだ」

 レイは机の上に両手を組んだ。陸はその手を見つめながら聞いた。

「レターの願い…?どうして、政府が…ロボットの願いを聞くんですか?」

 陸はさっきから疑問しかない。レイは頷いた。

「ボクたちなりの労わりだよ。じゃあ、本人に語ってもらおうか」

 ポンポンとレターを軽く叩く。

「面倒ですが…この場合は、仕方がないですね。私が蒔いた種ですし。さっきも少し話しましたが、私は日本で作られたロボットです。私の製作者は片田舎のしがない老人です。独り身で話し相手として私を製作しました。彼の名前は忘れてしまいました。私は彼のことをずっと“先生”と呼んでいました」

 レターは赤いランプをゆっくり点滅させた。まるで昔を思い出すように。

「陸も知っての通り、2100年に世界は崩壊した。そのあと食料やエネルギーの確保のために戦争が起きます。そして、その戦争で人間は自らの首を絞めます。その1年後に人間は絶滅の危機に陥ります」

 赤いランプが、点滅をする。

「生き残るために、この社会システムを発案した人がいました。争うのはやめて、一つになろうと提唱したのは現在のAF区…昔の名称で言うと大国アフリカの大統領です。陸の学んだ歴史通り、すべての人間は救えなかった。生き残る人間の選別がありました。そして大半の人間が死にました。選別を通った人間は、一握りの大人と赤ん坊です」

「思想の漂白…だっけ」

 陸は習った言葉を出す。

「そうです。国家も民族も宗教も捨てる。切り捨てた。私の製作者は2101年当時はすでに100歳でした。だから、崩壊前の思想に染まりまくってますし。当然、そんな老いぼれは選別に通りません。だから先生は選別を受けなかったです」

「ちょっと…待って!100才?そんなに長く生きれないだろう?」

 陸は話がそれることがわかりつつも、そう口をはさんだ。

「…、…そうでしたね。陸たちは35歳ぐらいが平均的な寿命でしたね…2100年以前の人間は最長150年ほど…生きました」

 その言葉に陸は再び、ガンっと頭を殴られた。

「寿命がそんなに違うのか……俺達が短いのは放射能のせいなのか?」

 彷徨うような陸の視線にレイはゆっくりと頷く。

「…話を戻しましょう。先生は生き残れないとわかっていた。だから変わりに政府に私の保護を頼んだ。もちろん役に立たないロボットだったら、保護しなかったでしょう。ですが…微妙に役に立ったのですよ。陸達がいま楽しんでる娯楽のデータのオリジナルは私の記憶媒体からコピーしたものです」

 今日だけで何回驚けばいいんだろうかと陸は思った。レターの平坦な声は続く。

「もちろん、それだけじゃないですが…ある程度の技術的なデータから…雑多な知識まで私の記憶媒体に保存されていました」

 陸はゆっくりと情報を飲み込むように唾を飲んだ。

「残った人間は放射能の中で生きていける仕組みを作らなければいけなかった。私は当時の技術の水準でみると低い技術で製作されていました。それでもないよりはマシだったんです。当時の政府にとっては…それがどれだけひっ迫していたか…ということにもなるのですが…」

 赤いランプがゆっくりと点滅している。陸はその灯りをじっとみつめた。

「政府は私のデータが利用する価値があると判断し、先生の申し入れを承諾、保護しました。そして私は日本からアフリカへ引き渡されました。その後AF区と名称を改めて…約50年間そこで働いたんですよ」

 陸は、レターの話をじっと黙って聞いた。

「私はアンドロイドたちのように繊細ではなかった。言うならばアンドロイドと作業用ロボットのあいだですね。性能は中途半端です。だから、50年間ものあいだ、なんとか今日まで起動できました。陸に最初に言いましたが、もう交換できる部品はないです。そして、私の中にあったデータはすべてバックアップ済みです。政府は私を保護する必要性はもうないと判断しました」

 その言葉に陸は驚いて聞く。

「…処分するってことか?じゃあ、なんでわざわざJA区の地区10まで運んだんだよ」

 その疑問にレターの代わりにレイが応えた。

「うーん、ここまで運んだのは50年間、働いてくれたロボットへの退職手当みたいなものだよ」

 レターがまた語る。

「先生は私を政府に引き渡すときにこう言いました。これは私の子供です。この子は人間と同じ魂が宿っている。私は魂を作ったんだと」

 その言葉に陸は、目を開いた。

「そんなことできるのか…?ロボットで魂を作るなんて」

 陸の言葉にレイは肩をすくめる。

「いまだに実証はされていないよ。もちろん。当時の政府はただの詭弁だと思いました。壊さないための嘘だと思っていた…でも、どうしたことか、このロボットは嘘をつくし、気分によってはやらないこともあった。さらに気が合わない人だと黙るというね。一緒に仕事をしていくうちに、私たちは…パンドラを…レターを…まるで人間そのものだと思うようになった。人間と同じ、自由意思があるロボット。では、魂はどうやって証明すればいい?」

 レイはそう言って指で机をトントンと数回叩いたあと、目を閉じて言った。

「作った設計図もその先生も、もういないんだ」

 レイはレターを撫でる。

「証明ができなければ、魂はないと否定はできない。だから、ボクたちは魂があると仮定することにしたんだ。だから、役目はもう終わったからと、ただ壊すのはあまりにもひどいだろう?ボクたちは廃棄するまえにレターに退職手当を出すことにしたんだ」

 少し目を細めてレイは笑った。

「そしたら、図々しくもレターから3つも要望があった。1つ目は日本に帰りたい。2つ目は旅をしたい。3つ目は過去に行きたい。これでキミの疑問は少しは解消できたかな?この配達はレター自らの願いだったんだ」

 陸はゆっくりと言葉を咀嚼する。

「すこしは。…この配達はレターの退職手当で、願いだった。その…3つ目の過去に行きたいって…タイムマシンってことですか?でもあれって、完成できなかったって…」

 その言葉に、レイは笑う。

「そう…は完成できなかった」

「え?」

 陸の顔を見て、レイは微笑んだ。

「…生き物を乗せると、どうしても原子分解されてしまうんだ。だから、生きている人間は過去に行けないと証明された。だけど、肉体がないデータだったら…過去に行けるんだ」

 その言葉に、陸は唾を飲みこんだ

「…、…レターをデータ化して過去に送るんですか?そうなったら…もしかして未来は変わるんですか?」

「それはもう証明されている。政府は過去にデータしか送れないと判明してから、過去に何回かデータを送ったんだ。やはり放射能まみれになった世界になってほしくないからね。でも、この未来は変わらなかった。過去も変わらない。分岐点が作られるだけだった。そこから新しい可能性の未来が出来て、それはそれで進んでいくということがわかった」

 レイは目を閉じて、静かな声で言った。

「あの…この大きな機械はタイムマシンなんですか?」

「そうだよ」

 タイムマシンを見上げたレイは言葉をつづけた。

「ボクたちはレターのことをパンドラと呼んだ。レターはボクたちに自らの名前を名乗りませんでした」

 レイはレターをゆっくりと撫でた。

「パンドラと名付けたのは、そのときの政府関係者です。このロボットはあの災厄の時代から…希望になってほしいと思ったんでしょうね。でも、まさか陸クンに“レター”なんて名乗るとはね…」

 その言葉に陸はレターを睨む。

「そうだ!お前はどうして嘘ついたんだよ。AF区の記憶はないのも嘘。極秘任務の内容を知らないのも嘘!ロボットのくせに…だいたいレターってなんだよ…、それってお前の本当の名前なのか?違うならじゃあお前の本当の名前は?」

 その陸の質問に、レターは少しの沈黙を持ってこたえた。

「ロボットだから嘘をついてはいけない。ってことはないんですよ。少なくとも私を作った先生は、私に自由意思を与えました。嘘をつくことを許してくれました。レターは私が自分で名付けました。これからの私に相応しい名前です。だから、本当の名前ですよ」

 陸はこめかみを抑える。

 新しい情報が多くて頭が痛い。

 感情も追いつかない。

 その陸の様子にレイは

「休みましょう」

 と提案した。

「…でも、休憩して明日の朝になったら俺は…もう帰らないといけない」

「2~3日ぐらいここにいてもいいですよ」

 そのレイの言葉に陸は首を振った。

「持ってきた食料がもたない」

「あぁ…それだったら、ここにいる間は君の食料を出しますよ」

「え!?」

 陸は顔をあげた。

「多少の備蓄はあるので…2~3日ほど遅れても、支障はないでしょう。とりあえず、今日は休みましょう」

 そう言ってレイはレターを抱えて立ち上がった。

 陸はレイの提案に反対する理由もなかったので無言でついていった。

 レイは部屋を案内した。部屋の中は、いつもの見慣れた作りだ。カプセルベッド、健康スキャナー、簡素な椅子に机。

「それでは、また明日。陸くん」

「…ありがとうございます」

 レイと、彼に抱えられたレターは再び廊下の奥に消えていった。

 陸は1人、部屋に取り残された。

(疲れた)

 すぐにベッドに倒れこんだ。

 今日、聞いた情報を考える暇もなく、陸の意識は沈んだ。


 

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