主文

5通目 出発します。1day

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2*?*年(月#日

とある政治家は言った

「結局、私たちは分かり合えなかった。譲らなかった。それだけの話さ」

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 地区の周囲は柵や門というものはない。地区外に出ようと思えばいつでも出れるのだ。

 だが、防護スーツと電気がないと生きてはいけないこの世界では、あてもなく地区の外に出るのは死を意味している。陸も今回のこの仕事がなければ出ようとは思わなかった。息を一つ吐き、決心するように進もうとしようとしたところで、道を知らないことを思い出した。

「おっと…そうだった」

 陸は後ろを振り向き、後ろに積んである黒いロボットを触った。金属の冷たい表面。随分古いデザインのごつい赤いランプがついている。陸は区長から説明をうけたとおり、ランプの横にある小さいボタンを押した。

 小さな音をたてながら、黒いロボットは起動した。

 ロボットは陸に、ロボットがよくする定番の質問をしてきた。

「貴方のお名前を教えてください」

 男性とも女性ともとれる中性的で無感情の声だ。

「俺は、地区89 郵便局員の陸だ。」

 陸の声に赤いランプが点滅し反応した。

「認識しました。よろしくお願いします。陸。…私の名前はレターと言います。どうぞレターと呼んでください」

「よろしく…あっと…レター、さっそくだけど地区10までの道筋を教えてくれ」

「わかりました」

 レターの上に小さな立体の地図が表示された。

「おお…!立体地図…!?」

 陸は驚いた声を上げた。

 電気をかなり使うので、立体映像はもう使われなくなった。今は脳の微粒信号を使った映像認識で見ることが主流になっている。

「今の位置はこちらです。矢印の向きに進んでください。また地図を表示するのにもエネルギーが必要です。常時表示はできません。必要なときにだけ使ってください」

 陸はこめかみを押し、今の地図を記憶する。予想通り、地区10は遠かった。

「大丈夫だ。方向が狂ったときに使わせてもらうよ。ん…それじゃあレターも必要なとき以外は電源を切っていた方がいいのか?」

「私の電源はつけたままでお願いします」

「わかった。あとレターの充電方法はどうすればいい?」

 どのぐらいの頻度で充電しないといけないか確認する必要があった。必要な時に電気が切れてしまったら、陸にとっては死活問題だ。

「私は充電なしで2週間程度なら持ちます。まぁ…充電できるならしてもらいたいですが」

「え…!?マジで…いや…でも政府の極秘のロボットならありえるのか…?」

 陸はその長い起動時間に驚きを隠せなかったようだ。作業用ロボットは、力仕事が多いので4時間働いたら1時間の充電が必要だ。

 その点、レターは足も手もなく言葉を発するだけなので、作業用ロボットよりずっと起動時間が長い。

「陸。それでいつ出発するのですか?今は午前9時です。今から出発すれば、夜には地区86に行けます。長時間の運転は気を付けてください。4時間運転したら休憩をすることを推奨します。長時間の運転は事故になる可能性が高くなります。安全運転でいきましょう」

「あ、あぁ…!わ、わかった!すぐに出発する…」

 陸はレターの言葉を聞いて、慌てて出発した。


【一日目:地区89→86】

 陸は生まれて初めてこの地区を離れた。というかこの地区の中で唯一、地区外に出た人間になった。そのことに緊張した。

 浮遊バイクは見た目は真新しいが、機種自体は陸が今まで使っていたものと同じものだ。丸い車体がにぶく光っている。色はもちろん郵便局の赤色だ。

 地区外は、コンクリートの道路がずっと続いていた。亀裂が入り荒れ果てている。整備は随分前からしていない。陸が乗っているバイクは浮遊してるので、あまり関係ないが徒歩だと大変だろうと感じた。

「なーんか…考えてみれば、結構、不思議だよな、今回のこの仕事。それに、今まであんま、地区の外って興味なかったからなー」

 そう陸は独り言を言う。明確な根拠はないけど、なんともふわふわと覚束ない不安があった。陸は走り出す前にこめかみをタップし地図を確認する。地区89の一番近い地区86は道路沿いに進めば問題なく着くはずだ。

「よし!」

 陸は気合を入れて、浮遊バイクで進む。漕がずに進むのは快適だった。陸は流れていく景色の珍しさに目を奪われながら運転した。

「知識としては知っていたが、実際みるとすげー」

 とまた、独り言をこぼした。地区の外は、崩壊前の建物がかなり残っている。荒れ果て、朽ちていたが尖ったり、四角だったり、いろんな建物の残骸があった。


「陸」

 名前を呼ぶ声を陸は無視した。

 脳の不具合だと勘違いしているようだった。

 もう一度呼びかけた。

「陸」

 その逞しい背中に向かって声をかける。

 陸は驚いたように、バイクを止め後ろを振り向く。当たり前のように荒れ果てた景色があるだけで誰もいない。

「え…気のせいだよな」

「陸。先ほどから呼んでいます」

 陸がレターに視線を向ける。赤いランプがチカチカと抗議するように点滅している。

「…え…今、名前呼んだの…レターなのか?」

「そうです」

 陸は唾を飲みこんだ。普通のロボットは人間が指示をしない限りは動かないし、呼びかけない。

「な、なんのようだ?」

 陸が恐る恐るレターに話しかける。

「道中、私とお話をしませんか?」

「はぁ…?」

 そのレターからの突然の提案に、つい陸が声をあげる。

「なんで…?」

 陸が理由を聞いてきた。

「…そうですね。暇だからです。理由はありません」

「えぇ…!?…暇!?ロボットって暇って思うのか…!?うーん?」

 少し考えたあと、陸は掌をポンと叩いた。

「あ!…レターってもしかして、区長や局長は否定してたけど、やっぱアンドロイドてやつなのか?たしか、ほとんど人間みたいなロボットなんだよな。部品やメンテナンスの問題で、今はいなくなったけど…」

「…人間のように考えるロボットをアンドロイドと定義するならば、私はそれに限りなく近いです」

 含みのある言い方をしたのに、陸は無邪気に喜びをにじませた。

「やっぱり!俺、アンドロイド始めて見たよ!帰ったら、局長や拾四に言わなきゃな…でも、見た目は人間そのものだったはず…」

 そう言って、レターを見つめる陸。レターの姿に疑問に感じたようだが陸は話を戻した。

「あ、えっと俺と道中、話したいって?暇だからって…!はは…面白いな!いいぞ…一人で運転するのは気が滅入りそうだったんだ」

「よろしくお願いします」

 陸が前を向いて運転を再開するが。浮いたバイクが再び地面におろして、振り向いた。

「ちょっと待て。アンドロイドって部品の製造ができなくなったからいなくなったと聞いてるんだけどさ。お前ってもしかして、めちゃくちゃ希少なんじゃないのか?」

「そうです。壊れたら修理は、現状無理です。人間的に言うと死にます」

「…壊したら修理できない…?死ぬ…」

 陸の声から緊張が伝わった。

「そうです」

「うわぁ…き、気を付けよう」

「丁寧に扱ってください」

 それはレターを迂闊に落としたりできないということだ。

 陸は緊張で口の中が渇いた。

 

 陸が緊張を紛らわすようにレターに問いかける。

「…しかし、この先、人間が住んでる地区が本当にあるのか?荒廃した景色ばかり続くと…俺が住んでる地区しか人間はいないんじゃないかって思っちまう」

「JA区は少なくとも20か所ほど人間が住んでいる地区があります」

「…わかるのか?どうして…AF区にいたお前にわかるんだ?」

「わかります。私は政府のデータベースにアクセスできます。現状のJA区についてはある程度把握できますし、その他の地区についてもわかります」

 その言葉に陸は驚いた。

「へー、そいつはすげーな…ちょっと安心したけど…自分の目で確認するまではちと不安だな」

 しばらくするとレターが再び話しかけてきた。

「陸はこの景色を見てどう思いますか?」

 感情のない平坦なロボットの声が世間話をする。

「…、え?どうって…というか、やっぱロボットからこういう抽象的な質問されるの慣れないなー」

 健康チェックなどの時にロボットから体調について質問することはある。それは感情的なことを全く聞かない。事実だけを求める。

 だから陸はとても奇妙に感じた。はたして感情的な感想を述べて、…このロボットは理解できるのだろうか?と思っていた。陸はものは試しに言ってみた。

「うーん…どう思うって言われてもね。もうこの建物を使った人間はいないしなぁ。ただ…こんなに建物がたくさんあるんだなって……人類はこんなに繁栄していたんだって思う…そのことについて考えると不思議な気分になる。こんなに繁栄していたのに、崩壊しちまったんだなって。ここを使ってた人達は、もうだれも生きていないんだなぁ」

「陸は世界が崩壊した理由をご存知ですか?」

「そりゃ!一応、義務教育で習うからな」

「私に教えてくれませんか?」

「えぇっ!?レターはロボットで、しかもアンドロイドだろ?政府のデータベースにアクセルすれば一発だろうし、しかも多分俺達が知る歴史より、そっちの方がずっと詳細に書いてあるだろ?…それにロボットに教えたところでなんになるんだ?」

 陸はロボットから教えを乞われるとは思わなかった。相変わらず、感情の無い声なのに何故か後ろに載せてるのはロボットではなく人間な気がしてきたのだ。

「陸の言葉で聞きたいのです。人間から見た歴史を。貴方の感情を交えて、私は聞きたい。ついでにこの世界をどう思っているか、崩壊させた人間たちについても」

「…俺の感情が混じった話は、歪んだ事実になっちまうぞ?それはロボットとして…どうなんだ?」

「事実の羅列は、陸の言う通りデータベースにアクセスすればすぐにわかります。でもそうではないのです。わたしは貴方の感想を知りたいと思うのです」

「はぁ…」

 陸はロボットと感情が上手く結びつかないでいた。正直、戸惑っていた。

「うーんと言っても、俺が生まれたときにはすでに世界は終わっていて、この社会が完成されていた。だから、やっぱりデータベースと変わらないことしか語れないけどいいか?レター?」

「問題ありません」

 その無機質な声に戸惑いながらも、陸は口を開く。

「えーっとだな…世界は崩壊した。どの時点からというと2100年からと言われている。人口爆発、エネルギー問題、食料、環境破壊に氷河期への突入…どの問題も解決できずに、膨れ上がり、あっという間に人類を破滅に追い込んだ」

 こうやって、口に出して語ると陳腐な事実だと思う。結局増えすぎた人口を支えるエネルギー…石油や石炭、天然ガス、ウランが底をつきた。それに代わる代替エネルギーと言われていた太陽光、風力、水力、波力、バイオ…などはその膨大な人口を支えるエネルギーを賄うことはできなかった。

 人類は随分前からエネルギーが底をつくというのはわかっていた。わかっていながら、この破滅を回避できなかった。

 さらに、悪いことに異常気象、自然災害も猛威を振るった。

 エネルギーがなくなれば、電力を発電できなくなる。

 人類の文明。文明の血流は間違いないく電気だった。

 とすればエネルギーは心臓。心臓が動かなくなるとどうなるか。血が流れなくなる。血が流れなくなると、あとは壊死をしていくだけだ。そうやって人類はエネルギーという心臓を失い、血という電気が止まり、体にあたる食料の生産工場が止まり…。

「それでも、戦争が起きなきゃこうはならなかった。人類はおろかにも戦争を起こしてしまった。少ない食料、資源、土地をめぐって戦い始めた。それは国同士という大きなものから、地域、民族、隣人となり…どこの国も内戦状態になった。みんな、自分が生きるのに必死になった。生き残りたい。その気持ちが、あのボタン…核のボタンを押したって教育されてきたよ」

 核爆弾。人間はどうしてああいうものを作ったのだろう。最初は戦争に勝つために作ったと聞いた。

 一発で国を無力化させる魔法の爆弾はたくさん作られた。

 2100年の戦争で、地球上にあった核爆弾を全て使った。それは都市という都市を吹っ飛ばした。面白いほどに何もかも吹っ飛んだ。そこに積み重ねてきた歴史も人間も文明も。だから、大きな都市があった土地はくぼんでいる。爆弾で地面をえぐられたからだ。

 陸たちは事細かに丁寧に地球が壊れていく様を教育された。空は裂け、大地は割れ、人間は爛れ、自然を焼いた。一度そうなると大きなうねりになり、全てを焼き尽くすまで止まらなかった。被害が少ない地域も放射能によって、死んだ。死の灰は空を覆い、光を奪った。全ての国家が国として機能しなくなってから、ようやく人間は正気に戻った。

「全て焼き尽くしてから、取り返しのつかないことになっていると気づいた。気づいたときには、どうしようもなかった」

 灰色の空を見る。

「それでも人類は諦めなかった。生き残るために捨てた。邪魔なものを全て捨てた。生き残った人達で足掻いて、いまの社会を築いた」

 陸は呼吸を一つ置く。暗唱するようにいわれた条文だ。

「我らは国を撤廃する。

 我らは民族を撤廃する。

 我らは血族を撤廃する。

 我らは伝統を撤廃する。

 我らは宗教を撤廃する。

 我らは言語を撤廃する。

 すべてを一つと定める。

 我らは人類という兄弟だ。

 全てを平等に分け与える。

 悲しみを喜びを分かち合う。

 憎み合い、傷つけあうことは許されない」

 相変わらず曇った空の下。核の灰で覆われた世界。太陽の光が届かず、凍えた大地。

「定めた条文に従い、人々は残った人材、技術をかき集めてこの環境で生きていける社会システムを構築した。国は撤廃され日本という国はなくなった。あるのはJA区という分類だけ」

 これがこの世界が始まった経緯。陸達が生きる社会システムだ。

 死んだ人間の肉体さえも、燃やすことも土に埋めることもしない。それすらも貴重な栄養源だから。それを阻む宗教を捨てた。

「水葬場を作ったときに、大きな議論があったと聞いた。果たしてそうまでして人類は生き残るべきなのかと…義務教育で必ず、習ったあとに議論になるね…」

 陸は、この話を聞いてどう思ったか?

 陸たちが受け取ったこの世界。

「俺は生まれたときから、こうだったからさー…」

 その言葉の続きは…途切れた。

 幸い、今は飢えにも寒さに苦しむことはない。残された人間が犠牲を積み重ねながら苦労してこの環境を整えた。ただ崩壊させた人間への感情については―――

「考えたこともなかったな」

 陸の本音だった。放射能に汚染された世界が陸にとっての世界だ。昔はそうじゃなかったといくらデータベースでそれらを見ても、放射能がない世界を理解することが難しかった。そして、放射能がない世界を切望したところで…と思っていた。

「この旅の間に、私に教えてください」

「うーん、ロボットのレターに教えて、意味はあるのかと考えちまうけど…運転してる時は暇だからな…いいよ…」

 そう言って、戸惑いながらも陸はレターと約束を交わした。


「って…!ご飯どうやって食べるんだー…!?」

 道路の真ん中で陸は叫んでいた。外では絶対ヘルメットもスーツも脱げない。脱いだら終わりで数日もしないうちに放射能で死んでしまう。

 既にあたりは暗くなりつつある。陸は今日は朝から水もとっていない。

 予定では、次の区に着いてるはずだが…なぜかいまだ廃墟と道路しか見えてこない。

「簡易テントを持っていますか?それを展開すれば洗浄もできますし、被ばくを免れます」

「そうか!そうだった。レターありがとう」

「陸は休憩をとりすぎですね。あと1時間ほど運転すれば目的の86区…熊本に着きますが…慣れてない夜間の運転は危険なので推奨しません。」

「そうだよな…ついついのんびりしたなぁ…今日はここに泊まるしかないか…初日からもうスケジュール通りにいってないけど、大丈夫か…俺?」

「知りません」

 冷たいレターの返答に、ぐぅっと陸はうなり声をあげた。すぐに気を取り直して陸はバイクから、簡易テントを降ろす。

「えーと、ここをタッチして離れると…」

 陸は広い場所に簡易テント置いて、表面の起動スイッチを押した。陸はある程度離れる。一時すると、ぷしゅっという音ともにテントが膨らみ、小さなドーム型のテントを形成した。

「おー見慣れた形があると…ほっとするな」

 陸はほっとしつつバイクから食料とレターを降ろす

「レターは洗浄しても大丈夫?」

「問題ありません」

 テントの中に入る。すぐにぷしゅっと洗浄液が全身に振りかけられた。

 スーツの機能でテントの中を測定すると「人体に影響ありません」と表示された。やっとヘルメットを脱ぐ。

 解放感に息をついた。ついでにスーツも脱いで壁にかけた。テントの広さは2~3人が寝転がって足を伸ばせて寝れるぐらいの広さだ。高さも中腰になるぐらいの高さしかない。

「ふぅーここまで脱がないの初めてかもしれない。だいたい建物の中に入ったら、ヘルメット脱ぐからな…」

「地区10まで行けますか?」

「はは…これでも12年も郵便局員してるんだぜ?きょ、今日はちょっと予定通りにいかなかったが…レターをちゃんと地区10まで届けるよ」

 陸は水と食料を補給する。

 一日分を軽量カップに入れ、そのまま口の中にザラザラと入れる。ぼりぼりとかみ砕く。味がないドライフード。それでも、空腹が満たされるのは幸せだと感じていた。

「なぁ、レター。お前、AF区から来たんだんだよな?AF区の記録ってあるのか?」

 向かい合うように置いたレターに陸は聞く。

「私は陸に起動されるまでの記録はありません」

「そうなんだ…なぁ、お前って…結局なんなんだ?」

「地区10に行くことが私の目的です。…地区10についてからの目的は知りません」

「そうか…俺もきっと、届けるまでが政府からの依頼だから。レターを地区10まで届けたあと…お前をどうするかは知らないまま帰るんだろうな」

 陸は食べ終わった食料をしまい、寝転がる。テントの床は少しだけ柔らかい。

 防護スーツの充電を確認する。50%。明日の朝に地区86に着ければ問題ない。

「はぁ…でもスーツの充電も切れたら凍死と被ばくコースか…」

 陸は朝のワクワク感はなくなっていた。どっと疲労感が体を襲っていた。

「レター。ちょっと電脳通話するから」

「わかりました。静かにします」

「ありがとう」

 そう言って、陸はこめかみを叩いた。

「通話。母親」

 というと、陸の頭の中で呼び出し音が鳴った。

「もしもし?陸?」

「お母さん。俺だよ。元気?一人で大丈夫?」

 脳内に母親の声と感情が伝わる。ほっとしている感情が伝わった。

「えぇ…あなたがいないと寂しいけど、大丈夫よ。今日はさっちゃんにおすすめされた小説を読んでたから…あと、ちょっと散歩に出かけたら、局長と拾四くんが配達がんばっていたわよ。陸は大丈夫?困ったことはない?」

「大丈夫だよ。お母さんが元気ならいいよ。それに、配達も局長とじゅーしが頑張ってるみたいだし…心配しなくても大丈夫みたいだね。…じゃあ、明日も早いから。おやすみ」

「おやすみ。陸」

 そう言って陸は通話を切った。時間にして1分も経っていない。

 次に局長に電脳通話をかける。

「通話。局長」

 少し待った後に局長が出た。

「陸?」

「はい。そうです。局長。こちらは特に問題ありません。そちらは大丈夫かなっと思いまして」

「いやー久々にバイクに乗ったけど、ありゃひどい。今日、工場に行ってバッテリーをぶんどってきた。陸も早く言ってくれればよかったのに」

「俺も工場に催促してたんだんですけど…でも、さすが局長ですね」

「ははは…だろう?それと拾四が疲れて、もういやだといっている」

 その言葉に陸は笑った。

「帰ってくる頃にはじゅーしは逞しくなってそうですね。とりあえず、問題ないようでよかったです」

「あぁ。こちらは少しの辛抱ということで我慢するから心配ない。陸はこちらの心配をしなくても大丈夫だ」

「はい。安心しました。それでは、お疲れ様です」

「お疲れ」

 そう言って陸は通話を切った。

 陸はため息をついて、テントの床にそのまま寝そべる。テントの中は空調が整っていて、基本的にはそのままで寝ても、問題はないが、寝心地は良くない。

 今日の移動中に話したレターとの会話を陸は思い出す。

「この世界をどう思う…か」

 陸は頭の中で考えてみる。

 控えめに言って、この世界は人間が、生きることを拒否していると感じる。でも、それは人間の自業自得なのだが。

 防護スーツがなきゃ生きていけない。電気がなきゃ生きていけない。人間にはそれがあったから生き残っている。それがなかった動物や植物はみんな滅んでしまった。

 世界は、大地にこべりつくように生き残っている人間に対してどう思ってるのだろうか?

「しつこいって思ってるかも?でもそれは、この世界の気持ちになって考えただけで…俺の気持ちではないよな…やっぱりわからないな。レター」

「旅の終わりに教えてください」

「それまでには、わかるかな?」

「少なとも、貴方はこれから、たくさんの遺産を見ることになると思います。旅する前の貴方より、ずっと知ることになります」

「遺産?何だそれ?」

「残った人類は使えるものは使いました。逆に使えないもの、もしくは使えるが手間がかかるものはそのまま放置しました。貴方はこれからそれらを見ることになります」

「へぇ…」

 陸は眠りに落ちながら、疑問は尽きないと思った。

 疑問?

(そういえば、最近疑問に思ったことなかったな…)

 レターは陸の寝息を確認したのちに、スリープモードに移行した。


※注釈

 レター:手紙

 

 簡易テント:放射能を遮断する高性能なテント。圧縮する機能もついてるので持ち運べる。緊急用なので数はそれなりにある。


 暗記していた序文:すべてを平等に。平等にするために人類は様々なものを捨てた。それが良かったのか悪かったのかはいまだにわからない。ただ一つだけ確かなことはそれを捨てたから“生き残った”ということだ。

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