6通目 はじめて行く街に着きました。2day

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 2*?*年#月#日

 とある軍人が言った。

「憤怒で振り上げた拳を、相手を殴らずに冷静に下せる人間ばかりだったらよかったのにな。…相手が殴ってくるかもと思うと私たちは殴らずにはいられない…軍人とはそういうものなんだ」____________________________________________________________________________


【2日目:地区86→81】

 陸はいつも通りに起きた。立ったときに頭をごつんと天井にぶつけた。その痛みで、いつもと違うことを思い出した。陸は目をこすりながら、あたりを見ると、狭いテントの中だ。

「そうだ…俺…地区10…行くんだ」

「おはようございます。陸。健康に問題ありませんか?」

 声がした方を見ると、黒い箱がある。昨日からの一緒にいる荷物で、相棒…になるのかもしれない。

「おはよう。ちょっと簡易チェックする」

 陸は、吊るしてあった防護スーツを着て、スーツの左手の甲を操作し、体調の簡易チャックをした。スーツに光の筋が走る。しばらくして、ピピっと手の甲から音がした。

「問題なしっと。う…トイレもしとくか…」

 陸はしゃがんだ体制のまま、用を足す。防護スーツを着たままだ。ホントはトイレでしたいが…仕方がない。防護スーツの中で出された排せつ物は、スーツ内で分解されるが…少し時間がかかる。股が濡れてる不快感が襲うが、10分ほどすればなくなる仕様になっている。

「ふぅ…」

 さっぱりしてから陸はいつものドライフードと水を出す。昨日と変わらないそれをぼりぼりと食べ、水を飲む。顔を手で軽く擦った後、ヘルメットを被った。

「準備が整いましたか?」

「うん…よし!行くか!」

 陸はレターと食料を外に出すとテントを圧縮し、バイクに収納した。

 空は相変わらず曇っているが、辺りはすっかり明るくなっていた。わずかに雪が地面を覆っている。ちらちらと白い粒が降っていた。陸は浮遊バイクに荷物を詰め込み出発する。

「1時間ほどで地区86着くんだよな」

 廃墟の道路を走りながら陸は聞いた。

「はい。その予定です。」

「そこで、充電させてもらってから、…それから出発だな」

 だんだんと建物が少なくなり、くぼんだ土地になってきた。陸は緊張で口の中がどんどん乾いていく。

(近い‥‥地区が…!)

 遠くに見えてきたドーム型の建物に陸は胸が高鳴った。

「あった!やっぱり、地区は他にあるんだ!」

 嬉しさのあまり陸は叫んだ。

「JA区には陸の地区以外にも人間が住んでる地区はありますよ」

 もう説明しましたよね?と言いたげなレターの言葉に

「そうは言ってたけどさ…実際見るまで不安だったんだ!」

「見えないから不安だったんですか?」

「そうだよ!だから、目で確認しないとな!」


【地区86 熊本】

「到着!」

 陸は地区の入り口付近に浮遊バイクを止めて、地面に降りた。朝ということもあり、数人が家から出てきて職場に向かっていた。陸の登場に、一様に動きを止めた。

「き、君…いま…この地区の外から来たのかい?」

 陸から一番近くにいた人が声をかけてきた。男性のようだ。

「はい。俺は地区89 郵便局員の陸です。政府からの依頼で地区10まで荷物を運んでいます」

「‥‥」

 その言葉を聞いた人達はしばらく沈黙したあと。

「な、な、な、な―――!!!早く!区長に!!!連絡を」

「は、はいー!すぐ電脳通話で呼びつけます!!!区長――!地区89から郵便配達員が――!?」

 その場にいた人たちは、わたわたと慌てた。

 なんとなく、陸もその空気にオドオドした。

 数分後に、配達員の浮遊バイクに乗って地区86の区長が現れた。浮遊バイクが地面に着くと、慌てて降りてきた。

「政府から連絡はあったが…正直、実際にキミが来るまで半信半疑でね…」

 手振り身振りで驚きを隠せない89区の区長。ヘルメットをかぶっているので、顔はわからない。

「俺もこの地区があるかどうか不安でした。あのーそれで早速ですみませんが、…浮遊バイクやスーツの充電させてもらいたいのですが…」

 陸は少し申し訳なさをにじませながら伝えた。全ての供給と需給は地区内で完結している。だから、陸の地区ではあまり余分な食料も電気もなかった。多分、雰囲気的にこの地区も陸の地区と同じように感じた。

「うむ…発電所に行ってもらって良いかな?余分な電気があるのはあそこだけだから…君はいつ出発する予定なのかね?」

「ありがとうございます。えっと充電完了次第、出発する予定です。おそらく1時間後には、出発すると思います」

「そうか…それは残念だ。少し話をしたかったのだが…。でも、まぁ仕方がない。そ、それで…どんなロボットを運んでいるのだね?」

 興味をにじませた区長の言葉に陸は少し驚いた。極秘任務の内容は他の区長に知らされていないのではと少し思った。

「ええと…箱型のロボットです」

「…ちょっと見ても?」

「はい、どうぞ」

 陸はバイクの後部に載ってある黒い四角のロボット…レターを見せる。

「これが‥?」

 区長はヘルメットが当たるぐらいにレターに顔を近づけて、観察した。明らかに肩すかしを食らった声に陸は苦笑いした。

「レター…ちょっと話してみてくれないか?」

「会話ですか?どのような話題がよいでしょうか?私は必要なとき以外は話したくありません。いまは話したくない気分なのです」

 ロボットのくせに、妙に人間じみたことを言う。

「おぉ…!ロボットが話したくないとな!?これはもしや、あのアンドロイド?いや…でもアンドロイドは…人間の命令に忠実のはず…うむ…」

 そう言って、しばし考え込むが、区長はハッとして陸の方を向いた。

「やや…!すまんね。陸くんは先を急ぐのでしょう。時間がないし、私たちが発電所まで案内しよう。いいかね?ファイブくん?」

 妙に高いテンションで区長は振り返り、浮遊バイクにまたがっている地区86の配達員ファイブに確認した。

「りょーかいです。区長。えーと…陸クンでしたっけ?発電所まで案内するよ」

「よろしくお願いします」

 陸はファイブと区長を乗せた浮遊バイクの後ろについて行く。建物の位置。標識などを目で追った。それらは、陸が住んでる地区と何一つ変わらなかった。

「区の構造も89区と同じなんだな…」

 陸は見慣れた並びを見ながら、移動する。妙な感じだった。同じ風景なのに、人だけが違う。

「それは、先の条文通りです。皆平等ですから」

 後ろにいるレターが答えた。

「なるほど。どこの区も同じなのか…それは助かるな。知らない地区に行っても発電所の場所や区長の家がわかるってことだ」

 陸たちは、まったく同じ構造の発電所に着く。放射線洗浄したのちに建物の中に入った。発電所の管理をしている若い女性が出迎えた。

「いらっしゃいー連絡はさっき受けたよ。短い間だけどよろしくねー。充電の仕方はわかるかなー?」

 と妙に間延びした独特の話し方をする女性だ。なんとなく陸は、発電所の職員は頑固で気の強い性質の人が選ばれると思っていたので、ぽやんとしている職員を意外に思った。

「ちょっと、トゥエニーさん…初対面で砕けるすぎですよ!」

 少し諫める区長。

「いえいえ、大丈夫です。トゥエニーさん、陸と言います。1時間という短い間ですがよろしくお願いします。充電の仕方はわかります。お借りします。」

 陸は壁から垂れているコネクタをバイクの充電口に差し込んだ。

「あとスーツの充電もしていいですか」

「いいよー」

 ほんわりと笑って彼女に和んだ。

 壁際にあるもう一つのコネクタを防護スーツの腕にある充電口に差し込んだ。ヘルメットを外し、そこで初めてお互いの顔を見た。地区86の区長はいかつい顔をした中年男で、配達員のファイブは陸より2~3歳若そうな青年だった。どことなく陸と似た雰囲気がある気がした。

「おほん!それで…陸くん…その…わたしがずっと気になっていたことなんだが、地区89はどういうところかね?ここと何か違うところはあったかね?」

 好奇心を抑えられない表情だ。

「あ…俺も気になるわ。ここ以外の地区って考えたこともなかったわ」

「えー私も聞くー」

 興味津々の3人に囲まれた。期待されるなか、陸は申し訳ない声で言った。

「地区89ですか?その…さっき見て思ったんですがここと何も変わらない。発電所の中も、構造は全く同じです」

「うむ…やはりそうなのか…」

 区長はその言葉に納得したようにうなずいた。

「え…知ってたのですか?」

「実際、行ったことはないが、区長になるとな。ある程度のことは政府から教えてもらえる。人類の全人口の変化や、現在の状況などな…」

「えー初めて知った」

「いやいや、人口については割と区長は電脳通話で連絡してるっすよ…トゥエニーさん」

 驚愕の事実だわという顔をしているトゥエニーにファイブはツッコミを入れてる。

「…配達員がロボットを運んで来るというのは連絡が政府からあって…まぁ…その詳細は機密事項だから、君はあまり知らないだろうけど…」

 区長がそう言いながら、陸を見る。陸はちらりと浮遊バイクに積んであるレターを見る。

「そうですね…俺が知っていることあの運んでいるロボット…レターを地区10まで届けることぐらいですからね」

 レターは黙っている。口をはさむつもりはない。

「ふーん。わざわざ地区10までロボットを運ぶってことはーもしかしてアンドロイドー?」

 トゥエニーが陸を覗き込むように聞く。

「えーと…俺もそう思って聞いたら…本人もそうだと言ったんで…」

 とアンドロイドと肯定しようとしたところで、レターが口を挟んできた。

「いえ…陸のその問いに肯定も否定もしていません。わたしは限りなく近いと言いました」

 バイクの上に載っているレターが訂正した。

「おー!反論してるー!」

 その言葉にトゥエニーは、はしゃいだ。

「へー。アンドロイドに限りなく近いとはどういう意味?」

 もっともな疑問を持ったファイブにレターは素っ気なく応える。

「さぁ。私自身、知りません。貴方は自分が何者か?と聞かれたら、人間と役職以外で答える術をもっていますか?」

「うううん」

 レターに素っ気なくされたことにファイブはむっとした。

 区長は顎に手を置き、少し考えこむ。

「うむ…どっちみち、陸くんは荷物を届けたら地区89に戻るのだろう?」

「えぇ…もちろんですよ!俺がいない間の配達は、代理で区長と後輩がするんですが…短期間だったら、大丈夫だと思うけど…ずっとは厳しいと思うので…」

「じゃあ、荷物を届けた帰りにまた、充電しにこの地区に寄って、この仕事の感想を聞いてもいいかな?」

 ちらりと陸を伺うように見る区長。

「あー区長、頭がいいー」

「気になりますもんね…地区10がどういう所だったかとか、他の地区はどうだったかとか」

 その二人の称賛に区長はにやりと笑った。

「ふっふっ…褒めないでくれ」

 なんというか愉快な3人だと陸は思った。

「はい。それじゃあ、帰りも、またお世話になります」

 陸はその申し入れを有り難いと思った。

「うむ。必ず寄ってくだされよ」

 区長に念を押すように言われ、陸は頷いた。

「また、充電しにくるのー?じゃあ私のこと覚えておいてね」

「俺も聞きに来ていいっすか?トゥエニー、陸が来たら連絡入れてくれ」

 そんな風に話している間に、あっという間に充電が終わった。


 陸は見送ってくれる彼らに手を振り、出発した。次の地区81だ。頭の中の地図を確認しながら陸はレターに聞く。時計をみれば、まだ正午だ。

「レター。地区81を進んだ、その先は海だ。どうすればいい」

「浮遊バイクは海の上でも走れます」

「へぇーそうなんだ…走ったことないから知らなかった。じゃあ、この長距離配達は、充電さえ気を付ければ問題なさそうだな」

 地区から離れれば離れるほど、崩壊前の建物が増えた。色あせた建物は陸を不思議な気分にさせた。色彩がある。陸の住んでる地区はあまり色はない。

「やっぱ…昔は豊かだったんだな。こんなに色も建物もたくさん作って、たくさん人がいて」

「そうですよ。ただあるものはいずれなくなる。それだけの話ですよ」

 達観してるレターの言葉に陸は、老人と話している気分になった。

「昔の人は、そういうことがわからなかったのかな…」

「わかっていましたよ。だけど一度手に入れた、贅沢を人間は手放せなかっただけです」

「贅沢かぁ」

 一度で良いから、味の着いた食事をとってみたいと思うことも贅沢だろうか。毎日味がついてる食事をしていて、いきなりこれから味のない食事をしてくださいと言われたら、それは嫌だろうなと思った。

「贅沢してみてー」

 そんな言葉を漏らして、陸は廃墟の中を通り抜けていった。

 陸は初日の反省を生かして、休憩を最小限に。見える景色も多少の違いはあるが、瓦礫の山はもう見慣れてしまった。

 あたりがすっかり暗くなってから地区81…福岡に着いた。この大陸のすみっこの地区だ。


【地区81 福岡】

「やったー!!テントじゃない!」

 地区89が見えた瞬間、陸は声をあげた。

「おめでとうございます」

「構造が同じなら、区長の家があるところも同じだな」

 陸は浮遊バイクを走らせる。夜なので、外には人間はいなかった。

「挨拶して、充電してもらおう…ついでに空いてる部屋に泊めてもらえたら最高だけど」

 地区81の区長の家に着くと、玄関についてある呼びだしを押した。時間は夜の8時だ。まだ就寝していないことを願いながら、陸は待った。

 一時すると、防護スーツ姿の人が扉を開けた。

「こんな時間に誰ですか?」

「夜分遅くにすみません。俺は地区89の配達員の陸です。政府からの依頼で地区10に荷物を届けに行く途中です。申し訳ないのですが、充電させてもらいたいんですけど…」

「地区89…!!!!???」

 地区89の区長は驚いた声をあげた。

「れ、連絡は来ています…ええと…とりあえず中に入ってください」

「ありがとうございます!」

 陸はレターと食料を抱えて、中に入る。洗浄してから、室内に入り、ヘルメットを外した。顔をあげると、向こうもヘルメットを外していた。地区81の区長は初老の女性だった。区長に選ばれる人は容姿は違えど、みんな一様にしっかりとした雰囲気があった。

「地区81にようこそ。区長をしている壱です。よろしくお願いします。充電は明日の朝、発電所でしてもらってよいかしら?」

「はい。大丈夫です!(うちの区長と同じ名前だ)」

「泊まるところは、この家に一室に空き部屋があるので、今晩はそこで泊まってください」

「ありがとうございます!すごく助かります!」

 明るく言う陸に、壱区長は微笑み、空き部屋に案内する。家の構造は、陸の家より多少広めだが、簡素な構造は一緒だった。

「それではお疲れでしょうから、おやすみなさい」

「ありがとうございます!おやすみなさい」

 そう言って出ていく区長に礼をいった。扉が閉まると陸はすぐに、レターを机の上に置き、防護スーツを脱いた。中に着ているインナーも脱ぎ、裸になってカプセルベッドに寝転んだ。中に入ると、すぐにレーザーでの洗浄が足元から始まる。防護スーツの中でもある程度、清潔に保つため老廃物は分解してくれるが性能と気持ちよさはやはりベッドの方が上だ。体が清潔になっていく。一日ぶりのベッドは、気持ちがよかった。

「文明って最高だー!」

 陸は行儀が悪いと母親に怒られそうだと思いながら寝た状態で、ドライフードを食べる。いつも通り固い。味がない。それでも美味しいと陸は思う。

 突如、陸の頭の中で音が響く。誰かが電脳通話を使って陸に呼びかけてきている。

「…この感じは百だ」

 陸は嫌な予感を感じながら、電脳通話に出た。

「もしもし?百か」

「ろ、陸…!そ、そうだよ。げ、げ元気か?な、なにも、よ、用事はないんだけど…し、心配になってさ…め、迷惑だったかな」

「そんなことはない。元気だよ。いや、テントでの寝泊まりと長距離移動はかなり体に堪えるけどね。そっちはどうだ?変わりはないか?」

「そ、そうなんだ…や、やっぱ配達ってた、大変なんだな…こ、こっちはか、変わりないよ。ろ、陸のお母さんも元気だ」

 その言葉を聞いて、陸はほっとした。

「そうか。よかった…わざわざ連絡ありがとうな。お母さんの様子も見に行ってくれたんだ?」

「へ、へへ。い、いいよ。そ、それじゃあ、お、俺の頭そろそろ、ね、熱持ちそうだから…お、おやすみ」

「おやすみ」

 陸は電脳通話を切った。百は脳の容量が多くはないので、長いこと通話はできない。それでも通話をしてくれることが少し嬉しかった。母親も元気と聞いて、陸はほっとした。そのまま、寝転がり天井を見上げる。陸がぼーっとしていると机上のレターが問いかけてきた。

「ここまでの旅、どうでしたか?」

「…そうだなーこの道中で、考えてみたんだけどさ。長距離配達って大変だよな」

 そう言って、陸はため息をついた。

「レターはアンドロイドに限りなく近いって話だけどさー…アンドロイドって昔は人間の仕事を代わりにしていたロボットだろ?精巧に作りすぎて最終的には見分けるのは困難になったっていう。でも精巧な分、繊細でもろく、メンテナンスを定期的にしないと使えない…7年で部品総入れ替えしないといけない代物だったって」

「そうですね。私と彼らの違いは、私は作業ができないといったところでしょうか」

 陸は寝転びながら、目を閉じた。

「AF区がJA区にそのアンドロイドっぽいロボットを送る意味ってさっぱり思いつかないね。AF区は崩壊前の世界で最大の大国だ。そんな大国が小国のJAにアンドロイドっぽいものを送ってどうするんだ?技術はあっちの方が上だからさ…条文の通り、平等の精神で送ってるのかなー…でも、じゃあお前って何か…話したり、案内したりするだけじゃないくて、やっぱりもっとすごい機能があるのかもしれないってことなのかな…?」

 ぐだぐだと陸が持論を語る。

「陸は私に興味があるんですね?」

「そりゃ…俺じゃなくても、皆、興味あると思うぞ。なーんか地区86の区長の反応見ると…区長たちも機密事項の内容知らないんじゃないかって思えてさ」

「それでは地区10に到着した際には、政府に交渉してみましょう…重要機密事項の内容を知りたいと。私…レターはどんな役割があるロボットなのか」

「えー…!言っていいのか…それは…」

「言うだけ言うのは良いと思います。ダメと言われたら諦めるしかありませんが…もしかしたら、あっさりと教えてくれるかもしれません」

 ロボットらしからぬ提案に陸は目をぱちぱちとさせながら、黒い面を凝視した。

「…やっぱりすごいな…俺はレターの中身はロボットじゃなくて、人間の脳みそが入ってる気がした」

 そう言った後に陸はレターを眺めたら、たしかに人間の脳みそぐらいの大きさだなと思った。

「…、…でも本当に入ってたらこわいな…」

「安心してください。人間の脳みそが中身ではありません」

「ほんと?」

「私があなたに嘘をつく理由がありません」

 その言葉に陸はそれもそうかと納得した。ロボットは嘘をつかない。つけられない。そうプログラムされている。

「レターが知らないってことがあるかもしれない」

「…なるほど…確かにそれは一理ありますね」

「な!」

 その言葉に、陸はどうだと言わんばかりに声をあげた。

「それでは、私が人間の脳かもしれないという説をメモリに記録しました。そして、もしかしたら、貴方たちの方がアンドロイドかもしれない説を提唱します」

「え…俺たちが…!?」

 まさかレターからそんなとんでもない説を言われるとは思っていなかったので陸はうろたえた。

「私を人間かもしれないと疑うことは、貴方たちがロボットもしくはアンドロイドかもしれないと疑うことと同じかと思いました」

「うーん…そうきたか…でも、たしかに俺たちの脳と体にはナノマシンが張り巡らされているし、脳みそにはチップを埋め込んでるから。広い意味ではアンドロイドかもな」

「…もし私の中身が人間だったら、ある意味人間ということになりますね」

「そうだな…お前のこと…悪い奴じゃないって思うけど、なんだが気味悪く感じるときがあるな。話したくない気分とか、暇だーとか…まるで人間だよ」

「定義はそれぞれあると思いますが、高度な思考プログラムを組み込めば、そういうことは可能ですよ…ただ話をするだけというロボットはこの世界では余分で不要と判断されたまでです」

「…ふーん…」

 陸は天井を見上げた。

「陸は過去に戻りたいと思ったことありますか?」

「え?なんだよいきなり」

「世間話です」

 その脈絡のない話題に、陸は目を点にした。

「過去に戻りたい…それってタイムマシンに乗りたいか?って話か?」

「そうです」

「タイムマシンって結局、完成できなかったんだよなぁ…あれがもし完成して過去に戻れるってなったら…うーん…」

 陸は腕を組んで考える。

「この世界に戻ってこれるなら、乗りたいな」

「…この世界に戻りたいですか?」

「そりゃ…お母さんもいるし、局長にじゅーし、百に七さん…九に八さん…もいるからさ」

「皆連れて行けるとしたら?放射能のない世界に」

「うーん…」

 その問いに陸は真剣に考えてみる。

「住み心地がよかったら、住むかな…悪かったらやっぱ帰ってきたいと思うんじゃないか?」

「陸はこっちの世界の方が住みやすいと思っているのですか?」

「俺には放射能がない世界っていうのがいまいち想像できない。聞けば、人間もたくさんいて…人間以外の動物も自由に動いているんだろう?それって怖くないか?ナノマシンもない世界だし。ちょっと、不安だよな」

「そうですか。なるほど、そういう考えもあるのですね」

 暗い部屋の中で、赤いランプが光る。

「でも、結局タイムマシンはないから、この話は意味はないよなー」

「そうですね」

 ボソボソと1人とロボットが語っているうちに、陸はいつのまにか寝ていた。

 陸の寝息を聞き名がらレターは語る

「たくさん…私と話してください。陸。意味はなくとも」


※注釈

 アンドロイド:彼らはほぼ人間だった。人間だったが嘘をつくことはないし、人を殺すこともない。怒る、嫌う、憎むという負の感情もない。だから、人間に共感することもない。メンテナンスさえすれば永遠に理想の姿のままだ。彼らは人間の理想だったと思う。彼らは陸達の社会を作る時に使い捨てられ、残っていない。

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