3通目 忙しい日々を送っております

 陸が配達の最後に行くところは発電所だ。


 西地区の端っこに向かってバイクを漕ぐ。息があがる。

 その途中で『コウノトリ』と呼んでいる建物の前を通った。

 今日はここに配達はない。陸は先ほどの七とのやり取りを思い出した。

「子供か…」

 母親のお腹から産まれてきたのは、崩壊前の話である。今は人工子宮である試験管のなかで赤ん坊は産まれてくる。このコウノトリの建物は、赤ちゃんをつくる工場だ。出産の数は完全に制御されている。かくいう陸もこの工場から産まれてきた。そして子供と相性の良い両親のもとで育てられる。その両親もさっき七が言ったように適正診断の結果、ペアになる。もちろん、好き会ってる人がいて相性診断結果が悪くなければ、そのまま家族となる場合がある。

 陸の母親 とおと去年死んだ父親 十三とおさは好き同士で同居していた。そこに赤ちゃんの養育要請もきたというわけだ。「嬉しかったわ…お父さんとね…大はしゃぎしたものよ…」そう語った母親の顔を陸は思い出す。父親もその話をしている母親が好きだったようで、陸は何回も聞いた話にウンザリして「はいはい」と聞き流していた。父親は静かに笑っていた。良い家族だった。それだけはたしかだ。

 この地区の総人口が約1000人前後で毎年、片手ぐらいの赤ちゃんしか生まれない。年によっては生まれないこともある。

(父親になる可能性なんて、全然考えたこともなかった)

 陸はその建物の前で少し止まりかけたが、考えを振り払うように漕いで通り過ぎた。

 荷物がほとんどなくなり、すっかり軽くなったバイクを漕ぎながら前に進んだ。地面すれすれを浮いて走っている。周囲は大量の風車が立っている。微風ぐらいしかないのに、風車の車輪がぐるぐると高速で回っている。技術の発達により風車の羽は軽量化されていて、よく回転している。陸はここの風車が止まった光景は見たことはない。ごおおおとうなりをあげている音を聞きながら、たくさんの風車の影を駆け抜けていく。

 陸はこの光景が好きだ。森とはこういう感じではないだろうかと思っている。景色を眺めながら、ぼーっとする。配達数は少ないものの建物と建物の距離は結構ある。次の配達場所に着くまでの間、陸はよく心を無している。そうやってると、あっという間に目的地につく(気がする)。

 目の前に少し大きめの丸いドームが見えてきた。

 陸は発電所に着き、扉の前に止まると、陸の脳のマイクロチップ信号を受け取って入り口は開いた。いつも通り発電所の搬入口で洗浄してから入る。発電所の中は機械音が低く鳴り響いていた。そんな音に混じって声が聞こえた。

「うわぁあああっ」

 とけたたましい泣き声が陸の耳に聞こえた。

「まーた、やってるのか…」

 陸は入り口の脇にある台車に今日配達する最後の荷物を載せて奥まで進む。数台かの作業用ロボットとすれ違う。

 奥の部屋では、陸の予想通りの光景が広がっていた。灰色や鈍色の制御機器が並んでいる機械室の真ん中に人間が2人いた。どちらもヘルメットをとっていた。そのうちの一人は、チビで両手をこめかみに置いて、大泣きしている。泣いているくぅに怒っているはちだ。

「しごくのもほどほどにしといてあげてよ。八さん…」

「おう…配達の。いつもご苦労様…ふん…こいつの心構えが甘いのがいかん!」

「だって…だって…うっ、う、う~」

 チビの九は泣くのを我慢しようと顔をぐちゃぐちゃにしかめているが、その大きな目からはボロボロと次から次へと涙が零れていた。八の方は太い眉毛を吊り上げている。

 陸は駆け寄って泣きじゃくる九の背中を落ち着かせるようにぽんぽんと叩いた。九は低い背もあって、陸の腰に抱き着いてきた。

「まだ…配属されて一年も経ってないじゃないですか…」

「ここは、そんな甘いところではない!電気を供給する部署だ。いわいる人類の命綱だ!」

 八は唾を飛ばしながら怒鳴っている。

「いやー気持ちはわかるけど、落ち着いて…。あ!八さんも九も顔も真っ赤じゃないか…オーバーヒートしてません?」

 陸が九のおでこを触ると熱をもっていた。

「あちゃー、熱いじゃないか。九は相当しごかれたんだな…。八さん、仕事しすぎですよ。よし、休憩しよう…俺も、ここの配達が終わったら、もう郵便局に帰るだけだし!ちょうどよかった!ということで一緒に休憩しましょう?」

 陸がわざとらしく休憩を提案すると、八さんは鼻息をふんと鳴らした。

「…まぁ、これ以上泣かせても仕方がない。陸も来い。水ぐらいだすぞ」

「ありがとうございます。ここまで漕いできたので、もう汗をかいて、喉も乾いてました…あ、あの…ーついでにお願いがあるんだけど…ちとバイク充電させてもらってもいいですか?」

 頭をかきながら、申し訳なさそうに陸は言う。あまり電力に余裕はないのだ。

「ふん。またか。ちゃんとバッテリーの申請はしてるんだろうな。少しだけだぞ」

「ありがとう!八さん」

 八は厳しいが悪い人ではない。仕事に誠実で頑固である。ここに配属される人はそういう特性をもっている。だけど、少しだけなら融通もきかせるぐらいの柔軟性もある。

 赤い顔をした九が陸を見上げていた。陸がにっと笑い返すと九も少し笑った。

 九は今年配属されたばかりの新人だ。能力は申し分ない(適正試験で選ばれるので当たり前である)。ただ若く、少し泣き虫だ。

「先に充電を差してこい」

「はい!」

 陸は搬入口に置いてある浮遊バイクのところにもどり、脇にある充電場までバイクを押して、コネクタを差し込んだ。すぐに充電中のランプが点灯した。

 陸が機械室の脇にある小さな休憩室に戻る。休憩室は机と数脚の椅子がある。それと、ご飯を食べる皿、水の入ったボトルが棚に並んである。陸はヘルメットを外して、空いている椅子に座った。すると九が水の入ったボトルを陸の前に置いた。陸は礼を言って水を飲んだ。ひんやりとした冷たい水が喉を通った。

「あーおいしい」

 と陸が一息ついた。しかし、いまだに感情が収まっていない八は、ぶつくさと文句を言っている。

「ふん…せっかく来た後継者がこいつなのがな…」

「ぐす…」

 頭に冷却材を乗せた八さんが悪態をつき、九がまた涙ぐみはじめた。九も小さい頭に冷却材をのせて、頭を冷やしている。発電所職員は機械と脳をリンクさせる。演算能力が高くないと、リンクを長時間、接続できない。発電量の管理を毎日している。基本的には電力は、風力発電と太陽光発電、それから水力発電で賄っている。これも九と八だけの二人だけでは無理なので、作業用ロボットを使って作業している。

 科学が発展しても基礎の技術は変わらない。電気は未だにタービンを回して発電している。定期的なメンテナンスや点検は作業ロボットがしているが、指示はこの二人が脳から直接だしている。それはとても膨大な作業量で、陸は二人をとても尊敬している。

「でも、能力適合試験クリアしてるんだろう…?というか、頭が熱くなるほど演算処理つかったら、普通ぶっ倒れるから、九はすごいよ」

 陸は九の短い前髪を撫でる。ふわふわだ。

「能力は申し分ない…だが…こいつはすぐ調子にのる!さらに泣き虫ときた」

 能力に不満はなく、どうやら相性の問題というのを陸は察知した。

「あぁ…そりゃ…まだ仕方がないんじゃないないか。若いし」

 職人気質の八と仕事するには、九はまだまだ若かった。あと2年も経てば仲良く仕事をしているんじゃないかと陸は予想した。

「そうはいっておれん…俺も年だ。まだ数年は働く予定だが、突然死ぬこともある。そのとき、困るのは九だ」

「…たしかにな」

 陸の隣で、小さくなっている九の背中をぽんぽんと叩く。

「九…つらいかもしれないけど、八さんいなくなったら、一人でやらなきゃいけないんだ。そのときはお前が一番ここの施設のことを知ってなきゃいけない。荷が重いと思うけど、九ならきっと大丈夫だ。自信を持て」

「…うん」

 縮こまる九に陸はよしよしと頭を撫でた。不安に揺れた九の顔を見た。陸にはその重圧がどれほどのものかわからない。

「偉い。偉い」

 そういうと、九はくふりと嬉しそうに頬を緩ませた。

「ありがとう。陸お兄ちゃん」

「こらこら。ここは職場だから陸さんだ」

 そういうと、九は陸さんと舌足らずな声で言いなおした。

「最近、そっちはどうなんだ?」

 八が聞いてきた。

「こっちはじゅーしがやっと、郵便局員らしくなってきましたよ。郵便局の仕事は運ぶ仕事ですからね。ここや工場みたいに管理する仕事に比べたら簡単ですよ」

「謙遜するな。結構な距離を漕いできたんだろう?それをやってくれる奴がいないと、誰がここに食料を運んできてくれる」

 八はぎろりと鋭い目で睨まれた。きつい顔をしているが、心根は優しい。

「それは…そうですね。すみません」

 沈黙が訪れると、ここで稼働している機械の音だけ響く。その音を八は目を細めて、じっと聞いていた。

「ぼく…ここ好きなんだ」

 小さな声で九がポツリと言った。

 その言葉に、八と陸は目を見合わせ笑った。

「ふん…見込みはあるな。まずは一番大事なのは、ここを好きになることだ」

「まずは自分の仕事を好きにならなきゃな…仕事はながーく付き合う相棒だからな」

「へへっ」

 陸はその穏やかなやりとりをみて良い師弟だと思った。元気になった九は陸の服をひっぱる

「ねぇねぇ。陸にい…あ、さんは神様って信じる?」

「お?なんだ急に」

「あぁ…まぁ…そういう年頃だ。わかるだろ?」

 頭をぽりぽりとかきながら、八が言う。 眼に見えない存在について興味を持つ年頃といえばそうかもしれないと陸は思った。

「そうか…神様か…信じる人には神様は宿る。っていうよな。俺は都合が良い時、信じて。悪い時は信じない」

 にやりと笑って陸が言うと

「え…それっていいのぉ?」

「あんま、よくねー考えだな…陸」

 呆れた声で八が口をはさむ。

「あれ…そういう、八さんはどうなんです?」

「俺?俺は…いつも信じてるさ。そうじゃないとここでやっていけねぇ。発電所は、住居区から離れてるし…不安なときはすがる神様もいなきゃな…例え、実体がなくても。何もしてくれなくとも。心のよりどころが必要だ」

 そう言って、八はあたりの機械を見回した後

「それに、ほぼここに住んでるもんだ。休みの日に家に帰るだけだしな。よし九!お前にここの心得をもう一度話すぞ。」

「始まった…」

「いやだな…」

 その言葉に、九は足をぷらぷらと動かした。

「ここは言わば、最後の文明の砦だ。どんなに地球の環境が変わろうとも物理の原理は変わらない。ファラデーやレンツの法則だって、いまだに使っている。電気がなければ人間はすぐに死ぬ。逆に電気があるから人類は生き残っている。他の生物はみんな滅んだ。もう純粋な野生動植物はいない。いたとしても、この環境で生きていけるように進化したものだ。この発電所は一度でも止めたら、たくさんの人が死ぬ。災害でそうなるのは仕方がない。だが人災でここの電気を止めることは絶対にあってはならない」

 握りこぶしを振りながら八が演説する。

「そして、ここには神様がいる。もし科学が神はいないと証明したとしても、ここには電気という人類の守護神がいる。事実として今日まで人類を守ってきたからだ。陸、お前は別にこの神を信じなくてもいいが、九!お前は信じないといけない」

「はい…」

 頭を照れて九は返事をした。

「いやいや、俺も信仰させてもらいますよ…現に生きていられるのは電気のおかげです。こいつがなかったらとっくの昔に被ばくしてるし、凍えているし、飢えてるし、人類は滅んでる」

 反論するところはなにもない。その通りだと陸は思った。陸がただ一つ不満に思うところがあるとするならば、八が毎回、同じことを言っていることだけだ。

 陸と九は下を向いてると、八は満足した顔をしていた。

 そんな感じで十分すぎるほどの休憩を取ったあと、陸は郵便局へ向けて出発した


※注釈

 コウノトリ:人間の赤ん坊が生れてくる建物。不自然な仕組みだが人間はこの仕組みを採用した。利点としては完全に出産数を把握できること。女性の体の負担が少なくなることなどがあげられている。


 発電所:電気を発電するところ。今も昔も仕組みは変わらずタービンを回して発電している。風力、太陽光、水力などの効率向上により、原子力、火力発電がなくなってても、電気は足りている(人口が少ないおかげでもある)


 オーバーヒート:脳を酷使すると、熱が出る。そのまま使いすぎると最悪死ぬ場合がある。

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