2通目 青々とした季節です
「次は原材料生産工場か」
水葬場からそこまで離れていない建物。陸はこの地区で一番大きい建物の前に止まった。自動的に扉のシャッターが開く。陸は荷物ともども再び放射線洗浄してから、室内に入る。
中に入ってヘルメットのシールドを持ち上げると、むわっとした熱気と腐ったような複雑な匂いが漂っている。慣れてくると匂いを感じなくなるらしいが、陸はあいにく慣れるまでここに滞在したことはない。
陸は軽く息を吸いこんだ後、大声を出した。
「あの!お届けにあがりましたー!」
「あーい、いつもありがとう!!ついでに台車で、奥に運んどいてくれないー?」
と近くのスピーカーから指示が聞こえた。陸は搬入口の横に置いてある台車に、配達物の数を確認しながら載せた。荷物を積み終えると、陸はヘルメットを外し、乱れた髪を念入りに整えたあと、背筋をしゃんと伸ばして台車を押して歩きだした。
陸はガラガラと台車を押しながら、工場の中に入っていった。だんだん匂いが強くなっていく。原材料の工場はとにかく広い。陸たちの地区の食料事情を全てここで賄っている。さらに曇りっぱなしの外よりずっと明るい。植物の光合成のためだ。
規則正しいプランターの列が大量に並んである。改良された多種多様の植物が育っている。その中を縫うように忙しなく、作業用ロボットが動き回っている。植物を収穫した作業用ロボットのあとに、別の作業用ロボットが新しく苗を植えている。ここは水葬場の処理した水が辿り着く場所だ。人間を溶かした水を加工し、植物に水として与えている。そして、その植物を加工して人間の食料であるドライフードが生産されている。
大量のプランターを目の前で食物連鎖を陸は感じた。
データペースで読んだ小説で、死んだ人間の体を食料の材料として使っていたという話があった。その小説では衝撃の事実として書かれていた。その話をふと思い出すたびに、なぜショックを受けたんだろうかと考えてしまう。
(やっぱ、気持ち悪いんじゃないかっと百が言ってったな…)
プランターの中を覗き込むと透明な水の中に白い根っこを張り巡らせていた。昔は土に植えていたが、汚染されて使えなくなった。
この広大な植物の世話は基本的にはロボットがする。そして、ロボットの点検や修理、収穫がちゃんと出来てるかなどの管理をする人間が1人、ここで働いている。
陸は荷物を押して奥に着く。ここの管理をしている
陸が無言で眺めていると後ろを向いたまま、七が声をかけてきた。
「やあ…陸くん、荷物運んでくれてありがとう。…調子はどう?」
「どういたしまして、今日も調子は良いですよ。七さんは相変わらず、研究してるんですね」
「管理の傍ら、これしかやることないからね…それに能力適性の通りだよ。研究が楽しくて仕方がないんだ」
少し振り向いて七は笑う。ヘルメットは外しており、メガネをかけている。その奥の瞳は探求心で燃えているようだ。七も陸と同じ白いスーツを着ている。
この世界は5歳を迎えた子供に能力適正試験を受ける義務がある。その試験の点数で将来の職業が決定する。管理者は複数のロボットを動かさないといけないので、脳の性能が良くないとできないのだ。陸は動かせてもせいぜい2台までだった。…下から数えた方が早い成績だ。
それでも郵便局勤務と通知が来て驚いたし、母親も周囲も驚いていた(郵便局勤務は結構人気の職だ)
最初こそ戸惑ったものの、仕事をしてみると楽しかった。陸には方向感覚や距離感が普通よりあるのだ。
植物の管理・研究に向いていると診断された七もまた、高い観察眼、興味、探求心と言ったものが普通より高いと推測する。
七は陸が配達員として、ここを訪れたときから働いている。年上の女性だ。
「でも、よくそう毎日研究できるなぁって思いますよ。それで、今は何をしてるんですか?」
「ふふ…植物の細胞クローンの劣化をどれだけ低コストで遅らせることができるかに心血注いでるよ。やはり早く成長させるように遺伝子を操作しちゃうとその分、異常な遺伝子ができやすくなるみたいなのよ。成長を速めて時間を短くする代償は大きいのよね~やっぱり長期的に観察すると、遺伝子に関しては何も手を加えず自然に育てるのが一番なのよね…やっぱり」
ようやくひと段落したのか、陸の方を振り向いた。短く切りそろえた前髪に、長い髪は下に一つにまとめている。メガネが印象的な理知的な女性だ。
「陸くんは、いつも笑顔でいいわね。君の顔を見たら、落ち込んだ気持ちも少しは晴れるよ」
そう言って七は優しく笑った。その笑顔を見た陸は照れを誤魔化すように頭の後ろを手でかいた。
「ここの植物たちのこと、自分の子供のように可愛がってるけど、成長したらすぐ出荷だもの。毎日悲しくなるわ、切なくなるわで……はぁ…虚しいのよね…ここの仕事って」
寂しそうに言う七に、陸は言った。
「七さんは…その、子供を育ててみたいと思うんですか?」
陸はちょっとその言葉に食い気味に飛びついた。
「うーん。そうね…育ててみたいわ。きっと…これが、生物の本能なんでしょうね」
背伸びをぐっとしながら、七は続けた。
「…あーあ。私、母親適正あるから、子供の養育指示が来たら陸くんと一緒に育てるのに…ま、無理だけどね」
陸をからかうように七は言った。
「…ま、まだギリギリ言われる可能性あるじゃないですか。…それにもしかしたら、俺とペアになることもあるかもしれないですし…」
もしもの話だとわかっていても、陸はとっさにそんな言葉が出た。
「ふふ…実はこっそり、あなたと家族適正あるのかやってみたのよ」
「えっ…!家族適正の申請したってことですか!?そんなことできるんですか?」
「うーん…結構、家族持ちたい子達の間では、ダメ元で出す子が多いわよ。私もダメもとで申請書出してみたら、政府側が演算してくれてね…ふふ…驚きだよね」
その言葉に陸は頬が紅潮するのを感じた。陸は七の顔を見るのは好きだ。少しでも話をしたいと思う。ドキドキと陸の胸が鳴った。
「結果は、最悪だった。シミュレーションでは家庭崩壊と示してたわ」
「え…!?」
甘い期待が胸をよぎっただけに、陸はその結果に衝撃を隠せなかった。
「友人としては、最高だってさ。だから残念ね。私たちこれ以上の関係にならない方がいいみたい」
その言葉に、陸は告白をしていないにのにフラれた気分になっていた。かなりショックな事実に、急に疲れが体中にのしかかった。
相性最悪ということは、それでは恋人となったところで、同居許可はおりないということだ。相性最悪は、絶対に許可はおりない。そういう制度なのだ。
「…べ…べつに七さんとどうこうなろうなんて考えませんけど、そう言われると俺がフラれた感じになってませんか?これ?」
陸は少し目に涙が張るのを感じた。その様子に七は申し訳なさそうに笑った。
「私に華をもたせなさいよ。ちょっと君にロマンを感じていただけに残念ね。でもお互い傷が浅いうちでよかったじゃない」
寂しそうに笑ったあとに、息を一つ吐き、七は仕切り治すように言った。
「それじゃあ私、忙しいから。この地区の生命線は私が担ってるわけで。よりよく植物たちを育てるためには毎日、研究しないとね」
そう意気込むと、七は再び陸に背を向けて、研究を再開した。
陸はそれ以上なにも言えなかった。だから、わざとおどけた風にこういった。
「ははー…七様。どうぞこの地区の食料をよろしくお願いします」
陸がその背中にわざと恭しく言うと、彼女は親指をぐっとあげてこたえた。
「任せなさい。細胞の劣化を止めることができれば、今より食料事情改善できるわよ!だいたい…私がここで一人で切り盛りしてるってどういうこと!早く下僕がほしいんだけど…むしゃくしゃするから改良した植物には七スペシャルと名付けるから!絶対…!」
彼女の感情に呼応するように、作業用ロボットもガチャガチャと音を立てて、スピードアップした。
「できれば…味付きフードの生産も考慮に入れてくれたら嬉しいです」
「ふふ…考慮しとくよ。さぁ…!人生は短い!急ぐわよ…!」
そう意気込むと再び、机に向かって一心不乱に作業を始めた。陸は邪魔をしないように、音を立てないように搬入口へ向かおうとしたとき
「陸くん…陸くんも死ぬ間際になって後悔しないようにね」
「!…はい…」
原材料生産工場出た。
陸は浮遊バイク漕ぎながら、妙にその言葉に焦った。
(みんなあっという間だったっていうよな)
去年、死んだ陸の父親もそう言っていた。
まだまだ陸に残された時間は長い。だからと言って七みたいに何かを研究して頑張りたいという強い気持ちは陸にはなかった。
そうぼやぼやしているうちにあっという間に最後の日がくる。
陸はそれから、いくつかの施設によって、食料等を配達した。
※注釈
原材料生産工場:主に麦、米、芋、大豆、ほうれん草、かぼちゃ、トマトなど多種多様な野菜を育てている。合計50台ほどの作業用ロボットが交代で24時間働いている。ほぼ自動で動くが、全体の工程や微調整は管理者が指示を出している。
作業用ロボット:二足歩行のロボット。腕も二本ある。身長は100センチ。四角の体に手足が生えたデザインだ。稼働寿命は50年ほど。単純な作業は一度命令したら、自動で動く。管理者の意のままに動かせる。脳の性能が良い人は50体ほど同時に動かせる。4時間稼働したら1時間の充電が必要。
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