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睡眠欲求

前文

1通目 拝啓 世界様

 aaaaaaaaaaaaaaaaaa

 20210131 Receive

 end

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 完了しました。


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2*?*年*月+#日

と*;詩人が言った。

「人類は何のためにあったのだろう?」

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 青年が目を覚ました。

 白い部屋、丸い繭のベッド。

 そのベッドから体を起こす全裸の青年。

 褐色肌に黒色の短髪。

 彼はこの物語の主人公。ろくだ。

 ベッドから降りて、裸足でペタペタと四角の機械の前に立つ。

 陸が機械の前に立つと、鏡から光が溢れ体を包んだ。しばらくして『健康状態異常なし。業務に支障ありません。良い日を』と機械のアナウンスが聞こえた。

 陸は壁にかけてある白い無地のインナーを着て、部屋から出た。


 ダイニングに行くと、陸の母親がいた。

 還暦を過ぎた陸の母親はゆっくとした動作で振り返った。

 色素の薄い金髪。髪もすっかり抜けて少なくなっている。

「おはよう。ろく、今日の体調はどうだったの?」

「うん。いつも通り健康だってさ」

 陸の母親は黒い染みだらけの顔を歪ませて笑った。

「そう。よかったわ。じゃあ、椅子に座ってなさい」

「うん。ありがとう」

 母親はキッチンにある大袋から、ドライフードを軽量カップですくった。平たいプラスチックの皿に入れる。ざらざらと茶色の丸い粒が皿を叩く。

「はい。どうぞ」

 母親はトレイにドライフードを入れた皿とペットボトルに入った水を運び、一つを陸の前に置いた。

「ちょっと、多くない?」

 いつもよりドライフードの粒の数が多い。

「食欲ないから。お母さんの分もお食べ」

 ここのところ陸の母親はめっきり食欲がない。いつの間にか体は枯れ木のように細い。肌も艶がない。

「…ありがとう」

 白い簡素なテーブルの上に、茶色のドライフードとペットボトルが置いてある。

 陸はドライフードを、もそもそとスプーンですくって食べた。

 歯が生えた頃から食べているこの完全食について、今更感想はない。食べなきゃ生きられないから食べている。なんというか息をするようなものだ。好きも嫌いもない。時折、口の中が渇くので水を飲む。フードは歯ごたえがあるが、味がない。

「味付きの食べ物ってどんなんだろ…」

 とこぼす。つい最近、データベースで知った。知識として知ると食べたくなる。

「きっと美味しいのだろうねぇ…」

 その陸のぼやきに、微笑む母親。

「あ!そうだ…お母さんに今日のスケジュール、言っとくね」

 トントンとと、陸の目の前に空間に浮いたスケジュールが表示された。陸はそのスケジュールを確認する。

「えーと、今日は西地区の配達するから。帰りは夕方ごろになるよ」

「わかったわ…お母さんは、今日も特に用事がないから。外でも散歩でもしようかしら。お隣のさっちゃん、小説読むのにはまっているみたいなのよ~お母さんも暇だから、今日は読んでみようかなって思ってるの」

 さっちゃんは陸の母親の友達だ。陸の母親同様に、仕事は引退している。

「はいはい…それと、電脳通話テレパシーは長時間使うと脳が熱を持つから、気を付けてね。もうお母さんは若くないんだからさ」

「ちゃんとわかってるから、大丈夫よ」


 朝ごはんを食べ終わり、空の食器を母親に渡す。母親は受け取った皿を軽く布で拭いたあと、そのまま棚に戻している。

 陸は自分の部屋にもどり、壁にはめ込んで充電していた服を外した。そのまま薄い服の上から着る。全身を覆うぴったりと吸い付く白いスーツ。はねた黒髪の上からヘルメットをかぶって完全に頭を覆った。

「じゃあ、言ってきます。お母さん」

「いってらっしゃい」


 陸は扉を開けた。そこは外ではなく、まだ室内だ。扉を開けた先は小さな部屋になっていて、さらに奥に扉がある。その奥の扉を開けたらようやく外だ。玄関は二重構造になっている。

 外に出ると、相変わらず空は灰色に曇っている。色がほとんどない白黒の世界だ。陸の家の周りにはぽつぽつと灰色のドーム型の家がある。

 陸は少し積もっている雪を踏みながら歩いた。防護スーツのおかげで寒さは感じない。陸は歩いて職場に向かう。周囲には歩いている人間はいない。外で人間に会うことはほとんどない。それに、この時間は、ほとんどの人間が職場で働いている時間だ。遠くにうっすらと大きな山が見えた。もくもくと山から煙を出しているのが見えた。

 色のない素っ気ない世界になる前は、青い空に緑の大地があった。

 端的にこの世界を説明すると環境汚染がきっかけで戦争が勃発した。丁寧に満遍なくこの星は、放射能に汚染されてしまった。

 放射能防護スーツを着ないで外に出ると人間はすぐに被ばくし、数日後に細胞が壊れ、機能不全を起こして死に至る。

 (放射能のない世界は、今よりずっと暮らしやすかったんだろうなー)

 そんなことをぼんやりと考えたが、陸はこの放射能の世界に不満はなかった。

 

 周囲は同じようなドームが並んでいるだけで、目印になりそうな建物はない。

 陸は職場に12年も勤務している。目を閉じていても、辿り着けるぐらいには職場への道は覚えていた。

(…ちょっとやってみってみるか)

 陸は目を閉じて、感覚だけを頼りに歩いた。

 北に20歩。西に100歩…とごちゃごちゃと複雑な経路を迷いなく陸は進んだ。

 10分ほど目を閉じて歩いた。ぴたりと足を止めて目を開けると、目の前に便と薄れた文字で壁に書いてあるドームがあった。

(よし!)

 陸はガッツポーズをとった。ピシャリと辿り着いたことが嬉しかった。歌いながら二重構造になっている入口に入る。小部屋の真ん中で止まる。すると天井と床から消毒液が陸に降りかかる。全身くまなく放射線の洗浄をした。

 それから郵便局の室内に入った。


 扉の先は広々とした空間があった。郵便局内は部屋を区切る壁がない。広々としている。倉庫に近い。ここには工場で作った食料や生活必需品が一度運び込まれ、各部署や家庭に仕分けする。ほとんどの人間が昼間、職場にいるので自宅ではなく職場に届けている。もちろん陸の母親みたいに働いていない人間は個人宅にも配達している。それ以外の配達物はない。

 昔は郵便局員というと手紙を配達していたが、いまは電脳通話で離れたところで会話できる上に、データも脳に転送できるので手紙自体が消えた文化だ。送るデータの容量が大きい場合は、一旦、データベースに上げて、そこを覗くという仕組みになっている。

 郵便局内で作業をしている男が2人いた。

 1人は眠そうに台車に食料を仕分けをしている2年勤務の新人。陸の10歳年下で名前は拾四じゅうし。陸は“じゅーし”と呼んでいる。

 もう一人はじゅーしの傍に立って、にこにこと指導をしている。ここでの最年長の局長 一二三ひふみ。薄くなった髪に、しわだらけの顔がトレードマークの好々爺。勤務30年の大ベテランだ。基本は3人でこの郵便局を切り盛りしている。

 陸はヘルメットのシールドを上げて、挨拶をした。

「おはようございます」

「おー陸、おはようさん」

 一二三局長が穏やかに返し。

「…おはようございます…ふぁ」

 拾四はあくび混じりで返した。

「じゅーし!先輩に向かって、その気の抜けた挨拶はないだろう…。でも早番の仕事ちゃんとしてて偉いぞ」

「僕もはやく…配達にまわりたいです…出勤遅くてもいいし…楽しそうだし」

 口を少しとがらせて、不満をいう拾四

「そう先の話じゃないぞ。でも、まぁ先に中の仕事を覚えろ」

 腕を組みながら、したり顔で陸は言った。

「はーい…先輩、これ今日の配達分の荷物です」

 拾四は配達物が入ったコンテナを台車に乗せて、陸の目の前に持ってきた。

「ありがとう。それじゃあ、局長。これ終わったらいつも通り、俺は家に直帰します」

 陸はその台車を押しながら、局長に言った。いつもなら「気を付けて」と言って見送ってくれるが、今日は違った。

「待ってくれ、陸。すまないが、今日の仕事が終わったらここに戻ってきてくれ」

「え…?」

 陸は怪訝な声が出る。

「あー…ちょっと陸に頼みたいことがあるんだ。悪い知らせじゃない。まぁ…受け取り方によっては悪いかもしれないが…とりあえず今日は、一度事務所によってくれ」

 少し困ったように言う局長。

「わかりました。それじゃあ、一度戻ってきます」

 陸は搬入口前に置いてある浮遊バイクとコンテナをつなげた。

 バイクに跨り、エンジンをかけるとふわりと浮き上がる。浮遊バイクは丸みを帯びて、つるりとしたデザインだ。色は赤だ。昔から郵便局と言えば赤色と決まっている。陸は揺れる車体が安定してから、二重構造になっている搬入口から出発した。


 スイスイと身軽に動き、テキパキと個人宅に食料を配達していく。傍目から見たら、楽しそうに見える配達も最初だけだ。

 オンボロ浮遊バイクなので配達中にバイクの充電がなくなる。浮遊バイクのバッテリーが古すぎて、フル充電でも配達の途中で充電切れになるのだ。ここのところ更に調子が悪く、行きの距離半分ほどで切れる。

「工場に新しいバッテリー申請してるけど…いつ来るやら」

 あとはなんと人力で漕ぐしかない。浮遊バイクには自転車のペダルがついている。

「えーと。防護スーツの充電率は80%か…スーツの支給は早いのになー」

 地面に足をつける。 

「…ま、当たり前か…命にかかわるもんな。スーツの支給が遅れると」

 陸は左手の甲にある設定スイッチを操作した。防護スーツは陸の体に合わせて新調したばかりだ。馬力があって、大助かりだ。

「足の筋肉にエネルギーをまわすっと」

 人力では回せない重いペダルが、防護スーツの補助で軽くなる。

 きーこきーこと陸が何回か漕ぐと再び車体が浮き上がった。

「じゅーしはこの大変さをわかってねぇよなぁ…きっつー」

 防護スーツの補助があっても、それなりの距離を漕ぐと疲れる。体から汗が噴き出るが、防護スーツの中ですぐに分解されて微々たるエネルギーになっている。

 正直、郵便局での仕分け作業の仕事の方がマシである。それでも、配達の仕事は他の部署からみたら羨ましいと言われ、子供達にもそれなりに人気がある。

「地図」

 一言、声で命令すると、頭の中に入っている地図を表示される。揶揄でもなく、便地図のデータが詳細にあるのだ。『場所を知りたきゃ、郵便局員に聞け』という言葉があるぐらいに、郵便局員は地区の構造や住んでいる人、場所を把握している。

「今日は西地区…。工場や施設があるとこだな」


 似たようなドーム型の建物の合間を縫って30分ほどかけて普通の家より大きいドームの搬入口の前に来た。これまた擦れた文字で壁に「水葬場」と書いてある。陸の脳の信号を読み取ると搬入口の扉が勝手に開き中に入る。建物は登録された人しか入室できない。入った先は、どの建物も同様に狭い個室になっており、浮遊バイクや荷物は隈なく洗浄される。陸は洗浄が終わると奥にある扉から室内に入る。

 陸はすぐに声をかけられた。

「よ、よ、よう!ま、待ってったぜ…!へへ」

「元気そうだな。ひゃく

 ヘルメットのシールドを上げる。水葬場独特のツーンとした薬品の匂いが鼻をかすめる。目の前に大きな体躯をしている男、百が立っている。黒い作業スーツを着て同じくヘルメットをかぶり、目元の部分のシールドをあげている。水葬場の職員だけ陸たちのような白い防護スーツではなく、黒色の防護スーツを着ている。

 黒色の理由については科学的な理由はない。そういうものだからという意味で黒色だ。つまりは意味はない。

「お、おま、お前は良いよな。ゆ、ゆ郵便でさ…こ、こっこの前来た子供の顔って言ったら、ぜ、ぜ、絶望した顔だったんだぜ…!で、でも、き、気持ちはわかるけどな」

 どもりながら、百は笑う。

「俺はここ…好きだけどな…匂いがきついけど、綺麗で…一応神聖な場所でもあるし」

「ま、毎日、…い、いればあきるよ…そ、それに造花の掃除も、た、大変なんだせ?」

「その言葉、そっくりそのまま返すぜ。こっちも配達きついぞ…」

 何度も繰り返してる世話話をしながら、物品リストを開き、コンテナからここの職員の生活必需品のドライフードや服、道具をリストに書いてある数字通り下した。百はその物品を確認しながら用意していた台車に載せていく。

「今日のご予定は?」

「い、今1人と午後に、ふ、2人ある。ま、ま、す少ない方だよ」

「なぁ…見てもいいか?」

「そ、そんなこというの、ろ、ろ陸ぐらいだよ…い、いいぞ」

 もう少し滞在することがわかり、嬉しそうに百は体を震わせている。

「は、はやくいかないと、お、終わっちゃうかも…!」

 そう言われて、百に背中を押されながら水葬場の中に入る。

 室内はぼんやりと薄暗い。うっすらと発光している青い水が入った水槽が真ん中に鎮座してある。その水槽の周りには白い造花の花畑が広がっている。菊という種類の花らしい。もちろん本物は見たことがない。花を飾ることに意味はないが、それは死者に対する手向けだと教えられた。白い花は暗い室内でぼんやりと光って見える。ちなみにこの花は地区によって変わる。

 水槽の近くに立っている黒いスーツを着た職員が空中に表示されたパネルを操作していた。上からゆっくりと透明な箱に寝かされた遺体が下ろされた。

 陸はその人物に見覚えがあった。

 全裸の遺体は、ゆっくりと青い水に沈んでいく。透明の箱の壁は青い水を貫通させ、どんどんと遺体の体を包んでいった。遺体の浅黒い肌が、ピンクの肉が見えたかと思ったらあっという間に骨が見え、そのうちに何もなくなった。さっきまでそこにあった遺体は水に溶けて消えていた。時間にして10分ほどだろうか。透明な箱を引き上げると、そこには何もない。黒いスーツの職員は黙とうを捧げている。陸は胸が締め付けられる感覚がした。

「すべては水に還る。恐れるな。貴方の血肉は次世代の肉となる」

 よどみなく、祈りの言葉を言っている百を陸は横目で見る。

「…そろそろ…うちの母さんも時期だから、その時は頼むよ」

「あ、あ、あぁ…ちゃ、ちゃんと、み、み見送るよ……」

「百の時は、俺が見送りするよ。まぁ…ここの操作はできなから、見るだけだけどさ」

「は、はは…き、気持ちだけ、う、うけとるよ。れ、れ、連絡はいかないんだもの。い、いつぼ、ぼ、僕が、水にとけたか、な、なんてわからないよ」

「総務に、連絡するように言う…」

「あ、あぁ…そ、その手があるか!や、やっぱいいよなぁ、ゆ、郵便は、か、か、顔が広くてさ」

「そのかわり大変だけどな」

 くしゃりと笑った百の顔を見ると少し目尻にシワが出てきていた。

「体には気をつけろよ」

「あ、あぁ…じゃ、じゃ、じゃあまた」

 百の見送りを受けながら陸は水葬場を後にした。

 水葬場からでているポンプをたどりながら、次の場所へ向かった。

 

※注釈

 繭型のベッド:通称カプセルベッド。この中で寝ると体の洗浄から肉体・精神の疲労が回復する。この世界にはお風呂という概念はない。

 

 ドライフード:2021年で近い言葉で例えるならドックフードに近い食べ物


 データベース:2021年で近い言葉いうとインターネットのこと。アクセス回数は個人個人で決まっている。


 郵便局:手紙を配達する仕事はなくなった。通貨という概念もなくなったので、貯金、保険などの制度もない。いまは荷物の配達だけである。個人の荷物の配達もするし、時には人を乗せたりする。


 水葬場:死体を溶かす場所。埋葬する習慣はない。この世界で唯一の宗教は「すべては水に還る。恐れるな。貴方の血肉は次世代の肉となる」という文章、一文のみである。

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