36. 主人との決別


「かくして、気弱な少女は人間への復讐を誓った。


 最愛の姉をこの手で殺し、火を受け継いだ私は、今更止まれないのだよ」




 ──さて、余興は終いだ。

 話はこれで終わりだと言うように、彼女は立ち上がる。




「ではアッシュよ──殺し合おうではないか」


 トンッ、とシェーラは地を蹴る。

 それは舞うように軽く、踊るように美しい。


「っ、くっ!」


 一瞬、反応が遅れた。

 その隙に彼女は目と鼻の先まで肉薄し、咄嗟に迎え討とうと剣を構えた俺は、気が付けば壁側まで吹き飛ばされていた。


 ジャスパーに見せたものと同じ戦い方だ。

 なら、次に来る攻撃は────


「そこだ!」


 剣を横薙ぎに振るうと、硬いものを弾いた感覚があった。

 俺が反応すると予想し、手を出すのではなく剣を振り下ろしていたのだろう。もし少しでも反応が遅れていたならば、俺はその時点で終わっていた。


「流石に、これで終わったら呆気ないからなぁ? まだまだ粘れよ、アッシュ」


「その偉そうな口調……最後まで保っていられたら良いな」


 シェーラは「ハンッ」と鼻で笑い、言葉の代わりに重い一撃を振り下ろした。


 受け止めるのは不可能だ。負担にならない程度に攻撃を受け流し、振り下ろした状態で固まる彼女の胴体に反撃を叩きつける──が、上半身を逸らされ、ドレスの裾を切り裂くだけで終わった。


「おお、危ない危ない」


 少しは追い詰められたのかと喜ぶべきか、彼女にはまだ軽口を叩くだけの余裕があると思うべきか。……きっと、正解は後者だ。


 決して油断することなくシェーラの動作一つ一つに注目し、いつでも対処出来るように神経を研ぎ澄ます。



「なぁアッシュよ。そろそろ貴様の答えを聞かせてくれ」


 口を開きながら、上下左右から怒涛の斬撃を繰り出すシェーラ。


「答え、って……なんのこと、だ……!」


 必死に食らいつきながら、俺の体は小さな傷を作っていく。

 大振りと小振りを使い分け、こちらの判断を混乱させる彼女の戦い方は、相手にしていてとてもやりづらい。


「私は貴様に自由を与えた」


「それがどうした!」


「人間は、貴様にとって救う価値のあるものだったか?」


 上段からの振り下ろし。

 それを真正面から受け止められ、横薙ぎに繰り出された回し蹴りが腹に直撃する。


「ぐっ、は……俺は、人間の味方だ」


「それは貴様が命を賭けるに相応しいか? 奴らは欲深い。今は良くても、いつか貴様のような人智を超えた力を奪おうとする輩が出てくる。それは貴様が守ろうとしている同じ人間だ。世の中にはそれが蔓延っている。それでも貴様は人間を救おうと考えるか?」


 シェーラは、イルミナとシェーラは欲深い人間に利用された。

 力を求めた彼らに最後まで使われ、イルフレイムごと放棄された。


 きっと、彼女達の周りにはそのような人間しか居なかったのだろう。

 だからシェーラは人間を憎み、殺し、火を奪おうとしている。



「俺には、守りたい人が居る!」


 人間は欲深い連中だけではない。

 シェーラが諦めた優しい人達だって、ちゃんと居る。


「あの、女もか?」


 視線が俺の後方──リーゼロッテへ向けられた。


「あれを壊せば、貴様はどんな顔をしてくれる?」


「っ、やめろぉぉぉ!」


 シェーラの手から放たれた灼熱の奔流。

 剣を投げ捨て、リーゼロッテを庇うように立つ。


「ぐっ、ァアアァァァァアアアァ!!!」


 受けきることは不可能だ。俺は灰人だが、圧倒的な火の前では無力。リーゼロッテを守りながらどうにかするなんて……何の力も持たない俺には決して叶わない願いだ。


「ハッ! やはり、呆気ない終わり──」






「だったら! 今、限界を超えなくてどうする!」






 力には力を、火には火を。

 それを教えたのは、他でもないシェーラだ。



 ──俺は力を欲した。

 今は一人だけでも多く守れるような、力を。



「俺に、力を寄越せぇぇえええええ!」


 最強の力なんて無くても良い。

 誰かを守れるだけの力さえあれば、俺は十分だ!




「──なっ!? 貴様、それは!」


 シェーラが声を荒げる。




 その時、俺の両手には、一振りの巨大な剣が握られていた。


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