35. 大好きな人へ


「ァァァアアアァアアァァァァァ!!」


 姉が苦しんでいる。

 シェーラはこれ以上、その姿を見たくなかった。


「……お姉さま、ごめんなさい」


 いつか使うかもしれないと、懐に隠し持っていた短剣。

 シェーラは決意を固め、片手に持って歩き出す。


「苦しいですよね」


 一歩を踏み出すと、ドレスが燃えた。

 姉が似合うと言ってくれたお気に入りのドレスだ。


「辛いですよね」


 肌がピリピリと焼ける感覚がした。

 目が充血し始めて、開くのもやっとだ。


「怖いですよね」


 一歩一歩を確実に踏みしめ、シェーラは辿り着く。


「大丈夫です」


「──ァ」


 そっと、姉の体を抱きしめる。

 大丈夫ですと、もう一度呟いた。


「私がいます。ずっと一緒に、貴女と共に」


「ァ、アァ……シェー、ら」


「ええ、私はここです。お姉さま」


 姉の頬に一筋の涙が伝う。

 それを拭い、ニコリと微笑んだ。


「お姉さま、お疲れでしょう? ……もう、お休みになられてはいかがですか?」


「アゥ、ア……ア、ハッ……」


「ええ、貴女が眠るまで、私はここに居ますから。最後までお姉さまのことをお守りいたします。だから今──楽にして差し上げます」


 腕を振りかぶる。

 キラリと、刃が煌めいた。






「お休みなさい、お姉さま」


 ドスンッ、と背中から心臓を貫く。





「アッ、グッ、ガフッ……」


 イルミナは血を吐き出す。

 温かくてヌメッとした液体の感触がした。


「お姉さま」


 シェーラはその間、姉の体を抱き締めていた。

 絶対に手放すものかと、強く、固く。


「シェー、らぁ?」


 イルミナの手が伸ばされる。

 何かを手探りで探すように、それは虚空を彷徨う。


「……っ、……はい」


 シェーラはその手を握り、胸に運ぶ。

 ぎゅっと抱き締め、姉の頬にキスを落とした。


「大好きです──お姉ちゃん」


 ずっと、これからも。

 ──私は、貴女を忘れません。


「しぇーラぁ? しぇーら、シェーら、シェーあ、シェーラ、────」



 姉の口がパクパクと、小さく動いた。

 『ありがとう』と、そう言われた気がして、目を見張る。



「────、────………………………………」


 イルミナは二度と動かなくなった。

 力強く握られた手は力無く垂れ下がり、項垂れるようにシェーラの体に全ての体重を預け──パサリと、灰のように白く美しい髪が落ちる。




「…………さようなら、私の大好きな人」


 悲しくはない。

 この結末を望んだのは、他でもない自分自身だ。


 だから、これは嘘だ。

 頬に流れる一滴の雫は──きっと嘘なのだ。










 深遠の遥か深くに封印された王都イルフレイム。

 それは誰にも知られることなく、誠の終わりを迎えた。


「…………」


 何もかもが白く朽ち果てた王城。

 その中をカツカツと、ヒールを鳴らして歩く人物が一人。


 灰を被ったように白く、恐ろしいほどに美しい女性だ。



「私が、やらなければ」


 この悲劇が二度と繰り返されないように。

 イルフレイムに残る最後の女王として、責務を全うするために玉座へと向かう。




「──目覚めよ」


 山積みになった瓦礫と灰が、不自然に動く。

 彼女の呼びかけに応えるように、その中から異形が這い出た。御伽噺に出てくるような悍ましい化け物は、一人、また一人と数を増やす。人々に悪さをして困らせる『悪鬼』に似たそれらは、静かに彼女を見上げ、首を垂れた。



「聞け。亡者ども──我が忠実なる灰の使徒よ」


 玉座に腰掛け、彼女は高らかに告げる。




「灰都イルフレイムの女王、イルシェーラ・レ・フレイムが命じる。

 火を求めろ。奴らから奪え。邪魔者は蹂躙せよ。


 ──終焉をその手で成し遂げろ!」




 女王の命令に従い、灰人は侵攻を開始した。

 これが罰だとでも言うように、沢山の命が大地に散ったのだった。


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