34. 望んだはずの時間
火に取り込まれたイルミナは、すでに人間を辞めていた。
ようやく静かになったかと思えば、数分後には再び動き回る。その度に街は破壊され、無差別に火が巻き起こる。
ただ一つ。イルミナとシェーラの過ごした王城だけは、無傷のままだ。
彼女に理性は残っていない。それすらも焼却されてしまった。だからこれは偶然であり、シェーラが今も生き残っているのは奇跡だ。
「アハハ、ウフフフフフフフッ」
「ええ、楽しいですね」
その日、二人はおままごとをしていた。
イルミナが両手に瓦礫を持ち、楽しそうに笑っている。彼女からそれを受け取ったシェーラも、同じように微笑む。その度に心は軋んだ。
「アハッ! エヘヘヘヘ」
長い時間が過ぎた頃、イルミナは膝の上に頭を乗せてきた。
「……眠くなりましたか?」
「フフフフフフ、ウフフフフフフ」
「いいですよ。満足するまで、お眠りください」
姉は今まで我慢を強いられてきた。
今のように好きに生きるくらい、許されて当然だろう。
シェーラは姉のしたいこと全てを受け入れる。
いつまでも彼女の隣で寄り添い続けると決めたのだから。
「大好きですよ、お姉さま」
耳元で囁く。
──私も大好きよ。
その言葉を、もう一度と聞くことは叶わない。
王都が滅亡して、数え切れないほどの時間が経過した。
「アハハッ、アハハハハ。シェーラ! シェーラ!」
「お姉さま、そんなに引っ張らないでください」
二人は、白く朽ち果てた城の廊下を歩いていた。
シェーラが眠っているところにイルミナがやって来て、急に手を引っ張って部屋から連れ出したのだ。こういうことは珍しくない。今日はどこに連れて行かれるのかと、シェーラは内心思っていた。
「……あれ? この道って……」
その廊下には見覚えがあった。
シェーラがまだ幼く、姉の後ろをちょこちょことくっ付いていた時、何度も通った廊下だ。今まで忘れていた思い出に、懐かしさを感じる。
「確か、この先は……」
イルミナに連れて来られたのは、イルフレイム全体を見渡せるテラスだった。
過去に二人は何度もここへ来て、シェーラは姉に抱っこしてもらいながら風景を楽しんでいた。
「アハハハハハ?」
「──きゃっ、ちょ、お姉さま?」
急に体が軽くなる。イルミナが軽々と自分の体を持ち上げたのだ。
人を辞めた姉の力もまた、人のものではなくなっている。同じ身長にまで成長したシェーラを両手で持ち上げるのは、赤子を抱くのと同じくらい簡単なことだ。
「ですが、これは恥ずかし過ぎます。今はもう持ち上げずとも……!」
「アハハハハハハハッ!」
「んもぅ……」
姉の体に刻み込まれた記憶が、過去の行動をなぞっている。
決して正気に戻ったわけではない。それでもこの思い出だけは彼女の中に残ってくれているのだとわかり、シェーラは嬉しくなった。
それからというもの、姉は毎日、その場所を訪れるようになった。
本当に立場が逆転したなと思いながら、彼女に付き従う。
「ウフフフフ、シェーラ!」
「ええ、私はここですよ、お姉さま」
毎日が同じ生活。
同じことの繰り返し。
永遠に続く二人の時間。
大好きな姉と一緒にいられるのは、嬉しい。
だが、これ以上……壊れた姉を見続けるのは、苦しい。
「シェーラ! シェーラ!」
「……、……ああ、はい。どうしました、お姉さま」
「アハハハハハハハ」
「ええ、もうすぐですね」
テラスに辿り着く。
姉に持ち上げられ、崩壊した街を見下ろす。
何度見ても、何日経っても──街は変わらない。
シェーラが大好きだった街に戻ることは、一生無いのだろう。
「アハッ?」
体を降ろされる。
この後はイルミナが眠くなるまでおままごとだ。
そうすれば自分も休める。
──いつまで続ければいいのだろう。
ふと、そう思った。
街は変わらない。
あの日、イルフレイムが終わりを遂げた時から、何一つも。鮮やかな街並みも共存していた緑も、そこに住む人々も。等しく灰に変わり、その場に留まっている。
その光景を見ても、もう何とも思わない。
自分も同じく、あの日に壊れてしまったのだ。
「……終わりを望むのは、私のわがままなのでしょうか」
あれほど待ち望んだ自由だ。
だが、それはシェーラの望む理想とは掛け離れていた。
──姉と幸せに暮らしたかった。
ただそれだけが欲しかったのに、どこで間違ってしまったのだろう。
「戻りましょう、お姉さま」
きっと、何も間違っていなかったのだと、疑問を封じ込める。
「……お姉さま?」
「……………………」
振り返ると、イルミナは遠くの方を見つめていた。
その横顔は遠い昔に見た姉そのもので、シェーラは呆気にとられる。
「ア、アァ」
「お姉、さま?」
様子がおかしいと、手を伸ばす。
そんな彼女の体は──次の瞬間、壁に叩きつけられていた。
「ッ、アアアアアアアアアアアアア! アァァアアァァァアアァ!!!!」
苦しそうに頭を抱え、髪を振り乱すイルミナ。
意識が戻ったわけではない。それでも彼女は苦しんでいるのだと、その声で理解した。
「お姉さま……っ、お姉さま!」
呼び掛けには答えてもらえなかった。
灼熱の波動を周囲に撒き散らし、姉は喚き散らす。
「──ああ」
いつかは、こうなると思っていた。
必ず来ると、わかっていた。
だから、シェーラは心に決めていた。
再び姉が暴走した時、全てを終わらせようと。
それが、第二王女としての責務を果たす時なのだと。
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