33. 崩壊の都
「うっ、うぅ……っ」
泣き喚くシェーラを抱え、イルミナは二人の私室に戻った。
周りには沢山の侍女がいて、姉と同じくシェーラを心配そうに見つめている。
「ほら、もう泣き止んで。ね?」
「うぅぅ!」
「あらあら、困ったわねぇ」
ハンカチを差し出され、鼻水を吹き出す。
すぐにベチャベチャになってしまい、すぐに侍女が新しいハンカチを持ってくる。
「どうじで、おねえぢゃんだけ、つらいおもいをするの」
「それは、私が火継だからよ」
「だったら、シェーラがひつぎになる! おねえちゃんだけをくるしめない!」
「──ダメッ!」
初めて聞いた姉の大声。
シェーラはビクゥッ、と体を大きく震わせた。
「う、ぁぁぁあああん!」
ようやく収まってきた涙を流し、部屋が震えるほどの大声で泣く。
侍女は慌てふためき、姉は自分の行動を悔やむように目を伏せた。
──違う。
おねえちゃんを悲しませるために泣きたいんじゃない。
これ以上無理してほしくないから、どこかに行ってほしくないから……でも、それを言葉に出来ないから、泣いているのだ。
「おねぇちゃん! ひ、ぐっ……行かない、で! シェーラ、いい子にするからぁ。もっといい子になるから、ぇぐ、ずっといてぇ……!」
拭いても拭いても涙は枯れない。
自分の感情を制御出来ないシェーラは、泣き続けた。
「……ごめんね。ごめんね」
そんな彼女を、姉は包み込んだ。
謝罪なんて聞きたくなかった。
約束をしてほしかった。
──ずっと一緒にいる。
ただその一言を、シェーラは強く望んでいた。
「アッ、ハハハハッ!」
麗しい女性が、火の中で踊る。
華麗な足取りで瓦礫を飛び越え、くるくると舞う。
「フフッ、アハッ? キャハハハハハハハハハ!」
彼女の周囲には、誰も居ない。
皆、彼女を捨てて何処かへ行ってしまった。
「…………お姉さま」
シェーラは、その様子を静かに見つめていた。
こうなる予兆は過去に何度もあった。過激な発言をするようになったり、派手な行動をするようになったりと、姉が変わっていくのを誰よりも近くで見ていた。
徐々に壊れていく姉を、見ていることしか出来なかった。
──こうなったのは必然だ。
誰も悪くない。悪かった奴はもうこの世から消えた。骨すらも残らず、灰すらも燃え尽きた。だから、もう誰も悪くない。
「お姉さま……」
拳を握りしめ、震える声で呟く。
守れなかった。あれだけ姉のために頑張ると決めたのに、結局自分は何も出来ず、行動に移すことすら怖がった。
何年経っても気弱な自分を呪いたくなる。変わるチャンスは何度もあったはずだ。
それを見逃してきた自分が──今はどうしようもなく憎い。
「ウフフ、フフフ」
踊り疲れたのか、ようやく姉は立ち止まった。
「アハハッ? シェーラ? シェーラ! アハハハハハハハ!」
「ええ、シェーラはここに。……さぁお姉さま。もう帰りましょう」
この王都に残っている民は、もう居ない。
皆、今まで暮らしてきたこの国を捨ててしまった。
イルミナが命懸けで守り続けた場所を、人々は簡単に放棄したのだ。
「………………」
シェーラの中で、どす黒い感情が渦を巻く。
「っ、おねえ、さま……?」
イルミナが手を伸ばし、頬に触れる。
深い場所に堕ちかけていたシェーラは、驚いてハッと我に返った。
「アハッ?」
無邪気な笑顔だ。
……今ではもう、立場も逆転してしまった。
「ええ、えぇ大丈夫。大丈夫ですよ」
姉はいつでも笑いかけてくれた。
今度は、自分が彼女のようになろう。
「大丈夫です、だいじょうぶ……ずっと一緒ですから」
約束したから。
いつまでも、ずっと一緒に居るって、約束したのだ。
嬉しいはずだ。
大好きな姉と自分だけの世界がある。嬉しいに決まっている。
なのに、胸が苦しくて──堪らなかった。
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