31. 勇者への憧れ


 俺の中に燻っているのは、怒りだ。


 灰人を操り、多くの人を殺した『シェーラ』に。

 大切な場面で何も出来なかった『俺自身』に。




 だが、それ以上に────。




「シェーラ。よくも俺の大切な友達を……!」


「なぁに、ちょいと味見をしていただけのことよ。その過程で多少の事故が起こるのは、よくあることであろう?」


 相変わらず面倒臭い奴だ。


 最初から殺すつもりだったと言えばいいくせに、わざわざこちらの神経を逆撫でするような言葉を選んでくる。腐り切ったその性格は、修正不可能の域にまで届いている。


「良い加減、その減らず口を叩いてやるよ」


 剣の切っ先を突きつける。


 シェーラは目を見張り、ニヤリと口元を歪めた。

 それは心の底から楽しいと、そう思っているような無邪気な笑みにも似ていた。


「絶対に勝てないと理解していながら、私に立ち向かう。……それをするに至った理由はなんだ? その女を救う『英雄』になるためか? それとも私を殺す『勇者』になるためか? もしくはその両方を貴様は望むか? 人は強欲な生き物だと、貴様自身がそれを証明してみるか?」


 ペラペラと、シェーラは言葉を並べる。

 俺はそれを何一つとして聞き入れなかった。


「こちらの希望通りに従ってくれるのであれば、勇者に倒されてみたいなぁ。御伽噺に憧れる乙女の願いだ。……心優しき勇者様は、これを聞き入れてくれるだろうか?」


 嘲けるような態度を続ける彼女に、俺は我慢の限界を迎えた。



「…………なんで……」



「ふむ? なんでとは、何がだ?」


 イルシェーラは眉を寄せ、首を傾げる。

 俺が何に怒っているのか、本気でわかっていないという顔だった。


「なんでお前は、自分の破滅のことしか考えていないんだよ! もっと他の方法があっただろ。どうして、お前は悪役になろうとする……!」


 今まで、どのような言葉に対しても余裕の笑みを崩さなかったシェーラ。

 そんな彼女が初めて、虚を突かれたように目を丸くさせた。



「…………そうか。馬鹿だと思っていたが、見誤ったか」


 彼女は笑う。






 ──それは知らない女の微笑みだった。






「最後の舞台を演じる前に、少し……昔話をしてやろう」


 シェーラは玉座に還る。

 まるで舞台に立つ役者のように大きく両手を広げ、仰々しく口を開く。



「──ある日、世界に火が灯った」


 これは心優しき女王と、気弱な少女の物語だ。



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