30. 終い
「これで貴様の心臓を貫く」
死刑宣告のように告げられた言葉。
「貴様の信じるあの男が来た時、あれはどのような顔をするだろうか」
泣くか、怒るか、それとも────。
「守れなかった。助けられなかった。約束したのに……と、あれは絶望するのだ。己を責め立て、器は空虚なものへと成り下がるだろう。その様を観察するのも、また一興だ」
「っ、貴女はどこまで人を陥れれば……!」
「貴様らがやったことだ。貴様らだけが欲求を満たそうと火を求め、女王を傀儡のように使い、彼女が壊れるまでそれを続けた。ごめんなさい。これ以上はこの国を、あなた達を壊してしまいますと、涙ながらにそう訴えたあの人を、人間はなんと言った?」
──答えは簡単だ。
「そんなの知らないと、吐き捨てるように言った。私はそれを聞いて絶望した。人間とはこんなにも浅ましく醜くなれるものなのかと、殺意すら覚えた」
当時のことを思い返したのか、イルシェーラは顔を歪めた。
彼女の怒りが強くなり、ドス黒いオーラとなって可視化され、その熱で服の薄い箇所が溶ける。肌を焦がすほどの激しい感情は、その場の気温すらも上昇させる。
「だが、あの人はどこまでも民に優しかった。絶望的な言葉を投げつけられても、自分だけが我慢すればいいと更なる火を求めた。求めてしまった」
かくして、女王は狂う。
己の内に溜め込んだ力が暴走し、王都を火の海に変えてしまった。
「女王が使い物にならなくなったと知った奴らは、一斉に手のひらを返した。国宝を持ち去り、残り滓となった火を奪って逃走し、苦しいと助けを求めるその手を斬り落とした。──それが騎士、フレアガルドの者だ」
「そんな、ことが……だって先祖は当時のことを最後の時まで悔やんでいたと……」
「フレアガルドの者も言いように利用されただけだ。その程度のことはすぐに理解したさ。終始、こちらが身に覚えのないことばかりを言って責められたからな」
思えばあの男は何一つとして悪くはないのかもしれない。
しかし、それでも許せるかと言われたら、別の話だ。
「あれは女王と同じく誰よりも気高く、誰よりも民想いの男だった。……だが、それはあいつの弱いところでもあった。結局は言いように惑わされ、僅かな時の迷いで忠義のために捧げた剣をこちらに向けたのだ。経緯がどうであれ同罪よ」
「ですが……っ、だからこそ我が家は女王に謝罪したかった! 詫びることで全てが解決するとは思っていない。それでも先祖はあの時のことを……!」
「──くだらんなぁ。実にくだらない戯言だ」
「戯言ではありません! その過程で貴女様が狂ってしまわれたと言うのであれば、私が全力を持って貴女を止めてみせます。」
「貴様が? 私の野望を止める? ──くっ、あっははっ! これは面白い。塵にも満たぬ埃風情が、この私を止めるだと!?」
宙に浮きながら、腹を抱えて笑い転げる。
一頻り爆笑し続けた彼女は、ぜぇぜぇと息を途切れさせながら、本当に面白い冗談であったと、リーゼロッテに向き直った。
「やはり所詮は弱者の戯言よなぁ。私の行動が気に入らないのであれば、抵抗してみるがいい。思いの力は時に限界をも超えるらしいぞ? まぁ、そうしたところで私の足元にも及ばぬが、な…………あの男のように」
──アッシュ。
最後の時までイルシェーラを拒絶し続けた彼もまた、口先だけの男だった。
自分の意思で誰かを守ろうと決意しても、結局は簡単に奪われる。ようやく固めた己の目標に何一つも届いていない。その程度の実力と信念しか持たないくせに、絶対なる主人に楯突き、何度も拒絶した愚か者だ。
「私は言ったのだ。終いだと。
──だから、これで終わりとしよう」
ゆったりとした動作で剣が掲げられる。
それが振り下ろされる時、リーゼロッテの命は終わりを遂げる。
──あの人は悲しんでくれるだろうか。
きっと悲しんでくれるに違いない。
そしてイルシェーラが言ったように、己を否定し続けるのだ。
──ああ、それは嫌だな。
男よりも男っぽいと言われ、同年代の女子とはあまり遊ばなくなった。その分、剣の稽古に時間を費やすようになった。
そのせいでより同年代の友人を作る機会が減ってしまい、自分は騎士になるのだからと気にしなかったが、入団試験の時に初めて女扱いされた。……それは「女がこんなところに来るんじゃねぇ」と、リーゼロッテが望むような扱いではなかったが、そのおかげでアッシュと出会えたのだ。
『……暴力はダメだ。男でも女でも』
初めて誰かに『女』として助けてもらえた。
我ながらチョロい女だなと、リーゼロッテは思う。
それでもアッシュのことがどうしても気になってしまい、彼との関係を強くしたいと望むようになってしまった。
朝練だってそうだ。本当はもう少し遅い時間に始めるのに、彼と会いたいがために珍しく早起きしてしまった。つい見栄を張っていつもこの時間から始めているとか、走る速度はいつもと同じだとか言ってしまったが、彼は弱音一つ吐かずに自分に付いて来てくれた。そのことが何よりも嬉しいと感じてしまった。
一緒に買い物に行く約束をしたのは、少し強引だったかなと思う。その時は無我夢中だったために気付かなかったが、これはデートと呼んでも良いのでは? と、一人悶々としていたことは、アッシュには内緒だ。……だが結局、その約束も果たせなかったな。
「貴様の信念に免じて、フレアガルドの者を屠った後は、あの場から手を引いてやろう。最も、あちらが素直に差し出してくれたらの話だが」
リーゼロッテは目を閉じる。
数秒後、自分は女王に殺されるのだろう。
──すまない、アッシュ。
どうか自分のことは忘れてくれ自分のために心を痛めないでくれ。
貴方と知り合えた僅かな時間は、今までのどの一日よりも楽しかった。
「──シェエエエラァアアアアアアア!」
声が、聞こえた。
リーゼロッテが恋焦がれていた少年の声だ。
よもや幻聴が聴こえるほどになっていたとは、と薄く笑った次の瞬間、硬いもの同士がぶつかる音が間近で鳴り響いた。……驚き、一度閉じていた目を開く。
そこには──灰のように真っ白な髪と肌をした、男性の背中が見えた。
「どうにか、間に合った」
「なん、で……どうして来たのだ!」
来てくれた。本当に、彼は助けに来てくれた。
感謝の言葉を言いたかったのに、自分はどうして素直ではない。
「なんで、って……決まっているだろ」
少年は、アッシュは苦笑する。
「約束、したからな」
──俺が守るよ。
──必ず守ってやる。
「ぁ、あぁ……ぁぁぁ……!」
守ってくれた。
あの言葉を信じて良かった。
「待っていろ──わがままなご主人様とケリを付けてくる」
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