26. 破滅を導く無情の手


 卓上に広げられたのは、この都市全体の見取り図と、その周辺のことが事細かに描かれている地図だ。それには赤い印が何箇所か記され、第一や第二と刻まれた駒が何個か配置されている。


「灰人は現在、この都市を囲っている状態だ。その数はざっと二千。これまでとは比べ物にならない大軍だ。どこに逃げようと無駄ってわけだな」


「警報は緊急用のものでしたが、奴らのことを確認出来るまで接近に気が付けなかったのでしょうか?」


「見張りをしていた騎士の報告によれば、奴らは何もない場所から急に現れたらしい。まるで地面から這い出てくるかのように次々と灰人の形になり、一気に増えた。このことについては第四師団の連中からも同じ報告が上がっている」


「なんだそりゃ。そんなの初めてだろう。どうしたって今更……」


「わからないが、あっちも本気になったってことじゃないのか?」


 イルシェーラが動き出したのと、警報が鳴ったのはほぼ同時。

 つまり、彼女は一瞬にして灰の使徒を二千体も作り出したというわけだ。

 流石に俺のような高性能の使徒ではなく、ただの量産型のようなものだが、圧倒的な数は時に最強の個体を凌駕する。


「だがまぁ、あいつらの狙いがわかっているだけ対処もしやすいな」


「都市の聖火は?」


「ノアによれば、すでにノグリアス達が守護陣形を建てているらしい。向こうは任せても大丈夫だろう。…………ただ、その分」


「こっちはこっちで気張るしかねぇ、か……」


 灰人は火を求めて彷徨う。それは誰もが知っている一般常識だが、今回はそれだけではないと、俺は思っている。あの殺気は、彼女の怒りは、それだけでは終わらない。



 ──フレアガルド家の根絶。

 おそらく、それがイルシェーラの真の目的だ。



「幸い、灰人の中に特に強い個体はいない。壁を破壊するほどの奴がいたら流石にやばかったが……そうじゃないってなら籠城戦だ。壁の上から叩く」


 大勢の人間を殺し、火を奪った灰人は力を使えるようになる。

 それは人間で言う『魔法』であり、やはり人智を超える威力を誇る。


 だが、イルシェーラが即席で作り出した灰人達は、言わば出来立てだ。

 流石に魔法を扱える個体は居ないが、それでも一体一体が脅威であることには変わらない。


『決して油断せずに上から叩く』


 それが第二師団の考えた作戦なのだろう。

 壁を破壊出来なければ火を奪えないし、フレアガルド家が狙われることもない。


 ──なのに、どうしてこうも不安がよぎるのだろうか。


 どのような数が押し寄せて来ようと、壁を破壊出来ないなら意味は無い。

 そう理解しているはずなのに、イルシェーラが深く考えずに行動を起こすとは思えない。絶対に何か裏があるはずだ。あの状況を一瞬でひっくり返すだけの、何かが。






 ッ、ガァアアアアアアンッッッ!






 瞬間、耳を擘く破壊音が轟いた。


「なんだ! 何が起こった!?」


 大地を大きく揺らす衝撃と破壊音に、誰もが混乱を隠せていなかった。


「てめぇら外に出ろ! 嫌な予感がする!」


 ジャスパーの言葉に頷き、各々の得物を手に取って外に飛び出す。

 そこには────


「なんだ、こりゃぁ……」


 都市を守護する巨大な壁。

 決して破られないと誰もが信じていた絶対の盾。


 ──それに風穴が空いていた。


 外の景色が見える。


「……やべぇ」


 灰人が瓦礫の中を這いずり、都市に侵入してくる。


「やべぇぞ、おい」


 ──ォオオオオオオオオオ!!


「作戦変更! 武器を取れ!」


 ジャスパーは二刀を構え、弾かれるようにその場を駆けた。


「なんとしてでも灰人を殺せ! 中央を死守しろ!」


 作戦も何もない、敵味方が入り混じる戦争。

 それは無慈悲な一撃によって、唐突に始まるのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る