27. 殺意の衝動


 平和だと思っていた都市は、一瞬にして血が飛び散る戦場となった。


 騎士は数人で固まって灰人を殺す。

 灰人はその倍以上の数で騎士を殺す。


 先程から断末魔の叫びが止まない。

 それらは全て人間側のものだ。


 灰人は勢いを衰えることを知らず、腕を斬られようと足を斬られようと、たとえ胴体が分かれることになっても、最後の時まで亡者のように騎士の喉元へ喰らいつく。


 痛みを感じない灰人と、痛みに苦しむ人間。

 恐怖を知らない灰人と、恐怖に震える人間。


 それに加えて灰人の数は二千。

 対して騎士の総数は僅か五百。




 どちらが優勢になるかなんて、聞くまでもない。




「らぁ!」


 ジャスパーが先頭を切り、次々と灰人を斬り刻む。


「邪魔だ、クソがっ!」


「俺の前に立つんじゃ、ねぇ!」


 俺達もそれに遅れることなく街中を駆け、遭遇した灰人を片っ端から斬っていく。


「くそっ、なんだってんだ!」


 ジャスパーが悪態をつく。その間も襲い来る灰人を倒しているが、一向に数が減っている感覚はしない。むしろ戦闘音に惹かれて増えている。


 街中を走り回っていた俺達も、次第に足を止めて戦うしかなくなり、いつの間にか包囲されるまでに追い詰められていた。


「切っても切っても、キリがねぇ!」


「それに、司令官でもいやがるのか!?」


「こいつら、動きに統率が取れている!」


 灰人は考える頭脳を封印された、火を求めるだけの駒だ。

 知能なんてあるはずない。


 だが、奴らの動きには一連の統率が見られる。

 これは裏で何者かが指揮を執っているのだろうと、そう予想が付くのは当然のことだった。


「知性のある灰人だと!? それこそありえねぇ!」


 簡単に俺のような奴は作れないし、面倒臭いとイルシェーラは言っていた。

 それに嘘は無いと信じるのであれば、まだ俺と同じ奴は向こうに居ない。


 であれば、この灰人達を操っているのは間違いなく──。


「イルシェーラ……!」


 女王自ら率いる軍勢。

 そう思えば、壁の破壊も統率の取れた灰人の動きも納得がいく。


「いるんだろっ、何処にいる!」



『ギャーギャー喚くな。耳障りだ』

「っ、てめぇぇぇ!」



 目の前に降り立ったイルシェーラに斬りかかる──が、その刃は虚しくもすり抜けた。

 いきなり空を斬り始めた俺に、周囲はどうしたと疑問の目を向ける。そんなの知ったこっちゃ無い。とにかく今は、目の前の女に何か言わないと気が済まなかった。


「この野郎……! 話が違うだろ!」


 お前のせいで人が死んだ!

 何人もの騎士が今も使徒に殺されている!


 今すぐに止めろ!


『おいアッシュ。周囲から変な目で見られているぞ? 変人に思われたくなければ、独り言のようなものをやめた方が身のためだと思うが?』


 ──うるせぇ!

 横薙ぎの一撃は、やはり彼女の体を通り過ぎただけだった。


「アッシュ。やめるんだ!」


 背後から羽交い締めにされる。


 視界の端に一瞬だけ舞ったのは真紅の色。

 それをやったのがリーゼロッテだとすぐに気付く。


『誰かと思えば牛女ではないか。……うむ、ちょうど良い。探す手間が省けた。流石は私の騎士だ。良い仕事をするなぁ?』


 こちらを小馬鹿にしたように、イルシェーラは笑みを深くさせた。




『アッシュよ、その女をこちらに渡せ』

 その言葉に耳を疑った。




『人間どもは勘違いをしているようだが、私の目的はその女──フレアガルドの一族だ。そいつらさえ根絶させることが出来れば、今回は手を引いてやろう』


 どうする? と問われる。

 リーゼロッテに視線を移し、俺は首を振った。


『その選択は正しいと思っているのか? その女を含む一族を差し出すだけで、一体どれほどの命が助かると思う。これ以上、余計な犠牲を生まずに済むのだぞ?』


 理解したのならば早く差し出せと、イルシェーラの手が伸ばされる。

 それが俺の体を素通りし、その後ろにいる少女に触れようとしたその瞬間、俺はリーゼロッテの体を抱き寄せていた。


『……それが貴様の答えか?』


 その問いには答えられなかった。

 自分自身、その行動に驚いているのだ。



『なるほど。やはり貴様も騎士なのだな。

 お前も、私を────否定するのだな』



「うわっ、何──っ!」


「こいつら、急にぶわっ!」


「なっ、やめ、くっ……!」


 瞬間、変化が生じる。


 周囲を取り囲んでいた灰人が一斉に人の形を崩し、砂煙のように散った。

 それはジャスパー達を尽く吹き飛ばし、リーゼロッテの体に纏わり付いた灰は、再び人の形を作った。今まで対峙していた灰人の大きさとは、比較にもならないほどの巨大な灰人形。その心臓部にリーゼロッテは囚われてしまった。


『アッシュよ。貴様は言ったな。必ず守ってやると、たとえ死んでも絶対にと……その言葉が本物であると証明してみせろ』


 ──試練その二だと、イルシェーラは告げる。


『明日の夕刻まで待ってやる。特別に、灰人の侵攻も停止させてやろう。多くを失って私と戦うか、多くを救うために生贄を差し出すか……ゆっくりと考えることだな』


 巨人は歩き出し、その肩にイルシェーラは座り、笑う。

 何もかもが自分の掌の上で踊っていると言うように、どこまでも楽しそうに、高らかな笑い声を残し──リーゼロッテ諸共消えた。


「シェエエエラァアアアアアアア!」


 その怒号は、もはや彼女に届かない。

 灰人すらも居なくなった街中に、虚しく木霊するだけだ。


「──! ──、────!」


 それでも叫ぶのをやめられなかった。

 この怒りを収める術が、わからなかった。

 結局何も出来なかった自分に、全てを奪うあいつに、俺は初めて怒りを覚えた。


 これが【殺気】なのだと気付いた時、俺は────。


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