19. 二人の団長


 騎士団本部、医療室。

 そこに並べられる白ベッドで眠る男が一人。


 彼の名前はジャスパー。


 騎士団の入団試験でアッシュに敗北し、意識不明の重傷を負って医療室に運ばれた。

 集中治療を受けて後遺症が残らないまでに回復したが、未だに意識は戻っていない。


「……、……っ」


 それまで死んだように眠っていたジャスパーの指先が、微かに動いた。


「…………っっっ、てぇ……ここ、は?」


 知らぬ間に置き去りにされたジャスパーは、痛む体を我慢しながら上半身を起こし、ゆっくりと周囲を見回した。


「医療室……? ……ああ、そうか。俺は戦いに負けて……ぐっ!」


 何があったのかを思い出し、急に襲いくる苦痛に顔を歪めた。ぐるぐると巻かれた包帯からはじんわりと血が滲み、嫌な汗が背中を伝う。


 傷は完全に塞ぎ切っていないようだと、彼は舌打ちを一回。おとなしく横になった。


「あのやろー、もう少し手加減しやがれってんだ」


 そう悪態を吐きながらも、自分も人のことを言えないなと苦笑する。


 最初に手加減無しで魔法を使ったのはジャスパーだ。面白そうだからちょっとからかってやろうと、軽い気持ちでやったら返り討ちにあっただけのこと……。




「……やっと起きた? 寝坊助さん」


「その可愛くねぇ言葉……ノアか」


 音もなく現れたのは、銀色の髪を後ろで大きく二つに結んだ10代半ばの少女。

 騎士団最強とまで言われたジャスパーでさえも、彼女の接近に気が付けなかった精度の高い隠密行動。それを可能とする彼女は、未だ秘密の多い第四師団の団長だ。


「むぅ……折角、様子を見に来てあげたのに、その言葉はあんまり」


「悪かったっての、っ……!」


「傷口まだ塞がっていない。死にたくなければ、動かない」


 言い方は相変わらず可愛くないが、こちらのことを心配してくれていることだけは理解し、大人しく彼女の言う通りに体の力を抜く。


「はぁ……俺は、どのくらい眠っていた?」


「半日と少し。かなり危ない状態だったって、聞いている」


 ノアは表情を表に出さない。まるで人形のようだと思うくらいには、他人の前で一切の感情を見せたことがない彼女から、ほんの僅かに怒気を感じた。


 珍しいこともあるものだと、ジャスパーは笑う。


「おいおい、まさか心配してくれてんのか?」


「ジャスパーに死なれたら、第二師団は何も出来なくなる。勝手に死ぬな」


「…………さよですか」


 ジャスパーとノアは、歳の離れた同期だ。

 同じ日に入団試験を受け、同じ日に第二師団と第四師団の団長に上り詰めた。


 友情や努力という言葉は恥ずかしくて、あまり好き好んで使うことのないジャスパーだが、それでも彼女とは互いに切磋琢磨した仲だと思っていた。


 だから少しは同僚の安否を心配し、自分に重傷を負わせたアッシュのことで怒ってくれたのかと思ったら、これだ。


「冗談。心配はしていた。仲間だから」


「……ハッ、そうかよ」


 未だに痛む腕を動かし、ノアの頭にポンッと手を置く。

 すると、彼女は「むぅ……」と不満気な声を発した。


「また、子供扱いする」


「子供だろうが」


「中身は大人。あと一年でお酒も飲める」


「……子供じゃねぇか」


「…………殺す」


「同僚を殺すな」


 成人だと認められる年齢は15歳。

 ノアはついこの間、14歳になったばかりだ。


 それでもジャスパーを凌ぐ実力の持ち主だというのだから、世の中はよくわからない。


「そのくらいの軽口を叩けるんだから、もう心配してあげない」


「ああ、すぐに完全復活してやるよ」


「……でも、無理は禁物」


「どっちだよ」


「足手纏いになるくらいなら、治療に専念して」


 これがノアなりの心配の仕方なのだから、本当にわかりづらい。


 彼女の本心を理解してやれるのは、昔から連んでいる自分だけじゃないのか? と、冗談っぽく考えてみたが、結構本気でそうにしか思えなくなってしまったのは内緒だ。



「ノグリアスと第二師団には私の方から言っておく。……さっき、第三師団の騎士が飛び出して行ったのを見た。もうすぐあいつも来ると思うから、私はもう行く」


 ノアの言う『あいつ』とは、第三師団の団長を務めるフェリシアという女だ。


 彼女は小さくて可愛いものが大好きで、何かあるごとにノアに抱きつこうとする。

 その上、母親のように何でもかんでもお世話したいと、ストーカーのように付き回るものだから、苦手意識を持っているらしい。



「じゃあね」


 最後にこちらを一瞥した後、ノアは影のように消えてしまった。

 すでに彼女の反応は、この医療室のどこにもない。本当にどうやってんだと疑問に思いつつ、どうせ聞いても理解出来ないだろうと、ジャスパーはその考えを放り投げた。


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