17. ひと時の休息
騎士団本部を出て、俺は案内図の通りに街中を歩いていた。
「思ったよりも、活気があるな」
急に色々なことがあったが、ここは初めて来た都市だ。
そこに住む人や建物の並び、建ち並ぶ出店、そこで客引きをする人の声。全てが俺にとっては新鮮なものだった。観光気分で街を歩き、気持ちが高ぶるのを感じる。
『こいつらは今も灰人に攻められているという自覚が無いのだろう。それか、自覚しながらも騎士団に全てを任せている堕落者か……どちらにしろ、偽りの幸せを感じているだけに過ぎない』
「そう言うなって……確かにこの人達は何も知らないだろうが、それでも必死に」
『必死に生きている、か? ──ハッ! 言うだけ安いものよなぁ。本当に必死に生きるのであれば、今すぐにでも武器を取り、我が使徒と戦うべきだ。結局、こいつらは戦うのが怖くて、この大きな籠の中で引き篭もっているだけにすぎない弱者だ』
イルシェーラの言うことは、正しいのかもしれない。
だが、全員が全員、彼女のような考えを持っているわけではない。
生まれつき体が弱い者や、以前の俺のように自由ではない者。戦いたくても出来ない人は、この世界に多く存在する。そういった人達にも戦えと言うのは、無理がある。
『では私に許しを乞い、この先の生涯を全て私に捧げると誓えば良い。私は寛大だ。相手が心の底からそう思っていれば、奴らの先祖が犯した罪を、特別に許してやろう』
「何様だよ、お前」
『女王様だ』
「……そういえばそうでしたね……っと、着いたぞ」
騎士団本部から徒歩十分のところにある宿の看板には、紹介にあったように『狐の果実亭』と大きく書かれていた。
リーゼロッテからは庶民的な宿だと聞かされていたが、実際それ以外に表現することがないほどに、この宿の外見は────
『普通、だな』
「言わないようにしたのに、言うな」
だが、無駄に豪華絢爛な見た目をしているよりは好ましく思える。
別に贅沢を望んでいるわけでもないので、ほとんど外に出たことがなかった俺みたいな奴にとっては、こちらの方が気軽に入りやすくていい。
「いらっしゃいませ〜!」
扉を押し開いて中に入ると、若い少女が駆け寄ってきた。
明るい栗色の髪と、見ているこちらも吊られてしまう笑顔が素敵な子だ。年齢は俺と同じか、それより下にも見える。
「お兄さん、お一人ですか?」
活発そうな声と、親しげな雰囲気だ。
「えっと、リーゼに紹介されてここに来たんだけど……」
「あ! 貴方がアッシュさんですね! 白い髪と赤い目。リーゼちゃんの言っていた特徴にそっくりです! 私はアンナって言います。よろしくお願いします!」
いや、そっくりと言うか……本物だけども。
「彼女からは事情を聞いています。この都市に来たばかりなのに、すぐに騎士団に入団するなんて凄いですね!」
「偶々だよ。それより、お金は……」
「はい。お支払いは給料が入ってからでいいですよ。騎士団は月給制だったと思うので、とりあえず一ヶ月の期間で契約しちゃいますけど、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。それでよろしく」
「わかりました! おとーさん! リーゼちゃんの言っていた人が来たから、部屋に案内しちゃうね!」
奥の方から「おーう」と、男性の声が聞こえてきた。
どうやらここは家族で経営している宿らしい。
「では、アッシュさんのお部屋はこっちです!」
「お、おおっ……?」
手を取られ、引っ張られる。まさか手を繋がれるとは思っていなかったので、俺は前につんのめりながら部屋に案内されることになった。
「アッシュさんは運が良いですよ。ちょうど一番良いお部屋が空いたところなんです。今後もうちを利用してくれると信じて、そこを取っておきました! ──あ、お金の問題は心配しないでください。部屋はどこも同じ価格なので高くなることはないです。ただ、位置で窓から見える景色が変わるだけなので!」
「あ、はい」
怒涛の早口攻撃に、俺は成されるがままだ。ちゃっかり今後も利用してくれるような親切心を働かせている辺り、商売根性たくましい子だ。
「はい! ここがアッシュさんのお部屋ですよ!」
俺が案内されたのは、宿の端っこの方にある部屋だった。
渡された鍵を使って部屋を開け、中に入る。
掃除は隅々まで行き届いており、目立った汚れもない。ここなら隣部屋と騒音などのいざこざが起きづらいし、彼女が言った通り窓からの眺めもいい。この宿の近くにある商業区を一望出来る見通しの良さだ。
「宿の簡単な説明をしちゃいますね! お食事は一食につき500メル頂きます。……あ、騎士団の月給なら、宿泊料に加えて毎日ちゃんと三食食べても十分お釣りが来る金額ですので、遠慮せずに頼んじゃってくださいね!」
なるほど、つまり金を入れろということか……。
「お風呂は男性が十時から十二時までになっています。間違っても女性の時間帯には入らないようにしてください。覗きはすぐに追い出しますので!」
……そういえば暖かいお湯に浸かるのは久しぶりだなと思い出す。
いつも水に浸かりながら凍えていたし、最後の方は体を動かすことすら出来なかったので、入ることすらしていなかった。
『使徒は汚れない。風呂に入ったところで時間の無駄だぞ』
と、イルシェーラは言った。
それでも気分的に入りたい時があるんだ──って、一応俺も灰だが、お湯に浸かっても大丈夫だよな? 湿って型崩れでもしたら困るんだが?
『私の作り出す使徒を、どこぞの土人形か何かだと勘違いしているな? 馬鹿め』
「アッシュさん? どうかしました?」
「……ああ、いや……少し昔を思い出していただけだ」
長い間黙っていたせいで、心配させてしまったらしい。
適当なことを言って誤魔化し、大丈夫だと安心させる。
「最後に、壁や床に傷を付けたり、家具を壊したりすると修理代を弁償してもらうので、部屋の物の扱いには十分注意してくださいね! ……と、これで説明は以上です! 何かあれば気軽に声を掛けてください!」
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