16. 部隊選択
『ところでアッシュよ』
話題を変えるような声色を発したイルシェーラに、なんだと首を傾げる。
すると彼女は受付の方を指差し、飄々とした様子で口を開いた。
『先程から番号を呼ばれているが、いつまで突っ立っているつもりだ?』
「っ、早くそれを言え……!」
『くくくっ、すまんなぁ……面白いから黙っていた』
──この野郎!
慌てて動き出し、受付に頭を下げる。
「すいません。ぼーっとしていました」
謝罪を入れると、受付の女性は「気にしないでください」と笑ってくれた。
今後はイルシェーラと話す時も周囲に気を配るようにしようと、俺は反省する。
「では、手続きをする前に説明から入りますね」
その説明は、当たり前だが騎士団についてのことだった。
「騎士団には四つの部隊が存在します。第一師団、第二師団と、それぞれに役割が違うので注意してください」
第一師団は都市の守護を主にしている。
街の警備や、壁の見張り。万が一に灰人が攻め入ってきた時、表立って奴らと向かい合うのが彼らの役目だ。幅広い仕事を任され、常に規律のある行動と品位を見られるため、第一師団に所属する騎士達の質は良く、騎士団がこうして住民達から尊敬されている理由の一つでもある。そのため人が最も集まりやすく、各部署の中では一番の規模を誇るらしい。その数、この都市を守護する騎士の半数だというのだから驚きだ。
第二師団は外での調査を主にしている。
外とは、都市から出るということだ。増え続ける灰人を駆除したり、灰人によって崩壊した都市に行って復興出来るかどうかを調査したりと、危険の大きい部隊となっている。そのため最も死人が出やすく、個人の実力が最重要に見られる。
それでも、第二師団への所属を希望する声は大きい。
ただの平民だろうが騎士だろうが、好き好んで危険の多い都市の外へ出ようとはしない。だがその分、外への憧れは強くなる。いつか壁の向こう側に出てみたいという気持ちは、誰の中にだってある。それが実現出来て、尚且つ人間が平和に暮らせる場所を開拓していくのだから、人気が出るのは当然だ。
ここまで紹介した部隊が、戦闘を主にしているものだ。
残りの二つは、少し特殊な役割を担っている。
第三師団は後方支援を主にしている。
負傷者の治療や、物資の運搬といった仕事を任されているため、戦闘向けの部隊ではない。それでも戦闘になれば戦いの真っ只中で怪我人を運ぶという役割も担うため、体力と医療技術が必要とされる。
女性の騎士の大半はこの第三師団を希望し、最前線で戦う仲間を応援しながら補助もこなす。戦闘面での活躍はほぼ期待出来ない部隊だが、彼女達の頑張りがあるからこそ、騎士達は安心して灰人との戦いに臨めるのだろう。
第四師団は情報収集を主としている。
他都市との伝令役だったり、戦闘では各部隊に情報共有したりと、ここも影で補助をする部隊だ。時には第二騎士団と共に外へ出て調査することもあるらしく、それなりの実力と素早い足が求められる。
各部署では最も人数が少なく、少数精鋭で構成されている。極少数で動いているはずなのに、一瞬にして全ての部隊へ情報を拡散することが可能らしく、彼らがどのように動いているかは、騎士団の中でも大きな謎とされている。
「合格者はこの四つのどれかを選択してください」
安全に行くならば、第一師団だ。
だからこそ、その部隊は人数が多いのだろう。
「第二師団に入ります」
俺は灰人を少しでも多く倒すことを目的としている。
都市の中に籠って安定した生活を送るなんて、望んでいない。
「──噂に聞けば、君は試験でジャスパーさんを倒したとか?」
受付がそれを口にした瞬間、周囲の空気が変わった。
ようやく人が減って気を抜き始めた騎士も、別の窓口で合格者の相手をしていた受付も、順番待ちをしていた他の合格者も……全て、こちらに集中した。
「いや、ただの偶然ですよ。新人に花を持たせようと、あの人が手加減してくれたんでしょう。流石に向こうが本気で来たら、俺なんて勝てっこないです」
「なるほど、そうでしたか。でも、ジャスパーさんが勝ちを譲るだけの実力者だということに変わりはありませんよね。君なら、第二師団でも問題なく活躍出来るでしょう」
「ありがとうございます」
受付は一枚の紙にサラサラと何かを記入していく。
俺の名前があって、その横には『第二師団希望』と書かれていた。
「では、この書類に騎士団の規約と、それを冒した際の罰則。一週間後の主な予定も記入されているので、一通り目を通しておいてください」
色々なことが書かれているだけあって、かなり分厚い。これを一週間のうちに読んでおけということなのだろう。どのようなことが書かれているか気になり、パラパラとめくると、びっしりとした文字の羅列がそこにあった。
──パタン、と書類を閉じる。
資料はまた後でゆっくりと読もう。
まずは話を先に聞いて宿に行き、そこから考えるのも遅くはない。
『残念。アッシュは知能が足りていないようだ』
──黙れ。
「最後に宿泊先を教えていただけますか? 緊急で何かあった時、そちらに使いを送るので、連絡出来るような場所だと嬉しいです」
むしろ、連絡出来ない場所とは…………ああ、野宿か。
ごめんなさい。それ、やろうとしていました。
「まだ自分も行っていないんですけど、ここにしばらく泊まる予定です」
リーゼロッテに渡された案内図を見せる。
かなり丁寧に描かれているので、この都市に長く住んでいる人ならわかるだろう。
「えっと……ああ、狐の果実亭ですね」
「狐の果実亭?」
「そうです。安くて清潔感もあり、サービスも行き届いている。店員さんも親しげに接してくれると評判が良いんですよ」
記入欄の端っこの方に『宿泊先・狐の果実亭』と書かれる。
リーゼロッテも言っていたが、どうやら良い宿らしい。彼女が勧める宿なので心配はしていなかったが、それなりに評価されている宿なのだとわかると安心する。
「これで手続きと説明は終わりです」
案外、手続きはすぐに終わった。
素直な感想を言うのであれば、拍子抜けしてしまった。
「一週間後は遅刻厳禁なので注意してくださいね。
……では、これからのご活躍を期待しています。頑張って」
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