15. 友人


「それでアッシュよ。本格的に騎士となるのは一週間後だが、その間はどこにいるのだ? ……見た所、ここの人間ではないだろう? 外から来た格好をしている。よければ、宿泊している場所を教えて欲しい」


 思わぬ質問を受け、俺は思わず「え?」と聞き返した。

 すると、リーゼロッテは自分の言ったことの意味にようやく気がついたのか、途端に顔を赤くさせ、畳み掛けるように慌てて口を開く。


「も、もちろん! 友人が出来たからと浮かれているわけではないぞ! 同じ騎士として共に訓練に励もうと誘うために、宿泊先を聞いているのだ!」


「友人……友達ってこと、か?」


「あ、ああ、そうだ……私と友人になるのは、嫌か……?」


「そんなことはない!」


「──ひゃんっ!」


 不安そうに眉を寄せたリーゼロッテの手を取り、顔を近づかせる。


「俺、友達なんて初めてだから、すっごく嬉しい!」


「そ、そそそそうか! そんなに喜んでくれるならば、私も嬉しいぞ!」


 と、そこでようやく、彼女の手を握りしめていたと気付く。


「ごめん! いくら嬉しかったとはいえ、急に女性の手を握るのは失礼だったよな。……本当に嬉しくてさ、ごめんな」


 慌てて手を離して距離を取り、謝罪する。


「い、いや! 私は別に気にしていないぞ! 友人なのだから、これくらいで怒りはしないさ! ……む、むしろ、もっと……ごにょごにょ」


 リーゼロッテは顔を赤くさせ、元気がなさそうに俯いてしまった。その時に何かを口にしていたようだが、混乱していたため、上手くそれを聞き取れなかった。


「え? なんだって? ごめん。最後の方、よく聞こえなかった」


「なんでもない! ──ンンッ! それで宿泊先の話だったな!」


 そうだった。そんな話をしていた。

 ……だが、それの返答には少し困ってしまうな。


「あ〜、そうだな……実は今日ここに来たばかりで、宿泊先を決めているどころか、恥ずかしいことに無一文なんだ。給料が入るまでは外で野宿するつもりだった」


「っ、それではダメだ! 外で野宿なんて、自殺志願者しかやらないぞ。死にたくないのであれば、絶対にやめるべきだ!」


 リーゼロッテから強く反対されてしまった。

 どうやら、野宿は絶対にダメらしい。


「でも、どうすれば……」


 正直、それしか方法はないと思っていた。人間から見れば危険なのかもしれないが、俺はこれでも灰人だ。死ぬことはないし、少し無理をすれば完全不眠でも乗り切れる。


 だが、リーゼロッテの反対を押し切って野宿をすれば、変な奴だと思われてしまうかもしれない。人生で初めて出来た友人だ。失いたくはない。


「仕方ない。私の友人が経営している宿を紹介してやろう。高級店のような豪華さはない庶民的な見た目と内装だが、とても居心地の良い宿だと評判がいいのだぞ? 平民に優しい価格設定になっているので、今のアッシュにはぴったりだ。私が事情を話せば、宿泊代は給料が入った後でも問題ないだろう」


「……いいのか?」


「アッシュには特別だ! 私の友人も客が入って嬉しいだろうからな」


「何から何まで、本当にありがとう。リーゼは優しいな」


「っ! や、優しいなんて、うぅ……友人が困っていたら、助けるのは当然のことだ! この程度のことで褒めるな、馬鹿者!」


 なぜか怒られてしまった。

 あまり褒められたがらない人もいるだろうし、彼女もそうなのか?


「これは店の場所だ。話はこちらから通しておく。私の紹介で来たと言えば、向こうも理解してくれるだろう。受付での手続きが終わり次第、そちらに向かうといい」


 リーゼロッテはメモ用の紙を取り出し、簡単な案内図を描いてくれた。

 これの通りに行けば、街中を迷わなくて済むだろう。


「ありがとう。後でお礼をさせてくれ」


「私の言葉を聞いていたか? 友人が困っていたら助けるのは当たり前だと、」


「それでも、俺はリーゼにお礼がしたいんだ。……ダメかな?」


「〜〜〜〜、っ! …………は、……に……くれ」


「ん?」


「では、後で買い物に付き合ってくれ! はい、もう約束したぞ!」


「ああ、わかった。リーゼとの買い物、楽しみだな」


「くっ……! に、日程は後ほど知らせる。ではな!」


 こちらが言葉を返す前に、彼女はそそくさと走り去ってしまった。

 一体、どうしたんだ?




『この鈍ちんが』


「おい、急に罵倒されたんだが?」


『わからない馬鹿が悪いのだ。精々、後ろに気をつけることだな』


「はぁ?」


 後ろに気をつけろ、って……意味がわからない。


『……ほら、貴様も早く受付とやらに行き、必要な手続きをするがいい』


 しっしっと、邪魔者を追い払うように手をやられた。本当に何が何だかわからないが、イルシェーラは含み笑いを浮かべるだけで何も言わない。



 また変なことを企んでいそうだなと思いつつ、気持ちを切り替えて会場を後にする。


 騎士団の入団試験に合格した者は、受付で簡単な手続きをして、規約や騎士団に存在する各部署の説明が書かれている書類を渡される。

 騎士団に所属している証でもある鎧は、一週間後に支給される。流石に当日用意出来る物ではないらしい。



「はい、次の方〜」


 受付には合格者が集まっていた。

 そのため受付の騎士と窓口が増え、テキパキと彼らを捌いている。


 俺は騎士から整理券番号を貰い、自分の番になるまで待つことになった。

 残念なことに椅子は全て埋まっていたので、人が少ない場所を探して壁の虫になる。




「……おい、あいつ……ジャスパーさんを倒したって奴じゃないか?」

「はぁ? 嘘だろ……? 出任せじゃないのか?」

「さっき、ジャスパーさんが担架で運ばれて行ったのを見たぜ」

「ああ、それなら俺も見た。かなりの重傷だったな」

「マジかよ……あの人が重傷って、初めてじゃないのか?」




 と、現場を整理している騎士達の会話が聞こえてきた。

 もしかしなくても、俺のことを話しているんだろうなぁ。


『くくっ、有名人だな』


「……嬉しくねぇ」


 舐められないのは良いが、悪目立ちするのは嬉しくない。

 やっぱり、やり過ぎたのは悪手だったか。イルシェーラが手加減してくれればもう少し目立つこともなかったのだろうが…………。


『無理を言うな。あれでもかなり力を抑えた方だ。私が本気を出せば、今頃この騎士団本部のみならず、都市は火の海に包まれていただろう』


「…………まじか」


『最強だからな。仕方ないな』


 それを当然のように言える傲慢さもやばいが、事実なのだから文句も言えない。

 だが、いつかは彼女を超えるような力を得なければならない。


 今日の試験で、圧倒的な力を見せつけたイルシェーラ。

 彼女と敵対するということは、いつか彼女とも剣を交えることになるということだ。


 ──出来るのか、俺に?


 不安に駆られるが、やらなければ大勢の人間が不幸になる。各都市に存在する火を奪わせないために、何が何でも強くならなければいけない。


『さっさと諦めて、私の物になれば楽だぞ?』


 嘲笑うかのような悪魔の囁き。

 その程度のものに惑わされるほど、俺は簡単な奴じゃない。


『一応訂正しておくが、私は悪魔ではなく、女王だ』


 同じことだろうと、内心でツッコミを入れる。

 ……いや、人間を何千人と殺しているのだから、悪魔よりも質が悪い。


『私だって悪魔と呼ばれるのは不本意だ。こんなに美しい悪魔がいると思うか?』


 人間の男性を誘惑して喰らう悪魔は、絶世の美少女が多いらしい。

 イルシェーラはそういう悪魔なのだろう。


『ああ、淫魔のことか……言っておくが私はまだ純潔だぞ』


「──ぶっ!」


 そんなことは聞いてねぇよ!


『所構わず男を惑わす淫乱娘と同じ扱いをする貴様が悪い。しっかりと訂正しておかなければ、私の印象が悪くなるだろう』


 印象も何も、俺しかわからないから今更訂正したところで無駄だ。

 すでに俺の中で、イルシェーラの評価は地の底まで落ちているのだから。


『そう言われると、流石の私も悲しくなるな』


 人類の敵が何を言ってやがる……。

 悲しいと思うなら、今すぐに灰人の侵攻を止めてくれると嬉しいのだが?


『それは無理な話だ。私は必ず、この世界に散らばった火を集めなければならない。それら全ては私のものなのだから。……まぁ、人間どもが私に首を垂れ、許してほしいと謝罪し、私に火を返上するというのであれば、気分によっては見逃してやらんこともない』


「絶対にやらないと思うぞ、それ」


『であれば、戦争だな』


 戦争と気軽に言ってくれるが、人間側は圧倒的に不利だ。

 イルシェーラの座する灰都へは誰も辿り着けない。


 大将首を取るのは不可能な上に、向こうは無数の灰人を地上へ送り込めるとか、もはやそれは戦争ではなく、ただの一方的な虐殺に近い。


『絶望的な状況……一度でも私の元に帰ってくると言えば、楽になれるのになぁ?』


「だからそれだけは無いっての」


『ふむ、残念だ』


 そう言いつつも、何一つ残念だとは思っていない表情だ。

 とにかく、この女王が手を緩めてくれている間に、俺は少しでも強くならなければいけない。あちらが本気で仕掛けてきたら、今の俺では何も出来ないのだから──。


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