14. 代償
「勝者はアッシュ。合格だ」
試験はこれで終了だと、試験官達は会場を後にする。
すぐ後に騎士数名が担架を持ち、ジャスパーを運んで行った。
「おわった、っ……くっ……!」
ホッとしたのも束の間、一気に怠惰感が体を支配し、俺は膝から崩れ落ちた。
『私を憑依させた代償だ』
ふと、イルシェーラが目の前に降り立った。彼女の力を使った代償……ほんの数分の出来事だが、それはとても大きなものとなって返ってきた。
『私は火の女王であり、最初の火を継ぐ者だ。そんな私を使うのだから、この程度の代償は安いものであろう?』
と言われても、ここまで疲れるとは聞いていない。
そういうことは最初から言ってくれと思ったが、どうせイルシェーラのことだ。代償のことに気付いていながら、あえて黙っていたのだろう。
『私の戦い方は参考になったか?』
ニコリと、彼女は微笑んだ。
その顔に相応しい美貌と見た目に反し、とても可愛らしい、無邪気な笑み。
「全っ然、参考にならねぇよ」
俺は、素直にそう答えた。
どうやらそれは正解だったらしい。
彼女はその笑みをより深いものにさせた。
『当然だ。矮小な者如きが、我が崇高なる技を真似するなど、おこがましい』
参考にならないのが当たり前であり、参考に出来ない存在こそが『イルシェーラ・レ・フレイム』という女王なのだと、その本人はどこか誇らしげに胸を張った。
『私は凄いだろう? どうだ。我が手元に帰って来る気になったか?』
それだけは無いと、三度、彼女の誘いを拒絶する。
むー、と不服そうに頬を膨らませても無駄だ。俺は彼女の言いなりにならないと、心に決めたのだから。この程度のことで考えが覆るわけがない。
『強情な奴め。……だが、今回はこれでいい。貴様はこれから騎士になり、今以上の困難が立ち塞がるようになる。その度に貴様は私の力を欲するようになる。一度、絶対的な力をその身で体験した者は必ず、それを求めると決まっているのだ』
核心を突いたような言葉に、俺は何も言い返せなかった。
絶対に不可能だと諦めた状況を、彼女は一瞬で覆した。自分の中に流れる力と知識を得た時、彼女ならば何でも出来ると、そう思ってしまったのだ。
『私の力に頼ることが、そんなに気に食わないか? ならば足掻け。足掻くことを恐れるな。己が選択を悔やむようなことだけは絶対に……』
「それも、お前のためになるんじゃないのか?」
『信じることが大切だ。それは時に、くくっ……私の想像を超えるやもしれん』
やっぱり気に食わない女だ。
そう思い、俺は立ち上がろうと──
「その、大丈夫か?」
手が差し伸べられる。
それはイルシェーラの半透明なものではなく、ちゃんとした人間の手だった。
「君、は……」
燃え盛るような赤い髪と、鮮やかな紅色の瞳。
彼女の顔は、まだ記憶に新しい。
「私はリーゼロッテ。リーゼロッテ・フレアガルドだ」
『────、──』
リーゼロッテに敵意を向けていたイルシェーラの眉が、ピクリと動いた。
どうしたと不思議に思った次の瞬間、彼女から心臓を掴むほどの圧力が放たれた。
これは怒りと呼ぶには生温い──本物の殺気なのだと、それを初めて味わった俺は即座に理解した。
『なるほど。こいつが、この女が…………』
知り合い……という訳ではなさそうだ。
──イルシェーラは彼女を通して『誰か』を見ている。
それが何者なのかは予想がつかないが、あれほどの殺気をぶつける相手であることには間違いない。その誰かと関連しているリーゼロッテは、一体──。
「立てるだろうか? 私の手を使ってくれ」
考えていると、再び手を差し出された。
感謝の言葉を言いながら、その手を握って立ち上がる。
「貴方の名は?」
「アッシュだ。助かったよ」
「なに、先程助けられたお礼だ……と言っても、これでは恩を返し切れていないな」
「十分だ。本当にありがとう」
彼女は貴族だ。家名があるのがその証拠だ。
そいつらは私腹を肥やすばかりで、平民を見下しているだけだと思っていたが、リーゼロッテのように気さくな貴族も居るんだな。
『この牛女は希少な例だぞ。貴様が思っている通り、貴族は平民から多大な税を徴収し、欲を満たすために使い捨てる豚どもよ。
──おっと、お前も貴族だろうというツッコミは受け付けていないぞ。私は豚とは違い、私を慕う民には優しくする…………まぁ、今は誰一人として生き残っていないが』
「ん? 私の顔に何か付いているだろうか?」
彼女は貴族の中でも珍しい方なんだと、そのように感心していたら思っていた以上に見つめてしまっていたらしい。これではただの無礼者だと、謝罪を入れる。
「ごめん、平民に優しくしてくれる貴族って初めてだから……」
「ああ、そのことか。私の家は騎士の家系だ。平民と肩を並べて戦い、時には彼らを守ることを使命としている。そのため、あまり平民だ貴族だという偏見はないんだ」
「……そうなのか。だからリーゼロッテも騎士を目指してここに?」
「リーゼロッテでは長いだろう。リーゼで構わない。これからは同じ騎士として戦う仲なのだから、他人行儀なのは寂しいだろう? ……今回は運が良かった。自分よりも格上の相手に当たると、一ヶ月先を待たなければならないからな」
「リーゼは今日集まった中でも、かなり強い方に入るんじゃないか?」
心配する必要なんて無いだろうと、素直な感想を述べると溜め息を吐かれた。
「アッシュがそれを言うのか? 今日見た中でも、君がダントツで強いだろう」
「いや、あれは……まぐれだよ、あはは」
「まぐれな訳があるか! アッシュが戦ったジャスパー様は第二騎士団の団長を任され、単純な戦闘力では最強と言われているお方だぞ! ……一体、どのような修練を積めばあの動きが出来るようになるのだ? アッシュの師はどのような人だったのだ? 差し支えなければ。私に教えてくれないか!?」
「あ、いやぁ……」
ぐいぐいと詰め寄られ、リーゼロッテの勢いに負けて半歩下がった。
それと、彼女は気が付いていないだろうけれど、胸が当たっている。
『チッ』
イルシェーラは露骨に機嫌が悪くさせた。
これは助けを求めても無駄なやつだと、即座に諦めをつける。
「えっと、これは魔法なんだ」
「魔法だと?」
「そう、魔法だ。一時的に身体能力を大きく飛躍させる代わりに、その後の反動が凄いんだ。さっき動けなくなっていたのも、その魔法を使った代償だ」
「そういえば、何も無いところから火の剣も作り出していたな。それに加えて身体能力強化の魔法か……二つの魔法を所持する者は稀だと聞くが、アッシュは凄いな」
咄嗟に考えた『全て魔法のせいにしてしまえ作戦』は、上手くいった。
リーゼロッテは納得してくれたようだが、二つの魔法を持っていると解釈をされてしまった。……まぁ、ごく稀だが何人かは二つ持ちも存在するらしいので、変に誤魔化して疑われるよりはずっとマシだと、そう思うことにする。
「見たことがない剣の構えでもあったな。あの流派は何と言うのだ?」
「師匠の我流で、名前は無いんだ。剣術の方も基本だけを教えてもらっただけで、すぐに死んだから……申し訳ないけれど、教えられるようなことはないんだ」
「そう、か……すまない。嫌なことを聞いたな」
「もう気にしていないから、別にいいよ」
イルシェーラが俺の体に憑依した時、戦いの記憶がこちらに流れ込んできた。
その一つが、彼女がジャスパーとの戦いで見せた剣術だ。
リーゼロッテには嘘をついたが、あれにはれっきとした名前が存在する。
【王宮剣術】
受け流しやカウンターを主軸に置いた戦い方で、時には格闘技も織り交ぜて戦う剣術だ。
試験の時にもやったように、自ら接近して超至近距離での戦闘を繰り広げることも可能な、かなり攻撃的な流派だ。元々は完全なカウンター狙いだったらしいが、イルシェーラがそれではつまらないと勝手に改造したらしい。
『もう扱っているのが私だけなのだから、多少変えたところで正しいのは私だ』
……というのが、彼女の言い分だ。
確かにその通りだが、それに頷いてはいけないと思う俺は正常であると信じたい。
「だから、ごめん。教えてあげたいのは山々なんだけど……」
「アッシュが謝ることではない。上には上がいるとわかっただけでも、今日の試験は十分な収穫があった」
強い人だと、素直に感じた。
実力でも精神でも、彼女には敵わない。
彼女のような人が騎士に相応しいとさえ思えてしまう。
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