13. 絶対的な力の差
答えが出るのと、ジャスパーがこちらに到達するのは、ほぼ同時のことだった。
すでに大剣は頭上に振りかぶられ、後は重力に従って振り下ろすだけとなっている。それに対して俺は未だに動けない状態が続いている。──いわゆる絶体絶命の危機だ。
「何か企てていたようだが、残念だったな」
ジャスパーはこうなることを予想していたのか、結局何も出来なかった俺に失望はしていなかった。むしろ奮闘した方だと高評価すら与えてくれた。
「まぁ、お前は合格だ。だから諦めて降参するんだな」
「『ふざけるなよ、童が』」
「…………んだと?」
ジャスパーは眉を顰め、剣を握る手に力が入った。
その顔には困惑の色が大きく見えており、こちらを見つめている。
「『この私に向かって降参しろだと? ……くくっ、馬鹿にされたものだな』」
今すぐにその考えを覆してやると、体を揺らす。
「『……ふむ、少し窮屈だな』」
「なん、だと……!?」
パチンッと指を鳴らせば、体を縛り付けていた不可視の風は霧散した。
自慢の魔法を苦もなく消し去られるとは予想もしていなかったのだろう。彼がその顔を驚愕に染めている隙に、
「『硬い。動きづらい。やはり基本となる体が異なれば、多少の違和感はあるな』」
──だが問題ないと、口元を歪める。
「『見ていろ。……これが本当の力と言うものだ』」
再び指を鳴らすと、どこからともなく火が巻き起こった。
それは手元に収束し、やがて一振りの剣を形作る。
「『手ずから作り出しただけのことはある。私とこいつの相性はとてもいい』」
出現した剣を振り回し、感触を確かめる。
誰を魅せようとも考えていない適当な剣舞は、すでに会場の全てを虜とした。
「『待たせたな。ジャスパーとやら』」
「……おい……テメェは、誰だ?」
「『誰だとは、なんともおかしなことを聞く。……だが、そんなことはどうでもいいだろう? 目の前にいる相手が誰であれ、貴様が戦う相手なのには変わりないのだ。無駄なことは考えず、ただ敵を倒すことだけに集中しろ。貴様は騎士であろう?』」
──さて、無駄話は終わりだ。
ゆったりとした動作で、切っ先が胸の中心に来るように右手で剣を構え、手ぶらになった左手は腰の後ろに回す。
それは何の流派も持たなかった時のような無茶苦茶な構えではない。
今はもう誰の記憶にも残らない遥か昔に存在し、廃れた剣術。
それを今、この体で体現している。
「『来ないのか? それでは、こちらから行かせてもらう』」
地面を軽く蹴り、一瞬で相手の懐に潜り込む。
「な、ガッ──!」
その勢いを殺さぬまま、無防備な腹に膝蹴りを食らわし、宙に浮いた彼の頭を掴んで外野にぶん投げる。何度か地面をバウンドしたところで追いつき、再びその頭を掴み、力のままに地面とキスさせた。
「『何だ、その程度か? これでは力を使う必要も無かったな』」
彼の動き、反応、魔法……何もかもが遅く、弱すぎる。こちらはまだ本気を出し切っていないにも関わらず、彼は顔を沈めたまま動かなくなった。
「『これが騎士団か……。この数百年、人間を支えてきた実力者どもの集まりだと聞いて期待していたが、それすらも無駄だったな。所詮は塵と埃の寄せ集めよなぁ』」
俺達の中にあるのは──落胆だ。
期待して損した。時間を無駄にした。無駄なことに体力を消耗した。雑魚に力を使った。それらが重なり、もうここに用は無いと、今も地に伏すジャスパーに背を向ける。
「おい、待てや」
「『…………ほう? これは興味深い。圧倒的な実力差を見せつけられ、大衆の前で無様な姿を晒してもなお、まだ立ち上がるか、童』」
振り返り、おもむろに紅蓮の剣を振り下ろす。
──キンッ、と何かが弾けたような音が鳴る。
目には見えないが、ジャスパーの魔法を斬ったのだと理解した。
「魔法を、斬った……? 俺の魔法を、斬っただと?」
「『貴様のような矮小な魔法を、この私が斬れぬと思ったか?』」
これには他の観客達も驚いていた。魔法は概念が具現化した人外の力だ。普通、斬れるようなものではない……が、それを可能にする方法が一つだけ存在する。
「『概念には概念を。簡単な話であろう?』」
魔法の、火の優劣がはっきりとしている場合のみ、力で捩じ伏せることが可能だ。
イルシェーラは最初に灯った火の全てを手にした女王だ。絞り滓のような矮小な力に負けるわけがなく、同時に斬れないわけがない。
「『どうする。まだやるか?』」
剣を突きつけ、ジャスパーの覚悟を問う。
「ハッ! 舐めんじゃねぇよ」
彼はふらつきながらも、確かにその二本の足で立った。
目は虚ろで、己が得物を支えきれずに腕が震えている。魔法の使いすぎで体力と気力も消耗し、顔色も悪い。今にも倒れそうな形をしながらも、彼は立ち上がったのだ。
「俺は最後までやるぜ。こんな楽しい戦い……降りる奴はただの馬鹿野郎だ」
絶対に勝てない。足掻いたところで無駄だと、そんなことは理解している。それでも彼は、剣をこちらに突き付けた。
イルシェーラは無駄なことを嫌う。
──だが、ジャスパーの覚悟は嫌いじゃない。
「『そうだ。それこそ、戦いに身を投じる男の生き様よなぁ』」
二人は同時に地を蹴った。
交差する刹那、彼は限界を乗り越える。
「『ふむ、最後は悪くない太刀筋だった』」
「…………ちくしょう」
小さく呟いた後、ジャスパーは倒れた。
今度こそ完全に意識を手放し、二度と起き上がることはなかった。
「勝負あり」
誰もが口を閉ざし、こちらを見つめる中、試験官の男が静寂を切り裂いた。
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