12. 手助け


 その後も試験は粛々と続いていった。


 すでにほとんどの組が戦いを終え、失格者と合格者に分かれている。

 残念ながら戦いに敗れ、試験も不合格となった者は会場を出て行き、合格者はその場に残って他の戦いを観戦している。


『ふむ、つまらんな』


「そう言うと思ったわ」


 イルシェーラは赤髪の少女の戦いが終わった瞬間、わかりやすく飽きを示していた。

 暇そうに周囲を見渡していたと思えば、挙句にはふわふわと動き回り、これは雑魚だ、これはそれなりの実力者だと、試験官の立場になって勝手に評価をつけていた。


「次で最後だな。36番、58番」


 ──58番。

 それが俺の番号だ。


 中々呼ばれないと思っていたら、最後に呼ばれることになった。


 だが、一つだけ問題がある。

 すでに俺以外の試験者は全員が戦いを終えている。戦う相手がいない。


「36番。……いないのか?」


 片方の相手が一向に出てこないことに疑問を感じたのか、試験官も辺りをキョロキョロと見回す。


「……イヤイヤ、ノグリアス。さっきお前が腕ちょん切って退場させただろ」


 と、他の試験官──本部の前で出会ったチャラ男が口を挟む。


「困った。これでは不戦勝だ」


 口ではそう言いつつ、さほど困っていないように見える。

 他の試験官達も苦笑しているのを見るに、このようなトラブルはよくあるらしい。


「では仕方ない……ジャスパー、お前が代わりに戦え」


 試験官のノグリアスから飛び出た言葉に、会場にいる誰もが「え?」と声をあげた。

 名前を呼ばれたチャラ男、ジャスパーは意味がわからないと眉を顰め、抗議するように両手を挙げる。


「なんで俺が?」


「いいから戦え」


「…………へーい」


 有無を言わせない迫力と口調。

 何を言っても無駄だと諦めたのか、ジャスパーは肩をすくめた。


「ま、諦めるんだな」

『諦めろ。それか己の不幸を恨め』


 二人から言われてしまった。

 片方は完全にこの状況を楽しんでいるので、普通にムカつく。


「…………よろしく、お願いします」


 不満はあるし納得もしていないが、駄々をこねても仕方ない。

 ここで戦わないという選択肢を選べば、自分は試験を受けに来た意味が無くなる。


 ──なるようになれ。

 剣を構え、ジャスパーを正面に見据える。


「おう、さっきぶりだな。お前、名前は?」


「アッシュ、です」


「よしよし。それじゃアッシュ、急なことですまねぇが、なっちまったもんは仕方がねぇ……これも何かの縁ってことで、お互いに楽しもうや」


 ジャスパーの得物は右に大剣、左に小剣と不釣り合いな物だ。どのような戦い方なのかは予想つかないが、試験官になるだけの実力者であることは間違いない。


 舐めてかかると、こちらがやられる。

 緊張感を高め、彼の動き一つ一つに注視する。



「じゃぁ……行くぜ?」


『──後ろに跳べ』


 咄嗟に聞こえたイルシェーラの声。

 俺は反射的にそれに反応し、大きく後ろに後退した。


「ぁん? これを避けるのかよ」


 ジャスパーはニヤリと口元を歪めた。

 先程まで立っていた場所には斬撃の跡が刻まれ、避けきることが出来ていなければ、今頃自分は────


『……ふむ。あの男、どうやら手加減を知らないようだな』


「まじかよ」


『しかも今の一撃は、様子見のようにも見えたな』


「……まじかよ」


 あれで様子見だと?

 …………冗談じゃないぞ。


『仕方ない。私が指示を出してやる。お前はその通りに動け』


「はぁ? 何を言って」


『ほら、横に跳べ』


 言われた通り、転がるように横へ跳ぶ。

 一拍遅れて不可視の斬撃が通り過ぎ、再び地面を深く切り刻んだ。


「へぇ〜? 二度も避けるとは……まぐれじゃねぇようだなぁ」


 ジャズパーは試合が始まって一歩も動いていない。

 なのに、地面は鋭利なもので刻まれたように抉れている。


『以前に──左右に斬撃が来るぞ。動くな──、人間の中にも火は宿っていると言ったであろう?』


「それが、どうした……!」


『前に跳べ。……ごく稀に火の力に目覚める者が誕じょ──右だ──誕生するのだ。それらは等しく人外の力を操り、人間はその力を魔法と──その場で跳べ──呼んでいる』


「魔法、だと!?」


 剣で斬られているわけではなく、投擲物を投げられているわけでもない。

 ジャスパーから違和感を感じたその瞬間、不可視の斬撃が襲いかかるのだ。


 それは絵本に描かれる『魔法』に酷似している。

 魔法は作り話だ。そんな凄い力あるわけないと、小さな頃からそのように思っていたが……どうやら彼女の言葉を信じるほかなさそうだ。


「おおっ、魔法を知っているのか?」


 俺の呟きが聞こえていたのか、ジャスパーは意外そうな顔をした。


「この力はあまり浸透していなくてなぁ……初見で魔法だと見破った入団希望者はお前だけだ。……アッシュだったか? お前、見所あるぜ!」


「…………どうも」




『あまり、間違った言葉を広めないでほしいものだな』


 イルシェーラは眉を顰め、やれやれと首を振った。

 どうやら彼女的に火の力を『魔法』と呼ばれるのは不服らしい。




「魔法と見破ったお前にご褒美だ。ここからは本気でやってやる」


 全く嬉しくない。


 だが、その言葉は無情にも聞き入れてもらえなかった。

 まるでこれまでが遊びだったと言うように、ジャスパーの周りに風が巻き起こる。


「気張れよ、アッシュ──じゃないと死ぬぜ?」


 それまでヘラヘラしていた彼の雰囲気が一転する。

 柔らかく垂れていた目元はキリッと釣り上がり、彼の眼光に睨まれただけで金縛りにあったような感覚に陥る。どうにか動かそうと力を入れても、見えない『何か』に締め付けられたように体が上手く動かない。


 そうしている間も、ジャスパーは一歩、また一歩とこちらへ歩み寄る。


『ふむ。風を操り、対象を縛っているのか。確かな形があるわけではないものを、こうも上手く使いこなすとは……流石だな。どうだアッシュ、私が予想した通りだろう?』


 呑気に解析していないで、さっさと助けてほしい。

 言葉には出来ない代わりに、強く心に思う。灰人は彼女と繋がっている。だから強く思えば俺の言葉は届くのではないかと、そんな賭けに出た。


『助けるのは別にいいが、それなりの代償を払ってもらわなければなぁ?』


 その願いは届いた…………が、流石は腹黒女。こちらが苦しむ状況になった途端、面白そうに口を歪め、助ける代わりの何かを差し出せと言ってきた。


『そうだなぁ……私の命令を一つ聞くというのはどうだ?』


 人殺しだけはしたくない。

 それに関係するようなことも、絶対にだ。


『助けてもらう側だと言うのに、なんと傲慢な男だ……普通、そこは何でも差し出すから助けてくれと、地に膝をついて懇願するところではないのか?』


 そこまで追い詰められてない!


『では、潔く負けを認めればいいだろう。あの男相手にここまで立ち回れたのだから、不合格にはならないはずだぞ?』


 俺とイルシェーラの考えでは、ジャスパーは団長クラスの実力者だ。

 入団希望の試験で団長クラスと戦って勝てと、流石にそこまで鬼畜なことは言わないだろう。それではあまりにも理不尽すぎる。


『それでも負けたくないと、貴様の気持ちが流れてくるなぁ。

 よもや貴様は傲慢ではなく、ただの強欲であったか』


 自分も彼のような強さがほしい。

 彼のような強さが無ければ、全ての灰人を相手にするのは不可能だ。

 今は少しでも彼と戦い、その力のことを知りたい。研究したい。我がものにしたい。


『我が野望を邪魔するために助けてくれとは、なんともおかしな話だな。寛大な懐を持つ私でなければ、貴様は今頃、不敬の罪で火炙りの刑に処されているところだ』


 助けてくれるのか、助けてくれないのか、どっちだ。無駄なことは嫌いなんだろう? これ以上、時間を無駄にしないためにも、さっさと答えを出してくれ。



『くくっ、この私と取引をするつもりか?

 いいだろう。今回は特別に──私が助けてやろう』


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