11. 貴族の技


「では、これより試験を始める」


 待ちに待った試験。

 だが、それを喜ぶ者も、気合いを入れ直す者も存在しなかった。


「試験内容は簡単だ」


 試験官の男は、それを気にした様子もなく、淡々と試験の説明に入る。


「今から発表する番号の二人が戦い、勝った方が合格。晴れて入団だ。敗者は即刻この会場から立ち去るように。以上だ」


「それでいいのかよ……」


 思っていた以上に騎士団は人数不足のようだ。

 それとも、試験内容自体が適当なのか……どちらにしろ実力主義だということだけは理解した。


「まずは1番と10番。やれ」


 急展開な流れに誰も追いつけていない中、番号が呼ばれる。

 俺に渡された名札に記されている番号は『58番』だ。呼ばれるのは不規則らしく、次に呼ばれる可能性もある。今のうちに軽い準備運動をしておいた方がいいかもしれないと思い、人の少ない場所、尚且つ戦闘の様子が見える場所まで移動する。




『──どうやら始まったようだな』


 と、そこでイルシェーラも戻ってきた。

 その顔はどこかスッキリしていて、不機嫌な雰囲気もなくなっていた。あちらで何かしらストレスを発散してきたのだろう。……何をしたのかは、聞かないことにする。


『試験内容はどのような感じだ? 決闘方式か?』


「二人で戦って、勝った方が合格だってよ」


『……なんだ、随分と適当だな。人数不足なのか? それとも力さえあれば何でもいいと思っているのか?』


 思うことは同じらしい。


「さぁ、な……どちらにしろ、勝てば試験は合格だ。わかりやすい方がいいだろう」


『なるほど。貴様にとっては都合のいい試験内容だったというわけだ……よかったな』


「微妙に馬鹿にされている気がするが、今回は素直に頷いておくよ」


 試験内容が面接だったら、不利だったかもしれない。

 だから実力さえあれば問題ないとわかり、不安要素は無くなった。


『ふっ……負けるかも、とは思わないのか?』


「なんか負ける気がしないんだよ。自分でも不思議な気持ちだ」


 本当に不思議な感覚だ。他の人達は今日のために色々な技術を磨いてきたはずなのに、全く脅威とは感じないのだから。


『まぁ、当然だな。私が直接手を加えて作り出した貴様の体は、他の使徒をも凌駕する力を宿している。ここらに集う有象無象に負けるようでは困る』


「……それ、俺に教えて良かったのか?」


 他の使徒を凌駕する力がある。

 その情報は何よりもありがたいものだ。


『遅かれ早かれ、使徒と戦えばわかることだ。……むしろ、これを聞いたことで多少傲慢になる様が楽しみではあるな』


「安心しろ。お前みたいにはならないから」


 傲慢になるつもりはないが、多少は調子付くくらいなら許されるだろう。


 イルシェーラは手を抜いて邪魔出来るほど、容易い相手ではない。

 灰人特有の火の力を使うつもりはないが、代わりに備えられている力とやらは遠慮なく使わせてもらおう。


『……それで、貴様は何をやっているのだ?』


 おもむろに素振りを始めた俺を、イルシェーラは冷ややかな目で見つめる。


「何って、準備運動?」


『熱も冷気も持たぬ灰が、そのような無駄な行為をして何になる。阿呆が』


「──あ、」


『…………はぁ……』


 めちゃくちゃ呆れられた。

 ここまで馬鹿だとは思っていなかったという顔だ。


「じゃあ、観戦でもしておくか」


『それも意味はないと思うがな。雑魚の戦い方を真似しても得は無いぞ?』


「少なくとも、俺にとっては多少なりとも得はあるだろうさ」


 剣の振り方、足の動かし方、駆け引き。全て、俺は知らないことだ。

 それを見て覚えるだけでも意味はあるだろう。


『そんなことをせずとも、貴様には使徒の記憶があるはずだ。数え切れないほど殺してきた人間の騎士。それらの動きを記憶する方が、何倍も得があると助言するが?』


「…………あの記憶には頼らない」


 あれは忌まわしい記憶だ。俺が犯した罪の証拠だ。


『使徒の力に頼りながらも、記憶は忌々しいと言うか……矛盾しているなぁ?』


「言っとけ。とにかく俺は、あの記憶を忘れたいんだ」


『それは不可能だな』


「……なんだと?」


『不可能だと、そう言ったのだ。貴様はいつか必ず火を求める。騎士になるのであれば尚更、貴様は使徒のように火を求め、人殺しの剣を振るうだろう』


 灰人を狩るのに、人を殺す剣が必要になる。奴らは俺と違って、ただの灰から生み出された怪物だ。──人ではない連中に、どうして人殺しの剣が必要になる?


『私はお前の母親ではない。何から何まで教えるつもりはないぞ』


 それを問うたところでイルシェーラは教えてくれない。

 気にしたところで、考えたところで、俺一人では考えが足りない。


 ただ無駄な時間を消耗するだけだ。




「次、4番、21番」


 一回目の戦いが終わった。

 次に呼ばれたのは──


「ん?」


 4番は見覚えがあった。

 ……というより、先程助けた赤毛の少女だ。


『なんだ先程の牛女ではないか』


 イルシェーラは不機嫌そうに顔を顰めた。


『どうした? そんなに興味を示すような…………うむ、やはり貴様も男か』


「待て待て、変なことで勝手に納得するな。さっき変な奴に絡まれているところを助けたんだよ。それだけだ」


『ほう? 私が居ない間に、面白いことになっているとは……おおっ、見ろアッシュ。あの女、案外いい腕をしているぞ』


 少女は非力ながらも、相手の男性を圧倒していた。

 斬るのではなく突き刺すことに特化した細剣は、とにかく手数が多い。一撃は軽いが、相手は休みなく繰り出される連撃の対処に防戦一方となっている。


『……ふむ、あの女……どこかの貴族だな』


「どうしてそう思う?」


『動きと流派だ。あの剣捌きは平民が扱うような剣術では再現不可能なものだ。平民は美しさよりも威力と鋭さを求めるのでな。技は自然と荒々しくなる。

 だが、あの女の扱う剣術には……そうだな。良く言えば洗練されており、悪く言えば無駄な部分が多い。貴族の流派には人を魅せるための技が組み込まれているのだ』


「全然わからないぞ……」


 言われてみれば確かに、少女の剣は綺麗だ。不思議と目を離せなくなって、気が付けば彼女のことだけを見つめている。それが貴族の使う剣の流派だと言うのか。


 試合が始まって、僅か一分。

 その短い時間にそこまでの解析が出来るのは、素直に凄いと思う。


『かなり練習したのだろうが、残念ながら──あのような者はすぐに死ぬ』


 また誰かを褒めたかと思えば、次に発されたのは真逆の言葉だった。


『なんでそんなことを言うのか……と言いたげな顔をしているな』


「…………」


『沈黙は肯定の証だ。良く覚えておけ』


 何から何まで、お見通しらしい。そのことに対してこちらが何を思っているかを理解しておきながら、彼女はその反応を楽しんでいる。……本当に、彼女の性格は最悪だ。


『先程言ったであろう? 人を魅せる剣は無駄だ。灰人に価値観はない。無駄を省かない限り、いつかはそれが足枷となる。だが、貴族はプライドが無駄に高いのでな。ほとんどの者が欠点を修正しないまま命を落とす』


「ああ、なんかすっごく理解した」


『……ふむ、それでなぜ私を見るのか気がかりだが、理解したのであれば構わない』


 彼女は眉を顰め、だがすぐ興味を失ったように試合の方に意識を向けた。


『貴様はあの女の動きを見ておけ。使徒の記憶に頼らないと拘るのであれば、あの動きは多少なりとも参考になるだろう』



 ──どうせ見るなら全てを盗むつもりでいろ。

 イルシェーラは赤髪の少女を一点に見つめ、そう言った。

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