10. 試験会場
案内の矢印に従い、試験会場に向かう。
「おぉ……」
そこには沢山の若者が溢れ返っていた。
全員、同じ入団希望者なのだろう。
中には女性もちらほらと居たが、男と比べてとても少ない。
二十人に一人という割合だ。
『完っ全に浮いているなぁ、アッシュよ』
ケラケラと、小馬鹿にしたようにイルシェーラが笑う。
「……うっせぇ…………」
俺のように細い体の男は居ない。誰もが筋肉質で、誰もが俺より身長が高かった。
その上、白髪は珍しいのか非常に目立つ。先程から奇異な視線がビシバシと突き刺さり、居心地が悪い。…………正直、すでに帰りたい。
「おいてめぇ」
自分に言われたのかと思って焦ったが、どうやら違うらしい。
ざわざわとなり始めた場所を覗くと、大柄の青年が数人の少女に絡んでいた。
「女がこんな場所に来るんじゃねぇよ。帰れ!」
男は苛立ちを隠すことなく、吠えた。
先程出会ったチャラい騎士とは違って、その態度と口調からは少女に対して忠告をしているようには思えない。彼は女がこの場に居ることが気に入らないようだ。
「お前らが居るだけで気分が悪くなんだよ! 女は家ん中で大人しくしてろ!」
同じ言葉でも、人が違えばここまで印象が変わるものなのかと、遠巻きにその騒ぎを見つめながら、場違いなことを思う。
「女だからって舐めるな!」
大男の威圧感に圧されて震える少女が多い中、その中の一人が対抗して声を荒げた。
燃えるような赤い長髪が特徴的な女性だ。
目元は釣り上がった厳しめな印象で、腰に一振りの細剣を差している。
彼女の胸にある大きな二つの乳房は、スラッとした体型に似合わない……が、彼女が体を震わせるたびに揺れ動くそれは、男連中の視線を見事にかき集めていた。
『──チッ』
途端にイルシェーラの雰囲気が悪くなる。
どうしたんだと不思議に思って彼女を見つめ──察した。
『アッシュ、後で貴様を火炙りの刑に処す』
口に出さなかったのに理不尽だ。しかもやることがエゲツない。
「私達だって今日のために頑張ってきたのだ! 今更帰れるわけがない!」
少女は威勢良く立ち向かっていた。
だが、よく見ると手元が僅かに震えている。
本当は怖いが、女だからと馬鹿にされてプライドが許せなかったんだろう。
『気に入らないが、あの女は見所があるな。……本当に気に入らないから、一度焼いて使徒に作り変えるか』
「やめてあげろ。胸に対抗心燃やしすぎだろ」
『うるさいぞ、アッシュ。知識、武力、美貌。全てが完璧だと言われた私の唯一の欠点を口にするな。焼くぞ』
ふと、手元が熱いと感じる。
見ると本当に指先が燃え始めていた。
すぐに鎮火出来たから問題にならなかったが、本当にやる奴がいるか!
『…………ふんっ!』
イルシェーラは不機嫌そうに鼻を鳴らし、姿を消した。
本当にわがままな奴だと、指先をさすりながら思う。
──と、騒ぎのことを忘れていた。
再びそちらに意識を向けると、未だに大男と少女は一触即発の状態を続けていた。
周りの人はそれを止めようとはしない。面白がっている者や、我関せずを貫いている者と様々だ。誰も、面倒事に首を突っ込もうとしない。
「さっきから生意気なんだよ、テメェ!」
堪忍袋の尾が切れたのか、男は巨腕を振り上げた。
そして、そのまま動けずにいる女性目掛けて──
「っ、危ない!」
それが振り下ろされる直前、俺は両者の間に割り込んだ。
勢いが衰えないままに振り下ろされる巨腕は、すぐ目の前まで迫っている。
「っ……!」
咄嗟に腕を交差させ、受け止めた。
凄まじい力に膝が折れかける。
「ぐ、ぁ……アアアアアアアアッ!!!」
ここで倒れるのは格好が悪い。
気合いと根性で踏ん張り、どうにか耐え切る。
「なんだテメェは!」
止められるとは思っていなかったのだろう。
大男は狼狽しながら、こちらを指差す。
「……暴力はダメだ。男でも女でも」
危なかったと内心焦りつつ、真正面から男を睨みつける。
男は未だに困惑していた。
「大丈夫か?」
ちらりと後ろに視線を送り、彼女に傷が無いかを確認する。
「あ、ああ……その、ありがとう」
「気にしないで。君に怪我がなくて良かった」
落ち着かせるために、なるべく優しい笑みを向ける。
「──急に出てきて、……!」
と、そこで大男は現実に戻ってきたらしい。
その顔は怒りの感情が露わになっており、熟成している果実のように真っ赤に染まっている。もう少し空気を入れれば、パァンと破裂してしまいそうだ。
「俺の邪魔をするなぁ!」
激情した男は、もう一度その腕を振りかぶった。
次も耐え切れる自信はない。
どうしようかと考えた刹那──風が凪いだ。
「っ、グ、ァアアアアアアア!?!!?!!」
断末魔に似た叫び。
それは目の前の大男から発せられている。
──何が起こった?
それを確認するために視線を彷徨わせ、気付く。彼の腕は、根元から綺麗に断たれていた。断面からおびただしい量の血飛沫を撒き散らし、半狂乱になってその場で暴れる。
その近くにいた俺は返り血を浴び、服が真っ赤に染まった。
「はぁ〜、うるせぇうるせぇ……毎回毎度、騒がしいなぁ、おい」
「血気盛んなのは、いいことだと思いますよ?」
「くだらん」
場違いな明るい男女の声。
それは俺が入ってきた入場口とは反対の場所から聞こえてきた。
その三人の中には、先程本部の前で出会ったチャラ男も居た。イルシェーラが予想していた通り、彼は騎士団の中で偉い地位にいたようだ。
「試験の時間だ。今回の参加者はこれで以上か?」
──先程まであった喧騒は何処へ。
会場内は静寂に包まれ、ただ一人……大男の絶叫のみが木霊する。
「うるさいな」
たった一言。
それだけで大男は口を噤み、地に倒れた。
すぐに担架を持った騎士が駆けつけ、彼をどこかへ運んで行く。
「……ようやく静かになったか」
誰もが動きを停止させる中、その人は周囲を見回し──口を開いた。
「では、これより試験を始める」
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