9. 騎士団


 遠くから見えていた騎士団本部は、間近で見るとより凄まじい。

 これまで大きな建物とやらを目にしていなかった俺は、都市の一角に聳え立つ建物を前に圧倒されていた。



『そのようなところに突っ立っていると、田舎者のように見えるぞ』


「うっせぇ、元々田舎者だっての……というか戻ってたのかよ」


 後ろから聞こえた声に振り返らない。

 どうせイルシェーラだろうとわかっていたので、相手にするのも面倒だった。


『使徒からの報告が入ってな、そちらを聞いていた』


「その、報告ってのは?」


『敵に塩を贈るとでも?』


「……ごもっともで」


 こちらが不利になるような報告だったのだろう。

 報告の内容を聞けばこちらが先に対策出来るので、教えない。

 だが、こちらの情報は相手側に筒抜けという、圧倒的に不利な状況だ。


 イルシェーラは『そのようなつまらないことはしない』と言っていたが、その言葉を信じるほどお人好しではない。自由になった瞬間に灰人をけしかけてきたり、何かあるたびに助言を言ってきたりと、何を企んでいるかわからない女だ。ここは疑って行くべきだと警戒を続ける。



『……にしても、騎士団なぁ』


「俺がイルシェーラの敵だという証拠になるな。流石のお前も苦しいんじゃないのか?」


『はっ、ぬかせ』


 それはあり得ないと、彼女は笑い飛ばす。


『埃がいくら集まったところで、私の計画に支障は出るまいよ』


「…………さよで」


 イルシェーラの傲慢は留まるところを知らない。

 騎士団に入団するのを否定しないということは、入ったところで何も変わらないと思われているか、それすらも予想通りだったのか…………どちらにしろ、塵ほどにも危険視されていないことに変わりない。



「おいそこの白いの」


 キョロキョロと辺りを見回す。

 白い人物はいないので、どうやら自分のことを言われているらしい。


「そうだ、お前だ」


 声のした方を見ると、見知らぬ男性がこちらに歩いて来ていた。

 いかにもチャラそうな見た目をしている、金髪の男性だ。


 着ているのは騎士のような鎧。

 だが、改造しているのか動きやすい軽装だ。


『あの紋様……どうやらこの騎士団の一人らしいな』


 イルシェーラが男性の方にふわふわと近づき、紋様を指差した。


 肩のところに刻まれているのは、白銀の翼と一振りの剣。

 これが、この都市の騎士団に共通している象徴なのだろう。



「お前、こんなところに何の用だ?」


「あ、えっと……入団に」


 そう伝えると、男は顔を歪めた。


「お前みたいなヒョロヒョロが来るような場所じゃねぇよ。帰れ帰れ」


 しっしっ、と手を払われる。

 その態度に苛立ちを覚えたが、彼の言う通りでもあった。


 俺の体はとても細い。

 一度も剣を握ったことがないと思われても仕方がないほどに。


 実際その通りだ。


 流派や技なんて何一つ知らない。

 だが、殺すことなら得意だ。


 それを証明するように、過去に何度も人を────





(俺は何を……!)





 一瞬、とても恐ろしいことを当たり前のように考えた自分がいた。

 そのことに驚愕し、狼狽える。



「わかってんのか? 騎士団は命を賭ける仕事だ。

 ……折角、ここで住んでいるんだからよぉ、大人しく家の中でおねんねしてな」


 馬鹿にされているわけではない。

 むしろ危険だと忠告してくれている。



「いや、やります」


 それでも一度決めたことは曲げない。


「俺は騎士団に入りたいんです」


 イルシェーラの目的を聞いてしまった。

 世界の破滅を阻止出来るチャンスが目の前に転がっている。


 折角ここまで来たのだ。

 はいそうですかと、大人しく帰るわけにはいかない。



「けっ、生意気なガキだ。俺様が忠告してやったってのに、何一つ覚悟を曲げねぇ……」


 男はこちらに手を伸ばす。

 殴られるのかと身構えた瞬間、ポンッと肩に手が置かれる。


「ま、どうせ無理だと思うがやってみろ。おもしれぇ奴は歓迎するぜ」


 じゃぁなー、と男は騎士団の中へ入って行った。

 その背を見送って数秒後、ようやく我に返る。



「な、なんだったんだ……?」


 変な人だった。

 不思議な感じの人だった。


『あの男……只者ではないな』


「は? 何を言って」


『身なりや態度は飄々としているが、一切の隙が見えない。間違いなく副団長……いや、団長クラスの大物だろう。…………ふっ、入団前に早くも目を付けられたな』


 イルシェーラが初めて他人を褒めた。

 男が何者かよりも、そちらの驚きの方が大きい。



『なんだ。不敬なことを思われている気がするなぁ?』


「気のせいだろ」


 ──相変わらず鋭い。

 内心の動揺を悟られないように返答したが、それすらも見破った上で楽しんでいるような表情だ。



「にしても……団長クラス、か……」


 彼女の予想が当たっていたならば、始まる前から凄い人に目を付けられたことになる。

 それは果たして運が良かったと思っていいのか、それとも…………。



『ほれ、早く行くがいい。

 ……私の野望、阻止したいのであろう?』


「っ、わかってる」


 いつか絶対に、その余裕な面を剥がしてやる。

 心に強くそう思い、俺は騎士団本部の中に入り、受付らしき女性に声をかける。



「すいません、騎士団に入団したいのですが……」


 その人も軽装だが鎧を着ていた。近くには剣も立て掛けられている。彼女も騎士なのだろう。


『戦うのに男も女も関係ない、か。

 ……誠、物騒な世の中になったものだな』


 誰のせいだと心の中で指摘する。イルシェーラの姿と声は俺以外の誰にも認識出来ないので、ここで変なことを言ったら怪しまれてしまう。


 下手したら独り言を言っている変人扱いだ。……それだけは避けたい。


「はい、入団希望ですね。これが入団希望者の名札です……文字は書けますか?」


「書けないです」


 俺には学が無い。文字はどうにか読めるが、書く練習はしてこなかった。

 ……いや、それすらも出来ない環境にいたと言った方が正しい。


「それではお名前を教えていただけますか?」


「アッシュです」


「…………はい、ではこちらをどうぞ」


 名札を渡される。

 そこには綺麗な文字で『アッシュ』と書かれていた。


「文字が書けなくても、騎士にはなれますか?」


「もちろん、書けた方が良いですけれど……騎士団の本質は灰人との戦闘なので、学力より実力の方が重要視されます。貴方のような入団希望者は結構多いですよ」


 そのため受付には文字が書ける人を配置していると、受付の女騎士は教えてくれた。


『良かったな。馬鹿でも騎士にはなれるようだぞ……たとえ馬鹿でもな』


 後ろの女王はいちいちうるさい。

 何かあればこちらを馬鹿にしないと死ぬ病気なのか?


「名札は試験を受ける証明書となるので、紛失しないでください。


 ちょうど試験が始まる時間ですので、このまま会場へ向かってください」


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