8. 街へ
俺と、その後ろに浮遊するイルシェーラ。
歩き続けて何時間が経ったころ、遠くの方に一つの都市が見えてきた。
「あそこは……」
『ようやく都市らしきものに巡り会えたな。
……全く、このまま果ての地まで歩き続けるのではないかと心配していたぞ』
「うっせ、仕方ないだろう」
俺は地図を持っていないし、大陸の地理に詳しいわけでも無い。十年以上も外に出ていなかったのだから当然だ。
そのため、気の向くままに歩き続けるしかなかった。
「とにかく、やっと見つけた都市だ。入ろう」
『勝手にしろ。私は貴様がどこへ行こうが構わん』
イルシェーラはこの旅の行く末に一切の口出しをしない。
最初に言った通り、暇潰し程度に眺めることだけが目的らしい。それの何が楽しいのかと疑問に思うが、彼女は普通の人間とは少し違った感性を持ち合わせているため、質問しても『自分で考えろ』と言われるか、意味のわからない言葉で論じられそうだ。
それで理解出来ないと言えば、また頭が足りないと馬鹿にされるのがオチだ。
「そこの白い奴。止まれ」
都市に入ろうと大きな門を通ろうとしたら、そこで見張りをしていた兵士に呼び止められる。他の人は自由に行き来していたので、自分も問題ないだろうと思っていたので、少し驚いてしまった。
「お前見ない顔だな。外から来たのか?」
「え? あ、はい……そうです」
『貴様、敬語がありえないほど似合わないな』
──うるせぇ。
「一人……か? どこから来た?」
どこからと聞かれて、言葉に詰まる。
自分がどこに住んでいたのかわからない。家があったのは小さな街からかなり外れた場所だ。そこにポツリとあった崩れかけの一軒家に連れて来られた。
「え、えぇと……ごめんなさい。わからないです」
俯き、微かに体を震わせる。
「わからない?」
「あの、家が灰人に襲われて……それで必死に逃げて、」
「っ、そうだったのか。すまない。酷なことを聞いた」
咄嗟に思いついた『悲劇の少年』は、上手く演じることが出来たようだ。
兵士は申し訳なさそうに眉を寄せ、謝罪を口にしてくれた。
どうやら悪い人ではないらしいとわかり、内心ホッとする。
「大変だったな。だが、その剣は見えないようにした方がいい。剣身が剥き出しのまま歩かれると、こちらも見過ごすわけにはいかないんだ。鞘は持っていないのか?」
呼び止められたのは、剥き出しの剣を所持していたのが原因だったらしい。
これは灰人が持っていた物だ。血がこびり付いているのは流石にダメだろうと適当な水場で洗ってきたが、言われてみれば剣身が剥き出しのままというのもおかしい。
「鞘は、持っていないです。逃げることに必死で、剣だけしか拾いませんでした」
「無我夢中だったのか。外には灰人が徘徊している。武器を拾えたのは幸運だったな。……ほら、ピッタリじゃないが繋ぎにはなるだろう。これをやる」
「……あ、ありがとう、ございます」
差し出された鞘を受け取り、剣を収める。
「構わないさ。そろそろ消耗で廃棄になるところだった物だ。すぐにダメになると思うから、武器屋で安いやつでも買うといい。この大通りを真っ直ぐ歩いて奥にある『ガレッド』と言う爺さんの店だ。時間があれば覗くといい」
「はいっ……あ、でも……お金が……」
「なんだ。金も持っていないのか? ……うーむ、困ったな」
あの崩壊した街で金を拾っておけばよかったと、そう後悔しても遅い。
今更戻るのは手間だ。今はこれで我慢するかと諦めたところで……兵士が何かを思いついたように口を開いた。
「そうだ少年。力はある方か?」
「え? ……まぁ、少しなら」
こんな姿でも灰人だ。
身体能力も筋力も、生前とは比べ物にならないほどに強化されている。
普通の成人男性よりは強いだろうと、多少の自信はある。
「なら、騎士団に入団するってのはどうだ?」
「騎士団……?」
「……なんだ、騎士団を知らないのか?」
兵士の反応を見るに、どうやら騎士団は有名らしい。
『我が使徒と率先して戦いを繰り広げる人間どものことだ。都市ごとに騎士団は存在し、住民を灰人の脅威から守護するために作られた組織らしいな』
イルシェーラが、補足を入れてくれる。
おそらく、何度も騎士団とやらに邪魔されているのだろう。
彼女の態度や口調から、不機嫌だというオーラが滲み出ている。
「灰人と戦う組織みたいなものだ。あそこなら給料はいい。……その分危険な仕事になるが……今日がちょうど月一の入団試験日だ。今行けばまだ時間には間に合うから、試しにやってみたらどうだ?」
ここで騎士団に入団すると、灰人に出会う可能性は高くなる。
直接戦うことになるので危険は増すが、俺も灰人だ。少しくらいの危険は問題ない。
──やらない手はない。
「はい! やります!」
「いい返事だ! 騎士団本部の場所はわかりやすい。……ほらあそこ、でっかい建物が見えるだろう? あれが本部だ。募集もそこでやっているから、建物を目指していけば大丈夫だ。頑張れよ!」
何から何まで教えてくれた兵士にお礼を言い、門をくぐる。
「いい人だったな」
どこかの肉親や形だけのご主人様とは別次元だと、感動すら覚える。
あのような人が家族だったらと思うと、本当に自分の運命に嫌気が差す。
『なんだ。ちょっと優しくされただけで感動して……気持ち悪いぞ』
こういう奴が居るから、人の優しさが余計に嬉しい。もっとイルシェーラも自分に優しくしてくれたら可愛いのにと思うが、どうせ無理だろうなと即座に諦める。
彼女が優しくしてくれる時を想像して気持ち悪くなったのは、内緒だ。
『それでアッシュよ。都市に入り、本当に騎士団に入団するつもりか?』
「なんだ。別に俺のやりたいようにやっていいんだろ?」
『いやなに……ここで呑気に暮らすのだと、そのような世迷言は言うまいなと心配になったのだ。流石に、貴様が平和に暮らすのを見るのはつまらん』
「……一応言っておくが、それは普通の考えだからな」
今のご時世、誰もが平和を望んでいる。火を求めて彷徨う灰人に怯え、壁の中に閉じ籠り、戦いもなく暮らしたい。
それが当然の考えだ。
決して世迷言ではない。
『いや、世迷言だ。火は徐々に衰え、すでに消えかけ……此奴らは現状を維持出来ると考え、この壁の中でビクビクと怯えている。現実を見ていない愚か者よ』
「消えかけだと? 世界の火だろ? それが消えるってかなり危険なんじゃ……」
『ああ、そうだ。火が消えれば世界は暗闇に呑まれ、光を失う。現状維持をしていれば必ず訪れる。──だが、貴様には関係のないことだな』
──俺には関係ない?
それはどういう意味だと、眉を寄せる。
『今の貴様が考えるようなことでは無い……と言うことだ。まずは目の前のことに集中しろ。貴様は騎士になり、私の邪魔をするのだろう?』
「…………わかったよ。くそっ」
言われた通りに動くのは癪じゃない。
だが、彼女が正しいことを言っているのは理解している。
これ以上の余計な詮索は無駄だ。
そう思い、俺は歩き出した。
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